第14話 家守 その二



 まもなく日が暮れた。

 清美の父も仕事から帰ってきた。林業を営んでいるのだそうだ。そういう意味では職場が近い。


 清美の父は遊佐清文ゆさきよふみ。母は秀美ひでみ。祖父は鬼籍に入っているので、あとの家族は祖母だけだ。清美は一人娘のようだ。


「おばあちゃんは足が悪いから、挨拶に出れなくて、ごめんね。お父さん。この人、星流おじさんの息子さんだよ」


 夕食の席で清美から紹介されたが、やはり清美の父も反応が薄い。夭逝した弟の息子が訪ねてきたのだから、ふつうなら、あれこれと聞きたがるものではないのだろうか?

 気になったので、青蘭の性別をまた訂正しそこねた。青蘭もその点について何も言わない。


「父が亡くなったのは幼いときなので、ボクはほとんど覚えてないんです。父がどんな人で、何をしていたのか教えてもらえますか?」と、青蘭が言っても、これと言った内容は返ってこない。


「すまんねぇ。星流は子どものころに家から出ていったから、伯父さんもよく知らんのだよ。何をしてたのかも聞いたことがないんだが、ただ、仕事仲間だという外人さんが来て、星流が仕事中の事故で死んだと教えてくれた」


 おそらく、星流の死を知らせにきたのは、フレデリック神父だろう。

 このままでは、あまりにも実りがない。龍郎は立ち入った話だとは思ったが、聞いてみることにした。


「差しさわりがなければでかまわないんですが、聞かせてもらえますか? あなたのお母さんはなぜ、星流さんをつれて家を出ていったのですか?」


 両親の不和を話したがらないだろうと思ったのに、清文は首をかしげながらも答える。


「たぶん、星流が不思議な力を持ってたからだろうなぁ。この家から離そうとしたんじゃないか」

「不思議な力ですか?」

「そんな話だね。よく知らんが」


 そう言えば、龍郎も子どものころにそんな力があったらしい。龍郎自身は覚えてないが、祖母がそう話していた。

 やっぱり、そういう血統なのかもしれない。


「ところで」と、今度、口をひらいたのは、青蘭だ。

「ボクの父の母、つまりボクの祖母にあたる人は父とともに、この家から出ていったんですよね? それなら、今、この家にいる清美さんの祖母というのは誰なんですか?」


 なるほど。たしかに、よく考えると、そうだ。家から出ていったのなら、清美に祖母はいないはずだ。


 清文はつかのま、うろたえたように見えた。だが、なんとか持ちなおし、とりつくろう。

「父が再婚したんです。二度めの母ですよ」

「そうですか」

 青蘭は納得していない顔だ。


 その後も神社のことや、この家に代々伝わる家宝がないかなど尋ねたが、まともな返事は一つもなかった。知らないというより、何かを隠しているように感じる。

 せいぜいわかったのは、先夜の座敷わらしの出る宿の伯母さんは母方の親戚だということくらい。


 食事がすむと、清美の家族はそれぞれの部屋に去っていった。

 龍郎と青蘭は囲炉裏の部屋に、そのまま布団を敷いてもらい、ならんでよこたわる。


 二人きりになると、さっそく、青蘭が声をかけてくる。

「ねえ、龍郎さん。ここ、変ですね。しばらく滞在しましょう」

「しばらくって、どのくらい?」

「わからないけど、僕の疑問が解けるまで」

「ふうん。卒業式までには地元に帰らないと」

「そんなにはかからないと思う。たぶん……この家にいるのは、悲しみだ」

「えっ? 悪魔がいるのか?」

「だと思う。ただ、悲しみは気配がわかりにくいんだよ。人の心や記憶を強く残しているから」

「そうなのか」

「とりあえず、顔を出さない祖母は怪しいな」


 そんなことをヒソヒソとささやきあっていると、とつぜん、襖がスッとあいた。見ると、清美が立っている。どうも腐女子というやつみたいなので、龍郎たちのようすを覗きに来たのかと思ったが、表情は真剣だ。すすすっと室内に入ってきて、龍郎たちの前で正座する。


「この家、やっぱり、変ですよね?」

 どうやら話を聞いていたらしい。

 龍郎は起きあがった。

 青蘭も起きてくる。

「自覚があるの?」

「そりゃ、ありますよ。だって……減るし、増えるし」

「何が?」

「家族が」


 清美の言っている意味が理解できない。


「えーと、家族の誰かが亡くなったとか、結婚したとか?」

 たずねると、清美は首をふった。

「そんなの普通じゃないですか」

「まあ、そうだね」

「わたしね、ほんとは一人っ子じゃないんです」

「へえ。兄妹がいるんだ? 今、学生? 一人暮らししてるのかな?」


 すると、清美は深々とため息をつく。


「妹は、どこにもいません。家族は誰も、わたしに妹なんていないって言うんです。だけど、わたしはハッキリ覚えています。妹の名前は和美かずみ。わたしたち双子でした。ケンカもしたけど、仲はよかった。なのに、とつぜん、いなくなったんです。わたしが小学四年のとき」


「いなくなった? それは……行方不明になったってことかな? それとも、里子に出されたとか?」

 龍郎の問いには、またもや首をふる。

「そうじゃないんです。最初からいなかったかのように、家族がふるまうんです。たしかに、家のなかに妹の痕跡はなくなったし、姿も見なくなりました」


 なんだか怪談じみたことを言う。


 消えた妹。

 それは、いったい、ほんとうにいた子どもなのだろうか?

 あるいは、清美の想像のなかにだけ存在した子ども?


 ゾクゾクと夜気に冷気が溶ける。

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