第9話 魔女のみる夢 その二十三



 翌朝。龍郎と青蘭はホテルを発つことにした。ホテルのなかはてんやわんやだが、龍郎たちにできることはない。

 だが、帰る前にもう一度だけ、聖マリアンヌ学園へ立ちよった。

 白石先生に会うためだ。

 白石先生は、美月先生や神崎とともに、ホテルとつながる渡り廊下の途中で面会してくれた。


「魔女が捕まったんですって? まさか、あの子が魔女だったなんてね。それに、フレデリック神父がエクソシストだったって。畑中さんは神父がバチカンにつれていくようね」


 白石先生はおどろきを隠せない。

 クールな女教師のそんなようすを見て、龍郎はおかしくなった。


「ええ。魔王も倒したし、問題は解決しましたよ」

「よかった。でも、一部の生徒が今朝がた、意識不明になった。あれは魂を入れかえられてしまった生徒なの?」

「たぶん。魔王が消滅したので、魔王のかけた魔法も消えたんだ。体は魂がカラッポの状態なんだと思う」

「そう……」


 悲しいことだが、すべての生徒がそうなったわけではない。奇跡的に息をふきかえした生徒もいた。坂本久遠もその一人だ。魂を魔王に喰われる前の生徒は自分の体に戻ることができたらしい。


「坂本たちのケアをよろしくお願いします」

「ええ。任せて。これで、ほんとに問題解決ね?」

「ただ一つをのぞけばね」

「まだ残ってるの?」

「おかしいと思いませんか? ただの少女の畑中美玲が、なぜ魔女になって、魔王なんて召喚できたのか」

「それは、そうね。わたしはそういう家系だからだけど、それって、よくあることじゃない」

「畑中に入れ知恵したヤツがいるんです。魔王の召喚方法を教えたんですよ。そいつは魔力を封じられているが、自分の君主にあたる魔王を呼んで、あわよくば、憎いあなたを殺そうとした。昨夜、寝る前に調べてみたんだ。そいつが言っていた魔王の名前サミジナは、魔王ガミジンの別名なんだ」

「……そういうことだったのね」


 白石先生がつぶやくと、背後に立っていた神崎が、あわてたようすで、きびすを返す。


「待ちなさい! 古き盟約により命ずる。おまえは二度と魔女に逆らえないよう、姿を変ずるがよい。現世にあるかぎり、無害な家畜となるがいい!」


 魔女の命令に従うためにだけ、神崎は魔法を使うことができた。神崎は自分自身の魔法でその姿を変えた。中性的な美青年から、ペロリと舌をたらした子犬に。これならもう悪行は働けない。


「教えてくれて、ありがとう。学園のことは心配しないで。わたしたちがなんとかするから。ここは、わたしたちの大切な我が家だもの」

 子犬を抱きあげながら、白石先生は笑った。美月先生と愛情深い目を見かわしている。二人のあいだには強い絆があるようだ。多少の困難など払いのけてしまうだろう。


 龍郎は手をふって、学園をあとにした。




 *


 ホテルに帰ると、荷物をまとめていた青蘭が浮かない顔をしていた。

 まだ龍郎のことを怒っているのだろうかと思ったが、違っていた。


「龍郎さん。おじいさまのちっちゃい金庫、どこにやったか覚えてますか?」

「えッ?」

「どこにも見あたらないんです」

「それは……覚えてない」

「ですよね。ボクが覚えてないんだから」


 あの日は排気口から箱を見つけて、でもそのあとすぐ、青蘭とケンカしてしまった。箱をどこにやったかなんて、まったく覚えがない。


「どうするの?」

「あのあと、部屋の掃除をさせましたよね? 誰かに持っていかれちゃったかな。ガラクタなら問題ないんですけど、もしも本物だったら困る」

「困るどころじゃないんじゃ?」

「まあ、ほんとにボクの手に入るものなら、いつか必ず帰ってきますよ。運命って、そういうものだから」


 そう。たしかに、そうなのかもしれない。

 龍郎だって普通の生活を送る大学生だったのに、青蘭とめぐりあった。それが運命だったかのように。

 いや、かのようではない。

 これは出会うべくして出会った運命だったのだ、と思う。


「帰ろうか。青蘭。おれたちの我が家に」

「ボクは定住はしませんよ?」

「わかってる。わかってる。おれの家に、おまえを招待してやるよ」

「ボクの支払うサラリーで暮らしてる助手のくせに、生意気なんですけど」

「手ごわいなぁ。でも、そんなところも好きだよ」


 青蘭は顔を赤くして、そっぽを向いた。




 了

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