第73話 夕食終わりに

「はぁ……」


 まぁ、結局あの後、なんだかんだで真里菜の家は決まった。

 僕も案内されたけど、割と広めの2LDKだった。当然ながら家具とかはなくがらんどうだったけれど、家電なんかは夜に梨央奈さんと二人で買いに行くのだとか。

 ちなみに、キッチン用品は僕が勝手に揃えていい、って言われてお金を貰ったりしている。炊飯器と冷蔵庫、ガスコンロは家電で購入してもらうから、それ以外だ。ちなみに、絶対にガスコンロで、と主張しておいた。僕、IH苦手なんだよね。

 でも、「これできっちり全部買い揃えてねー」って札束を渡してくる梨央奈さんってどうなんだろう。金銭感覚がおかしくなってるとしか思えない。


「にーちゃん、何溜息ついてんの?」


「色々僕も悩みがあるんだよ」


「ふーん。あ、そーいえば今日、真里菜おねーちゃんの練習試合だったんだよね?」


「あ、うん」


 そういえば話してたっけ。

 昨夜、天むすの下ごしらえをしていたときに、驚いて聞かれたのだ。普段、特別な行事のときにしか僕、天むす作らないもんね。

 それで真里菜の練習試合だって答えた記憶がある。


「勝ったの?」


「……」


「え、負けたの?」


「……」


 これ、僕答えてもいいのかな。

 真里菜って高校生女子最強って言われてるし、亜由美、サイン貰ってるし。

 そんな真里菜が負けたとなれば、亜由美もショックを受けるかもしれない。

 とりあえず、誤魔化しておこう。


「僕、いまいち柔道のルール分かんないんだよね。途中から見てなかった」


「そーなんだ。せっかく見にいったのに」


「さて……僕はもういいや。亜由美、〆におじや食べる?」


「うんー」


「多めに作るから、明日の朝ごはんもおじやな」


 さて、冷凍ご飯チンしてこなきゃ。

 どうでもいいけど、今時のレンジって全部『ピー』って言うのに、何故かレンジでチンするって言っちゃうよね。僕、チンって音が鳴る電子レンジを未だかつて見たことがないんだけどさ。

 まぁ、もう一つの慣用句として日本語の中で受け入れられている存在なんだろうね。


「はぁ……」


 冷凍庫から冷凍ご飯を取り出し、レンジに入れる。

 唸り声を上げてレンジが全力稼働する中、ボウルの中に卵を三つ割って入れる。実に楽だよね、お鍋。どうしても味が落ちちゃう冷凍ご飯の処理にもなるし。

 無事にチンできた冷凍ご飯を軽く水で洗って、鍋の中に突っ込んでから溶き卵で蓋をして、あとはコトコト煮込めば完成である。

 さて、煮えるまでの間に明日のご飯を考えておかないと。


「にーちゃんー、おじやできるまでゲームしてるねー」


「ああ」


 今日の昼は海老をたっぷり使っちゃったから、暫く節約だ。

 最近、海老高いんだよね。特に天むすに使う海老となると、それなりにサイズの大きいものになっちゃうから。


 冷蔵庫の野菜室に入っているのは、ジャガイモと椎茸、大根の三つである。何故このチョイスを残したんだろう僕。

 大根はとりあえず煮物にするとして、ジャガイモも椎茸もやっぱり煮物のイメージがあるよね。でも、煮物ばかりだと亜由美の機嫌が悪くなるから困りものなんだけど。

 あいつ、揚げ物大好きなんだよな。産湯の代わりに揚げ油使われたんじゃないか、ってくらい。


「にーちゃん、これ、このまま進んでも大丈夫だと思うー?」


「ああ」


「それじゃ、このまま進むー! わわっ! 敵わんさか沸いてきたー!」


「ああ」


「うわー! また死んだー!」


「ああ」


 亜由美の声に生返事を返しながら、頭の中で献立を練る。

 大根を美味しく食べる方法。それは僕の持論だが、おでんである。おでんというのは割と万能で、大体どんな食材を入れても美味しくなるのだ。ほとんど味のないこんにゃくを、最も美味しく食べる方法だと言っても過言ではないだろう。

 そして、冷蔵庫の中にはこんにゃくが置いてある。冷凍庫の中には牛すじ肉も入っている。

 こうなったら、おでんを作るしかないだろう。しっかり煮込んで、大根がとろっとろになってるやつ。

 よし、そうと決まれば早速――。


「ただいまー」


「あ、とーちゃんおかえりー」


 と、そこで玄関の扉が開く音。

 同時に、父さんが帰ってきたのだとわかった。こんな時間に帰ってくるとか珍しい。


「おう、ただいま。メシあるか?」


「鍋したから、〆のおじやならあるよ」


「おー、良かった良かった。たっぷりあるか?」


「明日の朝ごはんにしようと思ってたから、多めに作ってるよ」


「ならいい。あー、腹減った」


 まぁ、父さんは律儀に毎日帰ってくるから、僕も寝る前に父さんの食事を用意しておくんだけど。

 今日は珍しく早いお帰りだから、あったかいおじやで体を温めてもらわないと。

 我が家の財政は、父さんで成り立ってるわけだからね。


「あ、そうだ。父さん」


「うん?」


「あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど」


「おう、いいぜ。好きにしろ」


「……」


 いや、せめて『お願い』の内容を聞いてから答えようよ。

 僕が無茶なお願いをしたらどうするつもりなのさ。

 まぁ、そういうこと言わない、って信頼されてる証拠なのかな。


「とーちゃん! うちもお願いあるんだけどー!」


「うむ、内容による」


「にーちゃんのは内容聞かないくせに!」


「新しいゲームを買っていいのは来月になってからだろうがお前」


「なんで分かるのよー!」


 僕でも分かるよ。


「んで、武人。何なんだ?」


「あ、うん。ちょっと……大学に行きたいと思って」


「ほう。なんだ、お前大学は行かないんじゃなかったのか」


「ちょっと意見が変わってさ。栄養学系の大学に行きたいと思ってるんだ」


「へー」


 父さんがにやっ、と口角を上げる。

 そして、そのまま感慨深そうに僕を見て。


「女は人を変えるねぇ」


「……」


 父さん、一言余計。

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