第15話 真里菜と僕の部屋
「……なんで学校のジャージ?」
「私はいつも、外出のときにはこれを着用していますが」
「……そう、なんだ」
当然ながら、二つ目だった。
そんな僕に対して、何を疑問に思っているのでしょうか――とでも言いたそうな表情で真里菜が首を傾げる。
その様子は美少女らしく愛らしいものだったけれど、首から下の格好と比べると溜息しか出てこない。最高級のダイヤモンドを新聞紙に包んでいるようなものだ。
「……えっと、とりあえず、入って」
「はい」
いつまでも玄関で立ち話、というのも何なので、真里菜を家の中へと促す。
向かう先は、僕の部屋だ。
まだ亜由美の起きる時間ではないけれど、リビングで騒がしくしていると起きる可能性もある。そして亜由美が起きたとき、そこに真里菜がいれば間違いなく痛くない腹を探られる羽目になるだろう。
だからこそ、まずは僕の部屋で様子を見る。
「どうぞ」
扉を開け、中へと促す。掃除は入念にやったため、埃一つも落ちていないはずだ。見られて困るようなものはそもそも持っていないし、思春期の男子ならば誰でも持っているだろう禁制本のたぐいは倉庫の中にまとめて放り込んでおいた。
真里菜が入るのを見届けて、扉を閉める。妙な勘違いをされないように、鍵はかけずにおく。
「失礼します……綺麗な部屋ですね」
「ああ。まぁ、掃除は好きだからね」
別に嘘ではない。確かに入念に掃除はしたけれど、普段よりちょっと多めくらいのものだ。普段から片付けているつもりである。
部屋の中央に設置してあるテーブルと座布団。そのうち一つに、真里菜が座った。
なんでだろう。
女子が僕の部屋で二人きりだというのに、格好のせいで全くそれっぽくない。
「えっと、真里菜さん」
「はい」
「……何か飲む? お茶くらいなら出すけど」
「いえ、結構です。こちらから教わりに来ている身で、そのように甘えるわけにはいきません」
「そっか。一昨日に渡したクッキー、新しく焼いたんだけど」
「折角のご好意を無駄にしないためにも頂くことにしましょう。緑茶でお願いします」
「了解」
随分と素直だな、と苦笑しながら、扉を開いて台所へと向かう。
確か緑茶は買い置きがしてあったな――と戸棚を探り、急須にお湯を入れて茶葉を入れる。そのまま二人分の湯呑みと急須、それにクッキーをお盆に載せて部屋へと戻った。
「お待たせ」
「いえ。申し訳ありません、気を遣わせてしまって」
「別にいいよ」
テーブルの上にお茶とクッキーを置く。そしてそれから、僕も座った。
真里菜は背筋を伸ばして正座したまま、僕の顔とクッキーを交互に見る。
食べてもいいのだろうか――そう考えているのだろう。多分真里菜が犬なら、今頃物凄く尻尾を振っているに違いない。
「あ、クッキー食べてね」
「失礼。では頂きます」
正座をしたまま、クッキーに手を伸ばして真里菜が食べ始める。
一枚食べるごとに幸せそうな顔をするあたり、物凄く保護欲が沸いてきた。なんだか同級生の女子というより、小動物を見ているような感覚すらある。
っと、いかんいかん。
「……ええと、それで真里菜さん。今日来た目的なんだけど」
「……んっ。はい。私に女子力を教えて下さい」
クッキーを緑茶で流し込んで、真里菜が真剣な眼差しで僕にそう告げる。
背筋をぴんと伸ばした正座。真摯な眼光。膝の上に手をついているあたり、物凄く礼儀正しいのが分かる。あとは口元にクッキーの欠片がなければ満点なのだが。
「その、女子力なんだけど……」
「はい」
「正直言って、僕にもよく分からないんだ。真里菜さんが何を伸ばしたいのか、何を向上させたいのか……それがよく分からなくて」
言いながら、学校の鞄の中から一冊のノートを取り出す。
表紙にあるのは数学Ⅱ。しかしその中身は、数学と全く関係のないことばかりを書きなぐっているものばかりだ。
真里菜に字が見やすいよう、逆向きにしてノートを示す。
「……このページなんだけど」
「綺麗な字ですね」
「っ……あ、ありがとう」
男にしては少し丸っこいかな、と思える字なのだが、どうやら真里菜には悪い印象を与えなかったらしい。素直に嬉しく思える。
そのまま真里菜は僕のノート――女子力についてを、黙読し始めた。
いつだったかの数学の時間に、なんとなく考えながらメモしていた内容だ。
結論から述べるならば、女子力は三つの要素によりできている。
ひとつ、『己飾力』。
ふたつ、『家政力』。
みっつ、『関係力』。
さらにここから、色々と小項目に分かれていく。
『己飾力』は、『顔』『髪』『スタイル』『服装』『肌』。
『家政力』は、『料理』『掃除』『洗濯』『裁縫』『金銭管理』。
『関係力』は、『恋愛』『友人』『気遣い』『コミュニケーション』。
一部僕にしか分からない部分があるけれど、そのあたりはこれから説明すればいいだろう。
「……読み終えました。つまりこれは、どういうことですか?」
「読めた? それじゃ」
おほん、と軽く咳払い。
自分を、『女子力』という未知の学問における教授であるかのように。
「今から、女子力のテストを行います」
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