秘密のお茶会

 レース編み? ええ、ただの趣味よ。教室? 違うのよ、本当に。ただ町内会に、自分で編んだショールを羽織っていったらね、偶然ご近所のかたも同じご趣味をお持ちだって聞いて、それでたまに、うちで一緒に編んでいるの。それだけよ。

 そのかたの方がよっぽどお上手でね、わたしなんか、教わっているだけなのよ。本当に繊細で、きちっと編み目もそろっていて、いつ見てもほれぼれしちゃうわ。ほら見て、これ。すごいでしょう? 

 けどね、最近お忙しいのか、お茶に誘っても来てくれないのよ。あんまり人様のことをあれこれ詮索するのもよくないから、わたしもよく知らないのだけど、まあ、生きていれば色々あるのだと思うわ。わたしのこの話し方だって、ずいぶんと古臭くって、そして嫌に女っぽくって変だって、娘にもしょっちゅう、叱られますもの。「お母さん、もうそんな時代じゃないんだよ」って。確かにわたしはもう歳だし、古臭いのは当然ですけど、好きで使っている言葉にまで文句をいわれるのは悲しいわね。

 あの人も編みながら、言ったことがあったわ。「あなたとお話しているときが、一番自分らしく話せているわ」って。あのときはよく意味が分からなくて、そうなの、としか言えなかったけれど、娘に言われてようやく解ったわ。言葉を否定されるって、とても息苦しいのね。

 そう、この間あの人を見かけたの。青いつなぎを着ていてね、聞いたら現場が近かったから、お昼に家に帰ってきていたそうよ。しばらくお仕事が忙しかっただけで、元気だったって。よかったわあ。今度、お茶する約束もしてきたの。ええ、彼は甘いジャムをつけたスコーンが大好きだから、たくさん準備しておくつもり。それにしても、高いところの工事だなんて、かっこいいわよね。わたしもなにか、つなぎを着たお仕事、してみようかしら。ええ、似合わないのは承知だけれど、でも、素敵だと思うことは、してみたいじゃない?

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