第37話 聖女シルビアの臣民救済活動2

 ヨースケ殿とハルカ殿は、南地区へと移動して行った。


 残った私は、新たに加わったミッシェルクラン教会とクレスタ伯爵家の力を借りながら、東地区の救済活動を取り纏め、それぞれが機能的に活動できるよう矢継ぎ早に指示を出しながらも、迅速かつ安定した救済活動に一定の手ごたえを感じ始めていた。

 

「ド、ドッ、ドッドーン、ダ、ダッ、ダッダーン、ドッドーン、ゴロロロロ」

 遠くの方から地響きのような音が鳴り響く。

 辺りは騒然とした様子に包まれた。

 

 侍祭のアイリカから念話が届く。

『ヨースケ殿とハルカ殿の話では、山の斜面にある崖が崩れ、土砂が村の中まで流れ込んでいる所があるそうです。』

 私は、もたらされたの情報に、驚愕きょうがくしたものの、すぐさま、私自身が南地区へ行き、救済活動を行うので、ヨースケ殿とハルカ殿は、土砂崩れに遭った村の救出をお願いしたいとの話を侍祭のアイリカを通じて伝えた。


「マグダレナ司祭、今しがたの地響きは山のふもとで起きた土砂崩れによるもののようです。先を急がねばなりません。マグダレナ司祭、共に南地区への移動をお願いできませんか。マグダレナ司祭には、そこで、南地区の救済活動の取り纏めをお願いします」

「承りました。微力ながらも全力を尽くしましょう」

「マグダレナ司祭に神の御加護があることを」

「聖女シルビアに神の御加護を」

 私は東地区の救済活動をこの地区の自衛団と教会に任せながらも、ミッシェルクラン教会の治癒術士と護衛の聖騎士の一部を東地区の救済活動の応援要員として残し、マグダレナ司祭と共にクレスタ伯爵家家臣団と共に南地区へ向かった。

 

 南地区でも教会が避難所として機能しており、南地区の救済活動は比較的順調に進みそうであった。

 

 王都から少し離れた山の斜面のふもとにある30軒程の集落がある場所に山の土砂が流れ込み、家々が押しつぶされている。

 ヨースケ殿とハルカ殿は、土砂の除去と遭難者の救出に当たっており、アイリカは被災者の避難誘導を任されていると念話があった。私には、救護班の派遣と避難所の設営を依頼したいと、アイリカを通じて連絡がきた。

 私は直ぐに了承の意を伝えると、南地区の残りの救済活動をミッシェルクラン教会のマグダレナ司祭に一任し、土砂崩れが起きた村へ急行した。


 私がヨースケ殿とハルカ殿の許に訪れると、ヨースケ殿は小さな女の子の胸を何度も何度も激しく押していた。

 続いて、女の子のあごに手を添え、その顔を上向きにわずかに動かすと、その女の子へ情熱的な口づけを交わしている。その動きは激しく、そして大胆に…


「ヨースケ殿、こんな所で何を…」


 私は動揺を抑えながら、尋ねるも、私の声はヨースケ殿の耳に届かない。

 私が訪れたことに気が付いたアイリカから、今の状況の説明を受ける。

 何と、あの激しい胸のまさぐりと、激しい口づけは、ヨースケ殿の世界に伝わる蘇生そせい術らしい。

 あのような卑猥ひわいで激しい動きを、何度も何度も…

『もし、私があのようなことをされたら…』

 私は頭に渦巻く妄想を振り払い、心を落ち着け、ヨースケ殿の様子をよく見てみれば、女の子の口をむさぼっているというより、彼女の口を通じて盛んにへ息を吹き込んでいるように見える。

 冷静な目で、更に、よく見てみれば、彼女の鼻を抑えながら、彼女の胸に強制的に空気を送り込んでいるようで、呼吸をしなくなった女の子に強制的に呼吸をさせている行為だと心から理解できた。

 すぐ傍にはハルカ殿も控えており、治癒魔法を盛んに行使していることから、これは救命活動なのだと、納得できた。


「リザレクト」

 心の平穏を取り戻した私は、蘇生魔法と言われる神聖魔法を行使した。

 女の子は淡い光に包まれ、蘇生魔法が成功したことを確信する。

 しばらくすると、女の子の胸が上下に動き出す。呼吸が正常な状態に戻ってきたようだ。

 耳をすませば、微かに吐息の音が聞こえてくる。そして、青白かったほほにも徐々に赤みがさしてきているのが分かった。


「ヨースケ殿の蘇生そせい魔法、ハルカ殿の治癒ちゆ魔法、そして私の神聖しんせい魔法が奇跡きせきを呼び起こしました。ハルカ殿、今一度治癒魔法をお願いします」

 私は、厳かな雰囲気でこの場にいる一同へ告げる。


「ヒール」

 遥の治癒魔法に、女の子の目がうっすらと開かれる。


「ミリア」

 終始、女の子を心配し続けていた若い男女が女の子のもとに駆け寄り抱きしめた。

「ミリア…」

若い女性は涙を流しながら、改めて女の子を抱きしめる。

「おかあさん」

女の子はか細い声で答える。

「ありがとうございました」

若い男は目から涙をあふれさせながら、僕らに頭を下げていた。


「全て聖女シルビア様のお力です」

ヨースケ殿は、答えると、遥と一緒に他の生存者の救出に向かった。

 若い親子は私の方に向き直ると、何度も何度も私に感謝の言葉を口にしていた。


 私は、若い親子のもとを辞すると、他の被災者の救護と避難所の設営を行うべく、引き連れてきたクレスタ伯爵家家臣団を中心とした部隊の陣頭指揮を執った。


 その後、ヨースケ殿はおばあさんとひげずらの男性にも胸押し、口づけによる蘇生術を施していた。

 残念ながら、おばあさんは助からなかったものの、髭面の男性はヨースケ殿の蘇生術とハルカ殿の治癒魔法だけで息を吹き返した。

 ただ、髭面の男性に口付け蘇生術を施した後、口許を気にしているヨースケ殿の姿が気になった。

 ヨースケ殿は口許をく行為を盛んに繰り返しているいている。


「あ、ありがとうございます」

「お、お父さん、助かって良かった」

 その男性の奥さんがお礼の言葉を述べ、子供は安心した様子を見せる。

 意識を取り戻した男性は覚束おぼつかないながらも、ヨースケ殿にお礼らしき言葉を言おうとしていたが、ヨースケ殿はその男性の顔を見ることもせずに、

「お礼は聖女シルビアへ」

との言葉だけを残して立ち去っていった。


 私は、その場を立ち去りながらも、未だに口許を気にするヨースケ殿を見て、思わずほくそ笑んでしまった。


 こうして、私の臣民救済活動は終わりを迎えた。


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