第32話 横槍
王都北側の現場では多くの建物が倒壊していた。この辺りは庶民が住む地域で、家屋も簡易な作りの物が多い。見るからに耐震能力の低そうな家々ばっかりであった。
流石に造りのしっかりした家々は未だ残っているものの、中には出火で炎と煙が立ち上っている家も散見された。
中には、家は倒壊を免れたものの、隣家まで火がせまっており、延焼は時間の問題という家々もちらほらある。
僕らは火事の消火作業から取り掛かった。炎を勢い良く吐き出し、燃え上がっている家々に近付くと大きな水球を何発も作り上げ、鎮火するまで次々と水球を撃ち込んでいく。
僕と遥は鎮火するたびに、次の現場へ移動し、消火活動を続けた。
とある場所では、一人の若い女性が泣きながら、
瓦礫の下敷きになっているのだろうか。瓦礫の
しかし、そんな二人の
「ここに一緒にいると、お前まで焼け死ぬ。お前だけでも逃げるんだ」
倒れている男が叫ぶ。
「嫌っー、あなたを置いていけない!」
若い女性は泣きながら倒れている男性に
僕はそんな二人に近付くと、力任せに瓦礫を持ち上げ、払い除けた。
「あなた…」
女性が涙を流しながら、倒れている男性に抱き抱え起き上がらせる。
「ヒール」
周りの火を水球で鎮火させていた遥が、倒れていた男性に近付くと治癒魔法を掛けてきた。
「僕達は、聖女シルビアの指示の下、派遣された者だ。無事で良かった」
と語り掛けながら、二人の身の安全を確認し、避難所への避難を勧めた。
二人は、僕らに何度も何度もお礼を繰り返しながら、立ち去っていった。
「おい、そこの女。
遥の治癒魔法を
「遥、次の現場に行こう」
「うん」
僕らは、彼らを無視して次の現場へ移動する。
「待て」
彼らは僕らを呼び止めるも、僕らの移動速度に付いていくことは出来ず、その姿は見えなくなっていた。
僕らは消火活動を繰り返しながら、時折、倒れた家屋に埋まっている人の救出を行い治癒魔法を掛ける。
そして、助けられた人が仕切りに僕らへお礼を繰り返す。
そんな一連の流れをあちらこちらで繰り返していた。
「見つけたぞ。旦那様あの者達です。貴様ら、平民の分際でゴーリキ家筆頭執事の私の言葉を無視するとは大罪だぞ。
先ほど、声を掛けてきた貴族家の使用人らしき者がまた、声を掛けてきた。
『さて、どうしたものか。奴隷並みにこき使われているのは今も一緒で待遇は変わらない。頭ごなしに従属を要求する態度は気に入らないが、日ごろ僕らをこき使う帝国の騎士アーノルドもそこは同じ。僕らがこの貴族家に黙って従ったら、メンツを潰された皇帝シュナウザーは怒るかな。そうすると、この貴族家はどうなるか、それも面白そうだな』
などと想いを巡らせていると、
「ヨースケ、早く次の人を助けに行かないと」
「…、遥、ごめん、そうだよね。こんなのに構っていないで、早く困っている人たちを助けなければいけなかったよね」
僕は、遥の言葉に軽率な己の考えを恥じた。
確かにこの辺りの火災は治まり、僕らの救援活動にも一区切り付いた状態だとは言え、まだ、他の地区では多くの被災者が
「貴様ら、また、我らを無視する気か。男爵家であるゴーリキ家の意向に逆らうつもりか。旦那様からも一言お願いします」
「其方たちの力を我がゴーリキ家に貸してくれ。実は先ほどの揺れで、息子が怪我をしてな。何でも其方たちは治癒魔法が使えるとか。礼は
そこへ、幾ばくかの兵と救護部隊を従えた聖女シルビアが現れる。
「私はミッシェルクラン教会で聖女の称号を賜っているシルビア・クレスタ。彼らは、皇帝陛下から臣民救済の勅命を受けた私の配下として、臣民救済活動を行っています。その邪魔をするということはゴーリキ男爵殿は皇帝陛下の意向に逆らうというのですか?」
「聖女様…⁉」
ゴーリキ男爵が驚きの表情を浮かべる。
「そうですか。分かりました。ゴーリキ男爵家の意向とやらを陛下にお伝えしましょう」
聖女様は強引に話を進め、ゴーリキ男爵を追い詰める。
「も、申し訳ありません。ひ、平にご容赦を。このような平民が陛下の勅命を受けていたなぞ知らなかったのです」
「つまり、平民に対しては何をしてもいい。それがゴーリキ男爵家の意向というものなのですね」
「めっ、
「ん~、そうですね。もし、陛下の勅命である臣民救済活動にゴーリキ家が総力を挙げて取り組むのであれば、つまり、平民と共に救済活動を積極的に行うことがゴーリキ男爵家の意向とするのであれば、ゴーリキ家が陛下のご不興を買うこともないでしょう」
「す、すぐに、すぐに、我が男爵家の総力を挙げて王都臣民の救済活動に就かせていただきます。例え平民と一緒であっても…、
「ゴーリキ殿、大儀です。ゴーリキ家の働きに期待します。それと、あとで、怪我をした息子さんを私の
「あ、ありがとうございます」
ゴーリキ男爵を口先三寸で丸め込んだシルビアは、ゴーリキ男爵家の手勢を息子に治癒魔法を掛けることを報酬に存分にこき使うと共に、『我らも…』と馳せ参じた街の自衛団や自発的に集まった手伝いの人々を、皇帝シュナウザーの名の
その間、シルビアに付いてきた救護班の人達が怪我人の救護活動を行うと共に、シルビアに付いて来た兵士達は被災地周辺の巡回、取り残された怪我人の救出活動などを行い始めた。
聖女シルビアが現場に従えてきた近衛隊や王都警備隊の兵士達だけでなく、ゴーリキ男爵家や街の人々をも従えた北側地区の救援活動は、聖女シルビアの指揮の下、一定の目途がつくのだった。
この辺りのことは聖女シルビアに全てを任せ、僕らは次は東地区へと移動した。
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