第30話 婚姻

「「「ネターニャ様」」」

 アスタリア王国軍の指令室となっているテントに案内されてきたネターニャ王女に、その場にいる面々から声が上がる。


「皆の者、心配掛けたな」

 ネターニャ王女から開口一番、周囲に声が掛けられる。


「姫様良くぞ、ご無事で。このカルーラ、姫のことが心配で心配で…」

 カルーラ司令官代理がすかさず、ネターニャ王女に擦り寄る。


「カルーラ、私の留守の間、大任ご苦労様でした。現在の状況報告をお願いします」

 ネターニャ王女は、現在の状況を確認すると、司令官補佐であるジークハルトにはかりながら、次々と指示を出す。

 ネターニャ王女の指示が的確だったのか、或いは、更なる襲撃が無かった為か、浮足うきあし立っていたアスタリア王国軍は直ぐに鎮静化し始めた。


「帝国は我らが撤退すると知ったら、どう出て来ると思う?」

 ネターニャ王女がジークハルトに尋ねる。

「通常であれば、すぐにでも追撃隊を指し向ける可能性が高いかと」

「となれば、この騒動を利用して、一挙に撤退に移るのもありか」

「妙案かと」

 ネターニャ王女とジークハルトの会話に、カルーラ司令官代理が口をはさむ。

「お待ちください。先ずは、ネターニャ様をお守りできなかったものの、罰を与え司令部の体制を整えなければ…」

「カルーラ、私はそなたを始め、ジークハルトやセレナの働きにより、無事、ここへ帰ってくることができた。其方たちのお陰で帰ってこれた私がまずしなければならないことは、其方たちを始めとしたアスタリア王国軍全軍を無事に、我が祖国に帰すことだと思うが、違うか」

「御意。祖国に凱旋がいせんを」

「カルーラ、頼りにしておるぞ。祖国に無事辿たどり着いたら、父上に多くの恩賞を強請ねだらなければならないな」

「御意」

 ジークハルトを追い落とすことをあきらめ、あっさりとネターニャ王女に臣従しんじゅうする小物感、あふれるカルーラ司令官代理であった。


 ネターニャ王女は、そのまま各部隊の状況確認が終わると兵をまとめ、夜間にも関わらず、撤退の開始を指示した。

 撤退に当たり、街道沿いに篝火かがりびを用意し、夜間故の混乱を抑え込み、アスタリア王国軍はゆっくりと祖国へ向かって撤退を開始した。


***


 僕と遥は帝国軍の陣地に戻ると、マグカート辺境伯への報告に向かった。

「閣下、夜分に失礼します」

「ヨースケ殿、ハルカ殿、ご苦労であったな。では、報告を聞こう」

「王国軍は撤退の準備をほぼ完了している模様です。明日にでも撤退が始まるのではないでしょうか。取り敢えず、王国軍の混乱を誘発させるため、糧秣りょうまつらしきものが集積されている場所に炎弾を撃ち込んでまいりました。なお、与えた損害の状況に付きましては残念ながら未確認であります」

「夜中に炎弾が撃ち込まれ、糧秣の被害を受けたとなれば、更なる混乱が予想されるな。ここは討ってでるか」

「良い手かと思います。閣下」

「誰かある。至急、諸将に軍議の招集を掛けよ。緊急招集だ」


「夜分に急遽きゅうきょお集まり頂き、感謝する」

 夜間の緊急招集により開催された軍議は、帝国軍第八方面軍司令官であるマグカート辺境伯の挨拶から始まった。

 辺境伯から僕と遥の偵察の状況と夜襲により再び糧秣に損害を与えたこと、アスタリア王国軍が明日には撤退を開始しそうな様子であることが伝えられた。

 ついては、アスタリア王国軍撤退の間隙かんげきをついて、襲撃を掛ける案が提案された。軍議の席は、追撃賛成派と籠城継続による様子見派に割れたものの、最後は、辺境伯の「追撃すべし」の一言で追撃が決まった。

 翌朝、帝国軍は王国軍への突撃部隊を急遽編制し、突撃を敢行かんこうしようとしたが、アスタリア王国軍はコロニアル城塞都市周辺から既に撤退をしており、その姿は既に無かった。


 アスタリア王国軍はネターニャ王女の機転により、帝国軍の追撃を受けることなく、アスタリア王国領まで、全軍の撤退を完了させたのだった。


 ネターニャ王女は、祖国への撤退が完了すると、帝国領との境界付近に、既に築かれていた城塞砦の他に、新たに2つの砦を築き上げ、帝国との防衛線の強化にいそしんでいた。


*** 


 アスタリア王の執務室では、アスタリア王サルスロットと宰相カロッツリアが密談

を行っていた。


「王、姫様が無事、帰還したとのことです」

「うむ、良かった。行方不明になったと聞いた時はどうなるかと思ったものだが…」

「確かに。ですが、お身体を何者かにけがされたとの報告もあります。そのようなうわさが出回らないようにしなければ、姫様の名声に差しさわりが生じます」

「ネターニャは、今や我が国防衛のかなめじゃ。今更、婚姻外交には使えぬ。ましてや、その様な噂があるとすれば、ネーターニャは一生、王女のままでいてもらうしかないかも知れぬのう。どう思う」

「今回、ネターニャ王女とジークハルト殿を救国の英雄として、王都に凱旋がいせんさせ、その場で二人の婚姻を発表いたしましょう。救国の英雄二人の婚姻の報は、ラインハルト帝国侵略からの復興の士気を上げるのに追い風となるでしょう。また、ジークハルト殿は貴族としては、若干、身分の低い子爵家の出身、救国の英雄の立身出世は民の受けも良いかと」

「確かに、ネターニャとジークハルトの婚姻は王家の利益にもなるな。それに、今回の戦争で活躍し、名声を得たネターニャを次の王に担ごうとするの貴族共の勢力争いの牽制けんせいともなる。カロッツリア、根回しを」

「御意」

 ネターニャ王女のあずかり知らぬ間に、サルスロット王とカロッツリア宰相の密談により、二人の婚姻が決まった瞬間だった。

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