第16話 人殺し

 こちらの世界に来て半年程、過ぎた頃だろうか、突然、騎士アーノルドから、

「貴君らは、1週間後、隣国との戦場に派遣されることが決まった。皇帝シュナウザー様のご期待に沿う働きをするように」

との訓示をたまわり、僕らの初めての実戦が決まった。


 僕と遥は、戦場に派遣されるまでの1週間の間、戦場での戦術の確認と、武器や防具のほか、食糧や医薬品の備蓄に費やした。


 僕らが初めての実戦投入される場所は隣国との小競り合いが続いている戦場だった。


 先ずは2人で火炎魔法で炎弾を10発づつ生成し、敵陣に向け、広範囲に打ち込む作業を20回繰り返した。流石に20回も繰り返すと残存魔力は大分少なくはなっていたが、それよりも、敵側の混乱度合はひどいものだった。


 僕らは魔法で炎弾を大量に打ち込んだ後、速やかに敵陣へ突撃し、剣で敵兵を殺し尽くせとの指示を受けていた。

 作戦会議の場では、魔力を大量に消耗した直後に敵陣へ突撃するなんて、体力的に無理だと猛烈に抗議した。そんな僕らの意向が反映され、隣席の各諸将も同意の方向に場の雰囲気が染まり始めた感に成りかかったところで、

「そんなことで皇帝シュナウザー様の御期待に答えられるのか⁉」

と騎士アーノルドの余計な発言により、軍議の場の空気が急冷したかのように固まった。この一言で、僕らは、この鬼畜な扱いに抵抗するすべを失ってしまった。

 そんな軍議での決定に、僕らには逆らう選択肢は持っていないので、致し方なく、敵陣へ突撃すべく身体を動かそうとしたのだが、魔法を撃ち込んだ後の、焼け死んだ敵側の兵士達のしかばねが、死屍累々ししるいるいと横たわる惨状さんじょうを、目の当たりにした途端、僕らの身体は自分の身体ではなくなってしまったかのように、自分の意志で動かすことが出来なくなってしまった。


『僕らの魔法で死んだ。目の前の惨状は、僕らが殺した兵士達のむくろだ…』


 僕らが人を殺したという事実を、目の前に広がる死屍累々ししるいるいと横たわる骸から、僕らの心が認識してしまった途端、目眩めまいがし、目の前が真っ暗になった。

 僕は気が付けば地面に手を付き、嘔吐おうとを繰り返していた。

 しばらくして、吐き気も少し治まり、周りの様子を伺うと、隣で遥が涙を流しながら、いまだ嘔吐を繰り返していた。

 僕は慌てて遥に近付き、その身体を抱き締めた。

 僕は、遥になぐさめの言葉を吐き出すことができず、ただ、遥を抱きしめることしかできなかった。しばらくは、遥を抱きしめ、嘔吐しそうになれば、背中を擦り、遥の気を静めようと努めていたが、遥の嘔吐を繰り返す様子を見ていたら、遥のが伝染したのか、僕も再び吐き気を催してしまい、二人で抱き合いながらお互いに嘔吐を繰り返してしまった。僕は、目に涙をため嘔吐を繰り返しながら、ただ、遥の背中を擦り続けることしかできなかった。


 一方、僕らが、火炎魔法による先制攻撃の後、事前に決められた作戦通りに敵部隊に突撃しなかったことに、腹を立てた騎士アーノルドは僕達のいるところに怒鳴り込んで来た。しかしながら、ゲロまみれで抱き合い、互いになぐさめ合っている僕たちの姿を見て、流石に、ドン引きしてしまったようで、その後の文句は続かなかった。

 最も、僕らが落ち着いた後、小言を言うことを忘れるアーノルドではなかったのだが…


 戦況は、僕達の強力な火炎魔法の炎弾による連続攻撃により、多くの兵士が死傷したことを受け、敵側の士気がくじかれたところに、僕ら以外の部隊が敵陣へ突撃を敢行かんこうした結果、そのまま、敵陣は崩壊し、帝国側の勝利に繋がった。

 敵陣に突入した部隊の部隊長達からは、僕達が敵陣に切り込まなかったことを責める様子はなかった。逆に、戦場で多大な功績を上げ、帝国に貢献することができる機会を得られらたことに、彼らから感謝された。


 しかしながら、騎士アーノルドからは

「そんなもろい精神では兵士としては三流だな」

さげすまれた。

 しかし、アーノルドの顔は戦争で圧勝となった結果が自分が育成した異世界から来た奴隷達の大きな貢献によることであった事実に笑いが止まらないとでもいうかのように、その顔はにやけていた。


 戦争の結果など僕らにはどうでもいいことだし『むしろ帝国こそ滅べ』などと考えていたら、敵の残存勢力の掃討に剣での突撃を、改めて、命じられてしまった。


 剣での近接戦闘は、僕らの心を大きく削った。剣を振るう度に、人の肉や骨を断ち切る感触が直接、手に伝わってくる。

 遥は途中で剣を振るうことができなくなり、その場で、突然、うずくまってしまった。

 僕は剣で肉や骨を切る感触に戸惑いながらも、戦場で蹲ってしまった遥を守るため、更に剣を振るった。


 途中、何とか立ち上がった遥を支えながら、自陣へと戻ることが出来たものの、僕自身も、剣で人を切り殺した感触が突如としてよみがえり、嘔吐えずき始めてしまった。

 僕と遥は二人して抱き合いながら、嘔吐を繰り返し続け、気が付けば、お互いゲロまみれに成っていた。

 その様子を見た騎士アーノルドに、またまた、ドン引きされていたのは言うまでもない。

 そして、帝国の兵士達からは「ゲロゲロの勇者」という有り難くない二つ名を頂戴した。





 

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