第52話 眼鏡をかけるキャラ


 カリカリと図書室にペンを走らせる音が響いていた。


「えっと。……この問題の答えって分かりますか?」


「これね。ああ微分積分のやつか……これ面倒なんだよな。でも確かここに解き方が乗ってるはず」


「ああ、そうでした。えっと、こっちはΣを使って………うーん、久しぶりにやってみると意外と忘れてるもんですね」


「ああ、でも一回やってみれば割と思い出すな。これなら本番のテストで8割はもらった」


「そうですね。ウフフ、私達以外の時間が止まってるって便利ですね。こうして自己研鑽の時間が無限にあるんですもん」


 彩夢がクイッと伊達眼鏡をあげた。


 その時


「なんで普通に勉強してんのよ!!!!!!!!!????????」


 困惑の色が濃い未来の声が響いた。


「未来さん、どうしたんですか?いくら他の人には聞こえないとはいえ図書館では静かにしてください」


「それはゴメンなさいね!!でもなんで普通に勉強してんの?この間まで遊びまくってた彩夢たちはどこいったの!!??しかもその眼鏡どっから調達したのよ!!!」


「まあまあ未来ちゃん、そんなツッコミの嵐をしないで。僕達は肉体年齢こそ20超えてるだろうけど依然変わらず受験生なんだ。名の通った大学に行って後の人生を楽にするために勉強するのは少しも可笑しなことじゃないでしょ」


「いや可笑しくないけど……なんか唐突って言うか。少なくとも伊達眼鏡はいらないわよね」


「こう言うのは気分の問題です……それにしてもなんで優等生キャラとかがり勉キャラって眼鏡のイメージがあるんでしょうね」


 鉛筆をくるりと指の上で回して彩夢は考え込む。その顔は至って真剣であり、先ほどの勉強時に見せていたものと比べて一段階深い所にある。


(なぜかしら、この顔を見てると少し安心する自分がいるわ)


「昔は電気が普及してなかったから夜中まで勉強してる人は目を酷使してたんじゃないかな?」


「そうでしょうか、そこまで昔なら眼鏡と言うものがあったのか疑問です。日本に眼鏡が来たのは確か……」


 日本史の教科書をパラパラとめくったあと首を横に振った「まあ多分江戸時代かそのあたりでしょう」


「仮に江戸時代だとしても普及はしてないだろうな。浮世絵に眼鏡が出てるところなんて見たことないしその時代じゃ高価なものだと思う。普及したのは明治辺りからじゃないかな」


「うーん。明治だとしたらそれなりに電気も通ってますよね。少なくともガスは通りまくっていたはずです」


「ちょっと二人とも今度は眼鏡トークになってるわよ」


「あ、しまったです」


 コツンッと可愛らしく自分の頭を小突いた。


「なんでがり勉には眼鏡のイメージがあるかの話でしたね。思い出させてくれてありがとうございました」


「よく考えたらそれ考える価値のある議題かしら!!??」


「まあまあ未来ちゃん落ち着いて。大抵の物に考える価値なんてないよ。楽しいって感情を除けばね」


「何か哀しくなること言わないで!!!」


「それで?未来さんはどうしてだと思いますか?」


 少し不満げに頬を膨らませていた未来だったが腕を組んで思案のポーズをする。


「んなこと言われてもなぁ……正直私漫画とか少し距離を置いてたからそんなのないのよね」


「え?そうだったんですか!!??」


「まあそりゃ完璧にシャットアウトしてたわけじゃないけどそう言う親の方針だったからね」


「嘘………でしょう……そんな漫画みたいな家庭が日本に存在していたなんて……びっくり仰天です」


 心底びっくりしていそうだがだからこそ未来の目には何処かアホらしく映った。もっとも彩夢のすることの大半はアホらしさが混じっていると悟っているから気にはならないのだが。


「ま、そんな私に言わせてもらえれば眼鏡=頭がいいなんてしっくりこないにも程があるわね」


「なんで?」


 未来はある一点に指を伸ばした。そこには『ドラえもんのことわざ辞典』という名前が書かれている。


「のび太君ってミスター0点じゃない」


「なるほどです……」


「なんでさっきよりもっとびっくりした顔してんのよあんた……可愛いじゃない」


「未来ちゃんなんかいった?」


「気のせいだよマー君」





 自己の見識の狭さを思い知ってしまった彩夢であった。




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