第24話 萌えるのでお手伝いします

 未来は漫画を読みながら船を漕いでいる雅也を遠目で見ていた。


「こんな状況で会えるなんて……運命だよね。やっぱり私とマー君は一緒にいるべきなのね。神の野郎も憎いことするわ」


 たった一人で時間の止まった世界に取り残されたときは心の底から神という存在を憎んだ。何故こんな苦難を自分に与えるのか、何故たった一人にさせるのか、どうしてこんな目に遭わなければならないのか。

 だがそんなことも雅也と会えるならばすべて微々たるものである。


「へー。やっぱり雅也さんのことそう言う目で見てたんですね。よきかなよきかなです」


「そうよ。ずっとずっと………………」


 ゆっくり、空気の流れを一ミリも変えないくらいゆっくりと未来は振り向いていった。汗をダラダラ流して、苦―い顔を浮かべながら。


「ずっとずっと思い続けてきたんですか?ロマンチックですね」


「彩夢……いつの間に私の背後に」


「ついさっきですよ。ご飯の支度が出来たので雅也さんと未来さんをお呼びしようとしたらなんだかハート色のオーラが見えたのでつい」


 ギュルッ!!!!!!


「うわっ」


 疾風よりも速く未来は彩夢の背後を取り彩夢の柔らかい唇を手で覆った。


「言わないでよ!!!絶対に言うんじゃないわよ!!!!」


「わはったまふって(分かってますって)」


 手のひらからにじみ出る汗がなんだかしょっぱく、好奇心の求めるがまま舐めてしまいた衝動に襲われる。


 だがそれ以上に彩夢は興奮していた、細胞の一片にいたるまで甘い歓喜が浮かび上がっていたのだ。



(すっごいです!!!!一度は分かれてしまった幼馴染に募る思いを再燃させる!!!!こんなことって本当にあるんですね。はぁ、尊いです)


 ポンポンっと未来の背中を叩いて抵抗の意志がないことを伝えると手が離された。


「彩夢、あんたマー君に色目使ったりしてないでしょうね」


「はい!!全く!!!!」


 彩夢にとっては自分の水着姿を見せることもおっぱいを揉ませることもパフパフも色目には当たらない。何故なら彼女の目的は徹頭徹尾雅也という男を好きになることだったのだから。


(私自身に色目はいっぱい使いましたけどね)


 こう考えてしまうのが海瀬彩夢という女なのである。


「そもそも雅也さんは特殊な紳士です。色目なんて使っても意味はありませんよ、そのことは幼馴染であられる未来さんもご承知しているのではないですか?」


「ええ……まあそうなんだけど」


 彩夢の独特な勢いに未来はまたしても気圧された。


 自分の方がずっと強いのに、自分の方が主導権を握るに足る状況にあるというのに未来は海瀬彩夢というこれまで出会ったことのない女に一種の恐怖を覚えていた。


 何処までの自分の世界で楽し気に生き続ける女、オプティミストとも楽天家ともどこかニュアンスが違うアグレッシブに自分の信じた欲望を貫かんとする女。


 一言で言えば訳が分からないにも程があるのである。


「ああいう性格の雅也さんですからもしかしたら未来さんのお気持ちには気づいていないかもしれません。でもそれはある意味朗報ですよ。こんな状況なら私達は嫌でも仲を深めるしかありません、もとから幼馴染という素敵すぎる関係性を持っている未来さんなら上手くすれば恋愛的な意味でも仲を深めることが出来るはずです」


 彩夢は自分の胸をドンっと叩いて笑った。


「私もお手伝いしますから一緒に雅也さんと恋仲になれるように頑張りましょう!!!!」


「ええ。分かったありがとう」


(まあ……私を手伝ってくれるって言うなら別にいっか)


 この時未来は自分の都合のいいように解釈して気づくことが出来なかった。彩夢の本当の意志を。


 無論彼女は嘘なぞ言っていない、自分自身の本能に嘘をつくわけがない。


 ただ、だからと言って全てを口にしたわけでもない。



(うふふ、お二人がいちゃラブカップルになってくれれば私の人生もまた鮮やかに色付きますね。

 もっとも雅也さんを愛そうとする努力を止める気はありませんが)


 彩夢は純度100の夢想家ではない。


(だって、前々から怖かったんですよね。私と雅也さん、たった二人の子孫じゃおそらく人類は続きません。色んな遺伝子が混ざり合わないと奇形児が生まれる危険性すら高いらしいですからね)


 変な所で常識的で、ロマンの欠片もない判断を下せる女なのだ。



 そんな女だからこそ元々二人の元にやってきた目的を笑顔で伝えることができるのである。


「とにかく御飯にしましょう。今日のお刺身は上手にさばけたんですよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る