第17話 心で見るんです


 

 彩夢は写真のように静止している巨大なスクリーンに向き合って、右手にポップコーン左手にメロンソーダを置いていた。


 二人の目に映っているのは数年前に流行ったアニメ映画のリバイバルと思われる画像だ。 



「なあ彩夢お前楽しいか?」


「楽しいですよ!!やっぱり映画は映画館で見るのが一番です!!」


「具体的にどの辺が楽しいんだよ?」


 相変わらず暇だった二人はブラブラと街を散策していたのであるが、その最中、昔懐かしの映画館を発見したのである。だがしかし、普通の状況ならばいざ知らず、今は時間が止まっているのだ。つまり映画を見ることはできない、だというのに彩夢は軽快な足取りと輝く瞳を携えて中に入っていたのである。


「具体的に、ですか。やはりまずはこの壮大な雰囲気ですかね。家でBlu-rayを見ているのでは決して味わうことのできない音と光の豪快ながらも美しい共演が起こるんだなってワクワクします」


(轟くような音も目を楽しませる光もでてこないけど)


「そしてやはり一番の目玉は大きなスクリーンですね、自分の身体など容易く呑み込む巨大な長方形が余すことなく映像を映す、音と相まって呑み込まれるんですよ!!!!この広い劇場にいる人全員が同じ胃の腑の中に入るんです!!」


 またスイッチが入りそうだなと直感した雅也はトントンっと肩を叩いた。


「なるほど、お前の言っていることは間違ってないのかもしれないよ。でもさ、それって時間が動いてる時の話だろう。今はでっかい写真を見ることしかできないんだぞ」


「フフフ、雅也さんともあろうものが甘いですよ。一流の写真家はたった一枚の写真であふれるばかりの情報と感情を伝えます、一流の探偵はたった一枚の写真から数多の情報を読み取ります。そして私はたった一枚のアニメ絵からでもその時のキャラクターの心情を読み取るのです!!!!」


(スイッチを押す手を抑えたかと思ったら僕がスイッチを押しちゃったか)


 もはやいつものことだと笑いまで出てきた。


「それってどうやってやるんだよ?」


「無論、妄想です!!!自分の解釈が当たっているのかどうかなんて二の次です!!!まずは自分が楽しめるかどうか……こうやって一枚の静止画を見ているだけでも私の脳みそにはキャラクター達の大活劇が映っています、ドッカンドッカンと楽しい爆音が鳴り響いています。萌えてます!!!!!」


(どう見てもバトルシーンなんだがそれでも萌えるのかお前……いや、燃えるの方か?)


「萌え萌えです!!!!!」


(萌えるだな、うん)


「うーん、でも確かに雅也さんには少し難しいかもしれませんね。失礼ながらこれまでのお話を聞く限りそういう訓練をしてきたとは思えないですから」


「そういうのって訓練するのか?」


「いえ、好きこそものの何とやらみたいな感じでそのうち勝手に出来るようになります。とはいえやはり手っ取り早くするなら訓練でしょう。ほら、まず目を瞑ってください、大きく息を吸い込んで吐いてから目を瞑ってください」


 言われるがままに息を吐いて目を瞑った。


「フワフワ―です。フワフワ―です」


(なんだ?)


 耳元で何かを囁いてくる。


「さぁ、情景を想像してください。フワフワ―です、しっとりです、今雲の上にいます。綿あめみたいな美味しい雲です」


(え?催眠術?)


「雅也さんは柔らかーい雲の上で跳ねています。トランポリンに乗っているみたいです。ぽよんぽよんです」


 その時、雅也の頭に弾力性のある何かが飛来した。フワフワでポヨポヨだが風を切っているように勢いがある何かだ。しかし、それはまだ朧げなもので気を抜くとすぐ何処かに行ってしまいそうである。


(な?まさか本当にこんなことになるなんて……彩夢、お前のその謎能力何なの?)


(お、少し掴めてきたみたいですね。流石は豚の天才雅也さん、妄想の資質も十分ですか)


「皆と一緒にジャンプ&ジャンプです。フワフワにジャンプです」


 彩夢は最初に妄想するのは雲がいいと思っている。何もないがゆえに何でもあるように妄想できる雲とは初心者向けであると思っているのだ。


「雲ですよ。フワフワでモチモチかもしれませんよぉ」

(あ、そうです。せっかく何でこれもしときますか)


 その時雅也の顔面に再び柔らかくてしっとりとした触感が襲ってきた。ただこれは頭の中からあふれてくるそれではなく外から来ているもののような気がする。


(まさか彩夢の奴)


「雅也さん、脳みそだけをフル回転させて妄想に身を委ねてください。目を開けちゃぁいけませんよ」



 雅也は確信していた、今自分は彩夢の胸でパフパフされていると。


 ここで普通の男ならもう雲の想像なんてできなくなるであろう、胸の感触だけを楽しみ気持ちの悪いにやけ面を見せることしかできなくなるであろう。だがそこは雅也なのだ。


(でも……これは分かりやすい……くる……くる!!!雲の上がきてる!!!)


 性欲を感じることが出来ない長谷雅也なのだ。純粋に彩夢の思惑通りに想像をすることが可能だった。こう言うとき少し便利だと思ってしまう雅也なのだ。


 そして一通り妄想タイムが終わった後、彩夢は左手に置いてあったメロンソーダを雅也に手渡した。


「はい。お疲れ様でした雅也さん!!!空想映画の第一歩はどうでしたか?」


「まあまあだったね」


 グイっと量の少なくなったメロンソーダを飲み干した。彩夢が先ほどまで使っていたストローに口をつけて飲み干した。




 パフパフされた後に間接キスとかまったく気にしないのは才能と言っていいであろう。

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