第4話 暇なので豚になりましょう

 犬がいた。

「ワンワンです」


 猫もいた。

「ニャーニャーです」


 馬もいた。

「ヒヒーンです」


 牛までいた。

「モーモーです」


 謎の生き物もいた

「クックアドゥードゥルドゥーです」


 そして腕を組んで首を傾げている男もいた。

「何やってんの彩夢」


「見ての通り動物の物まねをしてるんですよ」


「最後はなに?」


「日本で言うところのコケコッコーさんですよ。たまたまそっちを言いたくなっちゃいまして」


 どうやらニワトリだったらしい。


「案外楽しいですよこれ、雅也さんもご一緒にどうですか?」


 彩夢は犬と豚と猫の耳と尻尾を取り出した。


「どっから持ってきたんだよこれ」


「激安ジャングルです。うふふ、犬も猫も豚までいる平和でバラエティー豊かなジャングルは本当に最高ですよ。時間が止まる前から重宝していましたがこんな異常状況になっても私の心強い味方です」


 一見バカバカしいように見える行為ではあるが彩夢には一つの狙いがあった。


「ほらほら、雅也さんどうぞ」


「うーん。まあいいけどさ」


 彩夢は動物のことが好きなのである。人を好きになるのに外見が重要なファクターになるとするならばもしかしたら動物コスプレさえしてくれたら一気にハートを掴んでくれるかもしれない、そんな期待を雅也のコスプレ姿に託していたのである。


(芋っぽい女性が身なりを整えてボンキュッボンの超絶美人になった瞬間陥落するちょろい男性の話なんてよく聞きますからね。大丈夫です、きっと私はちょろい女ですから)


 ちなみに彩夢の雅也の外見に関する評価はよくある少年漫画の主人公のようにカッコいいと言えばカッコいいのであるが特筆するほどのことでもないので話題にならないけどまあクラスに3人くらいはいるかなレベルである。


「これでいい?」


 豚の耳に豚鼻を装着した雅也を見た瞬間、彩夢の心がドクンっと強く拍動した。


「お……おお」


 だがそれは彼女が期待している甘美な血を流すそれではなく。


「似合ってません!!!!全く全然哀しいくらいに!!!!!!」


 憤慨だった。


「う……まあそうだよな。外すよ」


 そういう雅也の腕をガチっと掴んで首を振った。長い髪が雅也をぶつ。


「違います!!そう言うのじゃありません!!!雅也さんの心が豚を拒絶しているんですよ!!!心と見た目は不可分です!!!!全然豚のマインドになってません!!!!」


「ええ……」


(豚のマインドってこいつまた)


「いいですか?言っちゃえばこんなお遊びグッズで見た目を完全に豚にしようなんて無茶な話なんです!!!でもだからこそ私達には心が要求されます!!!」


(なんで僕怒られてんの?)


 意味が分からなくなっていたがヒートアップしている彩夢にそんなことを言えるわけがなく取りあえず四つん這いになってみる。


「四つん這いですか……まず形から入ることは確かに結構ですがそれでもまだまだ多分に照れが入ってますね……ふむ、まあ確かに初心者である雅也さんが豚になるのは難しいでしょう……貸してくださいお手本を見せます」


 何か妙なことになっているような気がしたが素直に彩夢に豚グッズを渡した。


「いいですか?何処かの誰かが良いことを言ってくれました。心と体は不可分であり、心のありようは身体に表れるのです。私の知っているコスプレイヤーの方の中には完璧なそれにするために俳優や声優真っ青の役作りをしている人だっているんですよ」


 カチャ


「確かにこれはただの暇つぶしのお遊びです。ですがだからこそ真剣にやる必要があると思うんですよ私は。子供は遊びから多くのことを学び、大人は遊びから安寧と童心を得る、そしてその二つのカテゴリーの中間にいる私達は遊びから自分の生きかたを探るんです!!自分の生き方を確立し、そして貫き通す、そのためには本気が不可欠でしょう!!!」


 カチャカチャ


 彩夢の身体に豚の鼻と豚の耳がついた。だが彼女はこの程度では満足できなかったらしく何処からかくるりと回った豚の尻尾を取り出した。


「これまたどこの誰だか知りませんが良いことを言った人がいます。遊びこそ真剣に、真剣に遊ぶことが大切だと。遊びに価値を見出すならば真剣にやる必要があるのだと。人によって違うこの価値こそ今の私達にとっては生き方、いえ、生き様だと思うんですよ」


 やたら熱くなっている彩夢を宥めるように腕を伸ばした。


「まあそれはいいんだけどその尻尾ってどうやってつけんの?ベルトみたいなやつをつけたりしないのか?」


「そんなものはありません。これ私の手作りですから。お尻に挟むんです」


「は?」


(何言ってるのこの子?)


「せっかくお尻は二つあるんですからそうすれば万事解決でしょう。安心して下さい、一回挟み込めばあとは意外と外れません、パンツを使えばもっと安定しますよ」


「お前……え?羞恥心ってある?」


「勿論ですよ」


 こともなげにそう言う。


「私はお尻を出し、お尻をフル活用する五歳児をみて育った女の子ですよ。まあ最近は妙な規制がかかってるみたいですけど」


(それ多分僕も見て育ったけどそんな性格には育ってないよ)


「勿論人前でするのははしたないのですが雅也さんしか見てないのですから問題はないでしょう」


(……信頼されてんのね……まあ光栄って思うか……いや、そう言う問題か?)


 流石に雅也でも少々困惑はしたのだが最終的には(まあそんなもんだろ)と自分を滑らかに納得させた。


「さあ、見てください!!!聞いてください!!!」


 瞬間、雅也の脳内に豚が出現した。藁の上で腹を見せながらリラックスしている真ピンクの豚だ。自分に襲われ食われるかもなんて欠片も思っていないくらいには信頼している愛くるしい豚の姿だ。


「す……すげえ」


「ブーブーです」


「ん?」


 豚の中に人間が見えた。


「ブーブーブーブーです」


 豚の中身がドンドンと透けてきた。


「ああ、そうだ……さっきから気になってたんだけどなんでお前鳴き声のあとに『です』ってつけてんの?」


 もう完全に人間、海瀬彩夢が四つん這いになっているだけだった。


 年頃の黒髪ロングの清楚系見た目の美少女が普通の女の子なら絶対に嫌がる豚のコスプレをして気の許している男の前で二足歩行を忘れたように手のひらまで地面に置いて足代わりにしている上に豚の鳴きまねをしながら今にも涙があふれるくらいに哀しい顔になっているだけであった。


「う……それは……癖なんです」


「癖?」


「はい……私もこんなんじゃダメだって思ってるんですけどもうすっかり細胞にまで浸み込んでいるようでなかなか抜けないんですよ。この敬語」


(そう言えば彩夢のタメ口なんて聞いたことがないな)


「まさか彩夢ってめっちゃ良い所の令嬢とか?」


「あはは、違いますよ……でもそうですね、良い機会ですしお教えしましょうか。何故私がこんな喋り方になってしまったのか」


 良い機会=豚のマネというのが少し引っかかったが無理やり呑み込んで続きを促した。


「簡潔に言えば……なぜかと言われれば」


 妙に真剣な顔になるので不思議な緊張感が雅也の背筋をなめた。


「それは?」


「それは……にいにいの趣味です!!!!!!」


 きょとん。そんなオノマトペが何故か雅也の脳内で一瞬輝いた。


「にいにい?」


「あ、すいません。兄の趣味です!!!」


「ああ、兄ね、兄ちゃんね……にいにい!!!???」

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