第42話 マリーゴールド➁


『こちらロベリア。彼女は美咲駅に向かったわ。おそらくこの時間だと9時半の電車かしらね、乗るの』

『そうか、ではは先の駅から乗るとしよう』


 …………


 時間通りに目的の電車に乗った水はなるべく人が少ない一番前の車両へと移動した。6両編成の普通電車だ。


(そうだ、さっき燈火がトイレに入ってって言ってたっけ……。何だろう……)



 ……………………………………――――



 しばらくしてから電車はドアが閉まり、花見町方面に出発した。


『燈火、なんとか乗れたよ!』

『一番奥、ね? 私は先頭車両にいる。何か変わった様子は??』

『今のところは大丈夫だよ』

『途中にある長いトンネルに入ると電話がつながらなくなる。気を付けて』

『ああ、その前に一ヶ所止まるっぽいけどね』



 美咲駅の次の小さな駅に着いたと同時に燈火と通話していた携帯電話を床に置いてそっと手をあげた。


『ツーーーー――――』

『?』



「そんな……なんで居場所が、」


 座っていた車両にぞろぞろと入ってきた会社員や学生はあの時の塾生のように正気を失っているようだった。十人ほどの彼らは皆、手に銃を持って水の方へ構えていた。そして操られた彼らの後ろであの男が静かに手を合わせて座っていた。


「抵抗はもうできない。もう静かに捕まってくれ」

「分かったわ……」


 一人の男にロープで手を縛られた。大人しく彼らに従うことにした。


「それでいい……」

「どうせあんた達の任務は私を生きて連れて帰ることでしょ? ならこうして従っとけば命はとられないってこと」

「ああ、そうだ」

「ってことは私がもし今ここで死んだら組織の任務は失敗ってことだよね?」

「安心しろ、操り人形が命令を無視して誤って銃を撃つことは決してない。この程度の人数なら完璧に操れることは証明済みなもんでな、」




「今だ!!!!」




 全車両に届くほどの大声でそう言うと前の車両のドアが爆発で吹き飛んだ。


 煙の中から両手で銃を構えた燈火が狙いを定める――


 煙を組織の幹部は急いで自分の前に操り人形たちを並べさせた。



「誰だか知らんが撃ってみろ!! 操られた善良な市民の命と引き換えに私を撃つのも悪くない! その銃の弾が10発以上あったらな!!」





 撃ったその一発は幹部の周りの操り人形達の横を通り過ぎて鋭く胸の中心に命中した。


 膝から崩れ落ちた――



 男が慌てた様子で操り人形を遣って彼女の体を起こすと、赤い血が胸部に染み出していた。


 先程の爆発でマリーゴールドたちが居た車両だけが切り離されそうになっていた。



「そいつの息は!?!? 早く確かめろ!」


 操り人形たちが水の呼吸や脈、心音を確認した後に全員が首を横に振る。



「死んだ!?!? のか? そっ、そんな、バカな!!」



 予想外の連続の中、マリーゴールドへ一本の通信が入る――



『マリーゴールド。任務は完了したか? もういい時間だ』

『潤羽水は……何者かにたった今殺されました……』

『何だと?』

『……申し訳ございません』

『失望したよ……マリーゴールド……いや、神谷宗助かみやそうすけ


 通信はそこで切れてしまったようだ。そしてその一瞬のスキに燈火は血まみれの水を抱えて前の車両に飛び戻った。



「お終いだ。コードネーム:マリーゴールド」


「お前、さてはあの死んだ公安警察だな? 全員頭のネジが外れたクズの集まりだとは聞いていたがまさかここまでとは……。公安を裏切って味方のフリをしてまでその女を抹殺したかったのか! 我らの目的を邪魔するためにっ、こんな演技までするなど…………」


「………………」


 ついに車両が切り離された――

 燈火は冷徹な目をマリーゴールドの方へ向けた。


「フフフ、俺は、俺は始末しないのか?」


「それは私の仕事じゃない。…………それに訂正して言うと演技じゃない、だ」


「…………?」



 ――しばらくして列車は緊急停車した。先頭から数キロ遅れた所にマリーゴールドが乗っていた両が取り残されて止まった。爆発で切れた接続部が激しく燃えている。燈火は混乱した乗客に紛れてその場から逃げた。

 マリーゴールドは意識が一瞬崩れかけたせいで操り人形の呪縛は解けてしまった。一人、遅れて車両から飛び出る。




「まさかこんなことになるとは……」


「やっと会えたというには少し可笑しいか、マリーゴールド」


「貴様は!?」



 …………………………………………




 ◇



 銃を握りしめた燈火は一人山を回るように花見町の方へと走っていた。


「これでいいんだよね? 本当に……これで……」

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