第17話 心の垢は落とさずに・その2
国宝・スリーモンキーズとは、赤光東照寺に安置されている、三百年前に彫られたという彫刻だ。
台の上にサルが三匹並んでいて、それぞれに特徴的なポーズをとっている。
左から、サイドチェスト、モストマスキュラー、サイドトライセップス、という難しい名前がついているが、わかりやすく言うと、筋肉ムキムキのサルが三匹、ボディビルダーのようなポーズをとっているというわけだ。
そのスリーモンキーズだが、一つ重要な点があるとすれば、それは三匹のサルがみんな真っ赤なビキニを履いているということだった。
ハンタマが赤光東照寺の門をくぐる少し前、とある場所でこんな会話がなされていた。
「ふふふ、美しい。このスリーモンキーズは我が家の床の間に飾っておくのにふさわしい」
ターゲットの写真を見ながらニヤニヤしているのは、マッドサイエンティストのオオカミだ。
自らを怪盗赤ずきんちゃんの頭脳労働担当大臣と称し、筋肉などには興味のなさそうな彼だが、ここ最近ボディビルにはまっていた。
「ボディビルとは科学なのだよ。科学的な刺激を筋肉に与え、科学的な食事を肉体に与える。さらには科学的な睡眠をとることによって、科学的な肉体が作られるのだ」
この変人にとって科学的なものとは美しいものである。
ここは世界のどこか、怪盗赤ずきんちゃんの本部である。
ミーティング中だというのに、いつもだったらズルズルと鳴り響く、スパゲッティミートソースをすする音が聞こえない。
リーダーの赤ずきんは、ニマニマしているオオカミを白けた目で見ている。
「あなたが欲しいっていうから協力してあげるんだからね。ほんっとにもう、こんなののどこがいいのかしら」
どうやら今回の盗みはオオカミの希望らしい。
この様子だと赤ずきんはマッチョはタイプではないようだ。
「ま、いいじゃねえか。赤いお宝には変わりねえ。それに俺たちみたいな年がら年中、泥棒をしているような人間は、心の深いところが汚れてるんだ。たまには人里離れた山奥に行って、お坊さんのありがたい花にでも耳を傾けないと、閻魔様も地獄の門を開けてくれないぜ」
ハードボイルドに決めているのは、凄腕のスナイパー・狩人である。
お坊さんの説教に耳を貸すようなタイプには見えないが。
「それより準備は進んでいるんでしょうね。こんなので下手打ったら、私もう一生鶏の胸肉は食べないからね」
赤ずきんは乗り気でなさそうである。
「抜かりないさ。もうすでに手は打ってある。あとは普通に寺に来てくれればいい。地獄の門番も逃げ出す、飛びっきりのスペシャルな修行を用意して待ってるよ」
と、そこにいた袈裟姿の坊主が不敵に笑った。
寺に入ると、ハンタマ以外にも数人の修行希望者がいた。
男が二人に女が一人である。
女の方は、どこぞのアイドルかと思うほど綺麗な顔をしている。
色気より食い気のハンタマでも思わず見とれた。
男二人は細マッチョの神経質そうな男と、目つきの鋭い瘦せぎすの男だ。
お互いに自己紹介しあって、挨拶を交わす。
みんな初対面のようでぎこちない。
寺院の泊まる場所を宿坊という。
一人一人に寝る部屋が割り当てられ、そこに荷物を置いたら広めの畳の部屋に移動して、そこで待機する。
まずはこれから昼食を出してもらえるらしい。
「ねえ、あなたハンタマさんでしょ」
配膳を待っている間に女が話しかけてきた。
若くて綺麗な女の子に話しかけられることなど経験のないハンタマは、ドギマギしてしまう。
「いつも東赤スポーツ読んでるわよ。私、横須賀レッドリボンズのファンなの。ハンタマさんの記事って、レッドリボンズへの愛で満ちているわよね。私、あなたの記事を読むのが楽しみで東赤スポーツを買ってるのよ」
なんてことを言われたものだから、ハンタマはでへへとなってしまった。
実際にはそれほど記事を書いていないのだが、自分の能力に関しては勘違いしがちなハンタマである。
え、いやあ、そうですか、照れるなあ、などと頭を掻きながら、すっかり舞い上がってしまった。
これは、もしかして、もしかすることもあり得るな、と、聞こえるものは風の音と鳥のさえずりばかりのこの山寺で、六根を煩悩まみれにさせていた。
普段モテない男性が、ちょっとかわいい子に話しかけられると、すぐにこうである。
しかし急にモテるようになったわけではないので、世の男性は注意しなければならない。
やがて雲水さんという、修行僧の人がやってきて、一人一人の前にお膳を並べていった。
質素なものかと思いきや、これがなかなかのものである。
ご飯と味噌汁だけでなく、他にも小鉢が四つもついていた。
精進料理であるため、肉や魚は使われていないが、見た目にも美しい盛り付けは、ジャンクフードを食べ慣れた都会人であっても食欲をそそられる。
ハンタマのいいところは、たとえ隣に麗しき美少女がいたとしても、食事を目の前にしたら、そちらに集中することだ。
昆布だしのほんのりとした香りを嗅いだ途端、アイドルのような少女も、向かいに座る神経質そうな細マッチョも、鋭い目つきの痩せぎすの男も、まったく目に入らなくなった。
完全にハンタマと食事だけが存在する宇宙が出来上がり、悟りの境地へと到達したのである。
食事は白いご飯のほかに、わかめの味噌汁、高野豆腐、野菜の炊き合わせ、それに漬け物と、黒豆の煮物まであった。
普通の人であれば、昼食には十分であろう。
「あー、私ものこれ以上食べられない。ねえハンタマさん、食べてよ」
と、隣の女が甘えた声を出した。
野菜と黒豆を残してしまったようである。
食べ物が貰えるとなれば、ハンタマにはそれを断る理由はないが、ここは寺の中である。
喜んでいただいていいものだろうか。
「食事をするのも修行のうちでございます。本来なら、出されたものはすべて召し上がっていただきたいものですが、まあ、一人一人体の大きさが違いますゆえ、今回だけ特別に許可いたしましょう」
仕方なくといった感じで、雲水さんから許可が下りた。
これ幸いと、あっという間にたいらげるハンタマ。
男二人が、なぜかムッとした表情で女を睨んでいたが、そんなもの彼の目には入らない。
当然、女がいたずらっぽくペロリと赤い舌を出したのにも気づくはずはない。
昼食後に修行についての説明があり、寺の中を案内された。
雲水さんの後についていろんなものを見せてもらったが、一番驚いたのは本堂である。
何十畳とある広い部屋の奥に立派な祭壇があり、ちょうどその前でお坊さんたちがお経をあげているところだったのだが、奥に見える本尊が、なんと国宝スリーモンキーズなのである。
ハンタマは、てっきり本尊は仏像で、スリーモンキーズは寺の宝物庫かどこかにしまわれているのかと思っていたが、なんとこの寺ではスリーモンキーズが本尊なのだ。
ただの彫刻ではなく、仏像の扱いなのである。
これにはハンタマ以外の参加者からもため息が漏れた。
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