先手、及び後手。
状況は悪化するばかり?
「アンジェラ? アンジェラ?」
ちありやさんが叫ぶ。だが、すぐにマイクを通して声が返ってくる。
〈アンジェラ、生きてます!〉
「よかった」
ちありやさんが一息つく。しかし僕たちの乗る車のハンドルを握った綺嬋さんは穏やかじゃなかった。
「このまま第一制御室に行ってあいつをとっちめるわね!」
するとちありやさんが静かに告げた。
「……いや、もう手遅れだろう。次の作戦を練った方がいい」
ちありやさんと綺嬋さんの意見が真っ向からぶつかる。
「助けられる命もあるかもしれないわね!」
「……アンジェラ。そこのところどうだ」
〈通信が切れる前までの時点では生体反応はもう見つかりませんでした。残念ながら……〉
「あの映像の後に制御室に人が入りでもしない限り行くメリットはないということだな」
すぐに綺嬋さんが噛みつく。
「ちありやちょっと非情わね?」
「非情にならざるを得ん!」
ちありやさんの声が響く。
「全員は救えんのだ! この状況下、我が身は自分で守るほかない! 身を挺してでも作品を守りたいと思った作家たちがこの『カクヨム』に残った。奴らも自分の作品のために死ねるなら本望だ」
作家って、そんなに自分の作品に思い入れを持つんだ……。小説を書いたことがない僕には、そこのところがよく分からなかった。学校でやらされる工作の類も捨てていた人間だから。
ちありやさんがアンジェラに指示を飛ばす。
「進路を変更する。ギルド員の安全を確保するために作ったシェルターがあるな。そこへ向かう。敵の特徴とやり口が分かった。人手を増やして対処する」
〈最短ルートを検索します……〉
ほとんど飯田さんのH.O.L.M.E.S.と同じくらいの間を空けて、アンジェラが結果を返してきた。
〈この先のルートFを左折してください! 専用レールに乗れます〉
「今左折って言ったな?」
飯田さんが反応する。
「H.O.L.M.E.S.によれば、人手を増やすのに持ってこいのプランがあるぞ」
飯田さん、いつの間にH.O.L.M.E.S.を使っていたのだろう。
「……助っ人が増えるのは確かにありがたい」
ちありやさんの返事に飯田さんは笑う。
「聞いて驚け。うちのビッグスリーが信号を発信している」
*
「ルート何だか分からんがとりあえず『武器庫』ってところにすず姉たちがいる」
「『武器庫』だな? アンジェラ、最短経路を……」
〈算出しました! 右折と上昇を繰り返して向かうことができます! ルート表示します!〉
僕たちの目の前に「イビルスター」の基地内のルートが表示される。何だか地球儀の中を潜るモグラみたいだ。
「そのビッグスリーとやらは、スリーと言うからには三人いるんだろうな」
ちありやさんが振り返ることなく……まぁ、電池になってるから振り返ることはできないのだが……訊いてくる。僕は答える。
「三人います」
すぐに飯田さんが続く。
「一人は陽澄すずめさん。僕はすず姉って呼んでる。今武器庫から信号を発信してるのは彼女だ。『レアメタリック・マミィ!』っていうSF色の強い作品で戦ってるから、僕のH.O.L.M.E.S.と相性がいい」
僕も言葉を挟んだ。
「加藤伊織さん。長いんで省略しますけど『椅子』の作者です」
椅子? と綺嬋さんが首を傾げる。僕は笑う。
「簡単に言えば『異世界転移させられた子供たちが椅子を召喚する能力で無双する』っていう突飛な作品なんですけど、優しい方です」
「もう一人は六畳のえるさん」
日諸さんがちありやロボの中からマイクを通して告げる。
「コメディを書かれる方だ。俺は最初、彼が戦うところなんて想像がつかなかったが……」
「やってみたら強かった、ってやつか。実際ギルド長の星氏に化けた敵『エディター』の討伐には一役買ってくれたしな。その後あの女『エディター』を逃してしまったのはこちらの手落ちだが……」
ちありやさんが低い声でつぶやく。
「彼のような人が他に二人もいるなら心強い」
オートラインがくねくねと進路を変える。時折停止し、僕たちのいる床だけがエレベータのように上昇するのを繰り返して、滑るように基地の中を進んでいく。ちありやロボの体で銃を構えた日諸さんが、マイク越しにボソッとつぶやいた。
「無事でいてくれ、みんな」
*
武器庫につく前から、彼らの存在はハッキリ感じられた。
銃声。轟音。そして、運動会のような子供たちの声。
オートラインがくねくね曲がるから、どこから聞こえてくるか正確な把握は難しかったが……しかし一人はまぁ、明らかに加藤さんだよなぁ。銃声と轟音は多分すずめさんとのえるさん。彼らはやっぱり戦ってるんだ。危険な状況かも。僕は「ペン」と「ハサミ」を取り出す。
やがてオートラインが大きなドアの前で止まる。ちありやロボの四本の腕の内一本が……ややこしいのだが、おそらくちありやロボの背面にある二本の腕はちありやさんが操作、前面の二本はパイロットの日諸さんが操作する造りになっている……ドアの横の端末を示した。
「それに触れろ。私の体なら無条件に開けてくれる」
「分かった」
「綺嬋と『ノラ』の皆さんは戦闘態勢に入れ」
僕たちは車を降りてドアの脇へ。ちありやロボも同じように警戒する。日諸さんが腕を操作し端末に触れた。途端にドアが開いた。
さっきまで遠くで響いていたはずの爆音がいきなり耳をつんざいた。頭を覆いながら様子を見る。左右両サイドに、陣営。
どちらも球形のバリアを張っていた。多分、すずめさんの「トバリ」だ。だがその周囲の様子が大分違った。
僕たちから見て左手側の陣営は「トバリ」の周囲に何も構えていない。ただバリアを張っているだけ。その中からウサギ姿のアカウントと子供を引き連れたアカウントが……多分のえるさんと加藤さんだ……攻撃を仕掛けていた。何もかも巻き込んでいく竜巻。投げつけられる椅子の数々。時折すずめさんのグレネードの攻撃も混ざっている。どうやらこっちが優勢のようだ。
対して右側の陣営は、「トバリ」の上に……上に、としか表現できないのが悔しいのだが……大きな椅子。「トバリ」のバリアを覆うように巨大な椅子が置かれているのだ。数名の子供を引き連れた加藤さんと思しきアカウントが椅子で攻撃を行っているが……ウサギ姿ののえるさんと、「トバリ」を張っているすずめさんは苦しそうな顔をしている。のえるさんは両手を相手陣営の方に向けて何かしている。すずめさんは相手陣営から飛んでくる攻撃を「トバリ」のバリアで懸命に防いでいる。
「三人とも
綺嬋さんがデザートイーグルを構えながらつぶやく。
「どっちがどっちだ?」
マイクを通して聞こえてくる日諸さんの声に、飯田さんが眼鏡に指を這わせながら対応する。
「劣勢な方が
つまり向かって右手の陣営。そりゃそうか。敵『模倣型エディター』は一度に複数の人物能力を行使できる。同じスペックの作家とぶつかれば必然的に優勢に立てる。
手を貸さなければ。しかし……。
「なかなか派手な戦いだな!」
ちありやさんの声。
「そりゃもう、ビッグスリー同士の戦いですから!」
僕が叫ぶと綺嬋さんが振り向いた。
「さっきみたいなことできないわね? 作家から『言葉』を奪う……」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」
しかし僕は「ハサミ」を構える。単語を切り取って仕切り直させる作戦は有効だろう。僕は飯田さんに訊ねた。
「どの単語を切り取ればいいでしょう?」
「『哲学』『椅子』。この二つでひとまず偽のえると偽伊織は制圧できる。問題はすず姉だな。ひとつの単語だけで能力が構成されてないし、下手すればバリアが崩れるから勝負が決してしまう」
と、ちありやさんの声。
「例えばなんだが、『タイトル』を切り取ったらどうなる?」
なるほど。それは試したことがなかった。
「分かりません! でもやってみる価値はありそうです!」
「少年が両陣営を無力化させたところで私が
ちありやロボが身構えた。
「日諸さん、しっかり操作してくれ!」
「任せてくれ」
よし、じゃあまず僕の仕事だ。
僕は「ペン」でタイトルを綴る。
六畳のえるさん。
『パーティー最後の1人は最強の哲学者⁉』
陽澄すずめさん。
『レアメタリック・マミィ!』
加藤伊織さん……。
「これ書かなきゃ駄目ですか?」
「書け」無情にも、飯田さん。「何だかんだ一番狂暴な能力を持っているのは伊織姉様だ」
「はい……」
加藤伊織さん。
『最強の1年1組、理不尽スキル「椅子召喚」で異世界無双する。戦いも生活面も完璧な小学生と冒険しながら、微妙なスキルしか無い担任の私は「気持ち悪っ!」連発しながら子供たちを守り抜きます!』
書き終わった……。
「さっさと切り取れ!
飯田さんに発破をかけられ僕は慌てて「ハサミ」で切る。
途端に鳴り止む、戦場の爆音。
両陣営から『作品のタイトル』が奪われた。名を冠さない作品は「カクヨム」内では有効にならない……はずだ……。どちらも等しく能力が使えなくなる。
すぐさまちありやロボが駆け出した。綺嬋さんが銃を構え援護の姿勢を示す。僕はいつでも防御できるように簡単なシェルターの描写をしておいた。テキストファイルを握ったまま、ちありやロボの行方を見守る。
いきなり能力が解除されて慌てている
すぐさま、僕たちの右手側にいた
「何をしたの? いきなり能力が消えたけど」
僕は大声で返す。
「作品タイトルを『切り取り』ました!」
「切り取るってどういうこと?」
加藤さんが叫び返してくる。飯田さんが答える。
「詳しい説明は後だ。物書きボーイ。返してやれ」
「はい」
と言ってから気づく。
また『椅子』、書かないといけないのか……。
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