乗っ取られ……
「女を追うぞ」
ロボットに搭載された
「その前にやりたいことがある」
つかつかとちありやロボットに歩み寄る日諸さん。近くにあった足場……多分ロボットの点検をしたりエネルギーを供給したりするためのものだと思う……に上ると、ひらりとちありやロボの腕に飛び乗る。
「乗ってみても?」
紳士的に、一言。察したのだろう。ちありやさんも「構わんよ」と返してくる。綺嬋さんがちありやロボから下りて透明の車の運転席に乗る。入れ替わりに、日諸さんがちありやロボの肩に。
すぐさまハッチを開き、搭乗する日諸さん。起動音。それから手や足が微動。どうやら操縦しているらしい。
「こいつ、動くぞ」
日諸さんの声。心なしかはしゃいでいる。
すると嬉しそうに、ちありやさん。
「君、分かるねぇ」
「何ですかあれ」
僕が訊ねると綺嬋さんが「ガン〇ムわね」ときっちり伏字で返してくる。
「遊んでる暇あったらさっさと動くわね! 行くわよ!」
透明な車のハンドルを握る綺嬋さん。飯田さんは楽しそうに日諸さん……の乗った……ちありやロボットを見ている。
「いったん第一制御室を目指す。基地内のセキュリティの多くを担っている部屋だ」
ちありやさんの声に日諸さんが……日諸さんはちありやさんに乗っているわけで、少しややこしい会話なのだが……訊ねる。
「またアクセス権みたいなものが存在するのか?」
「する」端的に、ちありやさん。「私の声紋認証で、第一制御室まで動く高速オートラインが作動する」
「高速ね」飯田さん。嫌そう。
「オートラインってことは一本道?」
日諸さんの問いにちありやさんが答える。
「迷路のように入り組んでいる。複数ある通路の中で、第一制御室まで続く最短経路の道がオートラインになる。私の声紋認証をパスしなければただの廊下、ただの入り組んだ迷路だから、あの女も今頃道に迷っているに違いない。追い抜くぞ! 早く操作しろ!」
「……操作権を譲ってくれたことに多大なる感謝」
やっぱり日諸さん、はしゃいでる。
そういうわけで、僕と飯田さんと綺嬋さんは透明な車、日諸さんとちありやさんはちありやロボ、という編成で動くことになった。
「私だ」
途端に、ただの壁だった一面が開き、ドアになる。すぐに続くオートライン。……言っていた通り、確かに速い。人間流しそうめんができそうである。
「有事に迅速な対処ができる私が先頭に立つ。綺嬋は後衛を」
「了解わね」
ちありやロボに続き綺嬋カーがオートラインに乗る。ぐん、と速度が増す。
動く廊下に乗りながら、ちらちらと左右を見る。
確かにいくつか通路があり、その先にもまた通路が繋がっている。本当に迷路というか、アリの巣みたいな構造になっている。この中を案内もなしに進むのは苦労するだろう。
僕はあの女のことを考える。
偽ちありや戦で手一杯で、後を追いかけることもできなかった。目で追うことさえ叶わなかった。名前も分からないから「虫眼鏡」の検索もできない。現状、こっちからあの女を捕まえる方法はない。
と、ツールのことを考えて、思い出す。
偽ちありや戦。僕はバリアを張った。それも電磁バリアなんていう、とても構造が理解できなさそうなものを。初めてこの「カクヨム」に来た頃は、というより、さっきの偽日諸さん戦まで、「中身の分からないものは書けない」なんて思っていたけど、いざその気になったら、自分の中で理屈さえ通せば書けるようになった。成長、なのだろうか。
「想像しろよ。創造だろ?」
すずめ姉さん奪還作戦で言われたことを思い出す。そうか。作家はこうして、想像の翼で。
けれどあの戦いでは同時に、僕の「ペン」の弱点も明らかになった。
空中に文字を綴るから敵にも「読める」のだ。それは本当に、文字通り。
「攻撃を受けた個所を強化する」なんて書いて、それが読まれたから「二方向からの攻撃」という手を打たれそうになった。寸でのところでちありやさんと綺嬋さんが援護してくれたから助かったけど、もしあのまま、あの巨大なククリナイフが振るわれていたら。見るも無残に、カマキリの餌になっていたことだろう。
可能性は増えた。そして弱点も見えた。「ペン」の使い道はまだまだありそうだ。もちろん、「虫眼鏡」に「ハサミ」も。特に「ハサミ」は、使い方次第では対
動く床が曲がり角を何度か曲がった。その度に慣性で体が左右に引っ張られる。結構な速度だ。さっきの綺嬋さんの運転で慣れてしまったから何てことはない気はするが、多分ジェットコースターに近い速度は出ているんじゃないだろうか?
ぼんやりする僕はさておき、ちありやさんが仲間と交信している。
「ちありやだ。第一制御室へ向かっている」
返答がない。
「ちありやだ。第一制御室へ向かっている」
やはりない。
緊張が走る。
「襲撃わね?」
綺嬋さん。
「おかしくないか? ちありやさんの声紋認証を通らないと第一制御室まではいけないんだろ?」
ちありやロボットに乗った、日諸さん。
「この基地はもうあちこち侵略されてるわね。セキュリティ上の問題もいくつか発生してるわよ」
「しかしつい五秒前まで第一制御室のセキュリティが破られたなんて情報はなかったぞ」
ちありやさんが困惑した声を出す。
「リアルタイムで通信していた。今しがた突然……」
状況を危険視したのだろう。ちありやさんが固い声を出す。
「アンジェラ。何があったか確認しろ」
「アンジェラって誰ですか?」
僕の問いに綺嬋さんが答える。
「ちありやさんの作品に出てくるメンタルケアAIわね。ちありやさんの補佐をしてるわよ」
なるほど、飯田さんのH.O.L.M.E.S.みたいなものか。そんな納得をしていると、すぐにそのアンジェラからちありやさんに返答が入った。
〈制御室内カメラを確認しています……! 様子が変です……!〉
H.O.L.M.E.S.より人間的な印象の声。女性の声だ。守ってあげたくなるような。
〈映像繋ぎます! 異常事態です!〉
「後ろにいる綺嬋たちにも見えるようにしてくれ」
〈了解です! 基地機器を通じて立体映像を映します〉
直後、アンジェラが僕たちの頭上に見せてきた光景に、僕は口を覆った。
頭がすっぱりなくなったアカウント。
極太のミミズのような化物に丸呑みにされているアカウント。
頭に電極が繋がれ、痙攣しているアカウント。
大惨事だった。そこにあの女がいた。後姿。ふらり、とこちらの……カメラの方を向く。
〈あらぁ、見てらっしゃる?〉
金髪。グレーのタイトスーツ。眼鏡までつけていかにも「できそう」なあの女がそこにいた。近くには、うねうね動く謎のスライム……日諸さんを包んで偽日諸さんを作ったのと同じやつ……。女が笑った。
〈御覧の通りよ。うふふ。楽しかったわ〉
背後に倒れている頭のないアカウントを示す。作家たちが……それも自分たちの作品で……やられたようだ。
〈あなたたち作家って本当にお下品なものを考えるのね。だからこうなるの〉
極太ミミズに食われている作家を示す。
〈ぶるぶる震えて、楽しそうねぇ〉
頭に電極が繋がっている作家の額をちょんちょんと突く。女の顔には幸せそうな笑み。だがそれが恐ろしく、そして憎い。
〈この部屋の機械は、あの装置を壊せば全部停止するのかしら〉
女が背後にある、モニターやコードが複数繋がった装置を見る。それからゆっくり近づくと、右手を掲げた。美しい、女の細い手が、にゅるりと変形して、一瞬で鉄球のような丸い鈍器に変わった。
〈さようなら。また、会えるかしらね〉
振るわれる右手。アンジェラが叫ぶ。
〈乗っ取られ……〉
ぶつり。映像が切れた。
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