四本腕とパイロット

「幽炉」は電池。そのことを念頭に置く必要があった。


「ペン」で〈幽炉〉と書く。続けざまに、「ハサミ」。〈幽炉〉の文字を切断する。すぐさま。

 起動してたロボットたちが動かなくなった。力なく腕をぶら下げ、項垂れている。「幽炉」を切り取った。つまり動力源が落ちたのだ。僕の作戦は上手くいった! 


 異変はすぐにコピーのちありやさんにも表れた。異空間から弾き出されたかのように、眼帯に軍服姿の「偽ちありや」が姿を現したのだ。


「何をした」

 静かな、でも慌てた様子の声。

「何をした」


「教えるわけないでしょ!」

 僕はすぐさま「ペン」で、再び〈幽炉〉と記した。宙に綴られたその文字を、今度はオリジナルのちありやさんに向かって弾き飛ばす。


 勝算は、あった。

 この場にある「幽炉」という概念は僕が「ハサミ」で切り取ったことにより、一旦僕の手に渡った。これをちありやさんに返す。今から起こり得る状況はふたつある。


 ひとつ、オリジナルのちありやさんにのみ「幽炉」の使用権が戻る。これは形勢逆転。これまで敵が押さえていた「自爆ロボット」は全てオリジナルのちありやさんの手に戻る。さっき敵がやってきたことと同じことをし返してやればいい。


 ふたつ、オリジナルとコピー両方に「幽炉」が戻る。「幽炉」は作中の道具に過ぎないので、切り取って返還してもオリジナルとコピー双方に「幽炉」に対するアクセス権があることが想定される。さっき日諸さんの模倣型コピーを相手にした時は、日諸さんの作品外の存在である飯田さんにカムイを渡してしまったので確認ができなかった現象だが、もし「幽炉」を戻した結果コピーのちありやさんにも「幽炉」が使えるのだとしたら、もう一度ゲームは最初からになる。つまり、どっちが先に「まどか」を行使するか。


 ひとつめとふたつめ、どちらにしても一旦「ゲームを最初からやり直す」ことになる。初手を押さえられるとまずいことは学習済みだ。ちありやさんの反応速度に全てを賭けることになるが、上手くいけば……! 


〈幽炉〉の文字がオリジナルのちありやさんに戻る。頼む……! 

「ちありやさん! 『まどか』を使って! この場にいるロボットを全機押さえてください!」


 さすが「イビルスター」幹部。僕の咄嗟の指示にも動じることなくすぐに応じた。

「『まどか』……」

 オリジナルちありやさんの小さな、そして低い声。直後彼の姿は見えなくなり、代わりに格納庫ハンガー中のロボットから敵意がなくなった。指示を待つかのように硬直している。上手くいった……上手くいった! 

 状況が理解できないのだろう。綺嬋さんが説明を求めてきた。


「何をしたわよ?」

「敵から『幽炉』を奪って、オリジナルのちありやさんに返しました!」

 僕は端的に説明する。

「仕切り直しにした後、オリジナルのちありやさんに『まどか』を行使してもらいました! これでこの場にいるロボットは全機無効化……」


「そうはいかない」

 オリジナルのちありやさんの声がした。作中人物の能力を行使し、「幽炉」というロボットの電池になっているからだろう、たくさん並んだロボットの内のどこかから、緊張感の滲んだ声が聞こえてきた。

 ちありやさんの声が言葉を続ける。

「私の作品に『幽炉』が帰って来たということは、この場にいるロボット全機にまた『幽炉』が宿るということだ。『まどか』はこちらが行使したから、ひとまず全機乗っ取られるリスクはなくなったが、私の作品のラスボス、『シマノビッチ博士』は……」


「お気づきのようで嬉しいよ」

 偽ちありやさんの声。さっきまで僕たちから離れた場所にいたのに、いつの間にか姿を消している。彼もやはり、電池になっている……? 

「『ニコライ・ヨセフ・シマノビッチは幽炉である』。そして『まどかの影響を受けない唯一の幽炉である』。この設定を使わせてもらおうか」

 その言葉を合図にしたかのように、ずらりと並んだロボットの内の一機が、ゆらりと動いた。地響きのような足音を立てて数歩進み、壁に並べられた武器に手をやる。ロボットが持ち上げたのは……巨大な、「く」の字に曲がった大振りのナイフ。ククリナイフだ。


 状況としては先程想定したパターンのうちのふたつめに落ち着いたようだ。「敵味方双方に『幽炉』が戻り」、「どっちが先に『まどか』を行使するか」になった。そしてこっちが「まどか」を行使したが、こっちもこっちで自爆するわけにはいかない。敵の抑止力は排除できたが戦闘は避けられない、といったところか。


「シマノビッチ……通称『鎌付き』らしい武器の選定じゃないか。自作のラスボスと戦うことができるなんて光栄だよ」

 オリジナルちありやさんの声。笑っているかのようだ。

 偽ちありやさんが搭載されたロボットが、ククリナイフを掲げながら返してくる。

「もう、『まどか』についてはよそう。私が行使しようとするとその少年がリセットするね? しかし君たちは『まどか』を手にしても使うことができない。自爆するわけにはいかないからね。『まどか』はお互い使うことができないカードになった、というわけだ」

「そのようだな」

「ここは騎士道精神に則ったやりとりといこうじゃないか。武器をとりたまえ」

「ならばよかろう。そちらが『鎌付き』ならこっちは『71ナナヒト』だ」


 直後、僕たちの背後で動き出す。

 何故か四本腕の、巨大なロボット……! 


格納庫ハンガーで戦うとなるとあまり大袈裟な武器はいらないね」

 オリジナルのちありやさんの声。彼が搭乗している……「幽炉」になって乗っているのだから実際には「搭載」か……四本腕のロボットが、壁にあった拳銃ハンドガンとシールドを手に取る。盾に拳銃ハンドガン。遠近両方に対応できる! 


 すぐさま、巨大なククリナイフを持ったコピーのちありやさんの声がする。

「そういえば作中では『鎌付き』は狭所での戦闘が弱点、というような描写がされていたね。しかしどうするんだね? 主人公の『71ナナヒト』こと『宮本陽一』は確かに『自分が搭載されているロボットを自分の体のように扱える』が、さすがに四本の腕を同時に行使するなんていう芸当は……」


「できるわね」

 その時になってようやく、僕は気づいた。

 綺嬋さんが、透明の車の中にいない。

 どこだ、と目を走らせてすぐ、僕は見つけた。綺嬋さんがいる場所を。


「ロボットも言ってしまえば『道具』わね。こうすれば、このロボットは私の『手足』になるわね!」

 オリジナルのちありやさんが「幽炉」となって搭載されているロボットの、ちょうど肩の辺り。

 紫色の髪をした少女のようなアカウントが、両手でしっかりとロボットの体にしがみついていた。四本腕の内の二本が、ぐいぐいと準備運動をするかのように動く。

 綺嬋さんが叫ぶ。


「私がパイロットになるわよ! 行くわね!」

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