自爆
格納庫内のロボット全機に動きが見えた。起動している……?
「まさかこれ全部相手にしなきゃいけないんですか?」
僕の問いにちありやさんが答える。
「相手にする、のならいいんだがな」
直後、
「オリジナルのちありやくん」
ちありやさんの声と同一の声だった。
「君は作者だから分かるだろう。今君たちがどういう状況に置かれているのか」
ちありやさんは答えない。代わりに彼は、解決策を探すかのように辺りに目を走らせている。
コピーのちありやさんの声が響く。
「我々は作家と作品のコピーに特化した『リベレーター』だ。それもこの数日で改良が加えられたものでね」
やっぱり『エディター』たちは自分たちのことを『リベレーター』と呼ぶことに執着するらしい。そんな僕の納得をよそに声は続ける。
「通常、君たち作家は登場人物A、登場人物B、それぞれ『使い分ける』ことしかできない。つまりAを使う時とBを使う時とをスイッチしないといけないのだね。だが我々新種の『リベレーター』は違う。作品をコピーさえすれば、登場人物Aの能力を行使しながら登場人物Bの能力も行使できる。これが何を意味するか分かるかね?」
分かる。それはつまり、例えば。
主人公の能力を使いながら脇役の能力も使える。
あるいは。
ヒロイン1の能力を使いながらヒロイン2の能力を使える。
そして。
主人公のライバルの能力を使いながら、悪役の能力も使える。
「ちありやくんなら分かるね? 私は今、『まどか』を使いながら『ウプィーリ』こと『ニコライ・ヨセフ・シマノビッチ』を使うことができるのだよ」
「あんたたち、この乗り物から動くんじゃないわよ」
綺嬋さんが素早く透明の車に乗り込んでくる。
「状況は頗る悪いわね」
日諸さんが手刀を構えながら口を開いた。
「ロボットの相手は確かに骨が折れるが、こちらの方が小回りが利く。作戦の立て方によっては……」
「無駄だ」
本物のちありやさんが深刻そうに告げる。
「無駄だ。あいつは戦う気などない」
その言葉を裏付けるように偽ちありやさんの声が響く。
「『イビルスター』基地か……一応聞いておくが、
オリジナルのちありやさんは答えない。
「まぁ、見たところ、十機程の
全壊には何機必要だろうね?
偽ちありやさんの心底不気味な声。塞がったばかりの傷口を、そっと指でなぞられるような不快感……。
「H.O.L.M.E.S.、状況を」
座席に腰かけたまま、飯田さんが敵に聞こえないような小さい声でH.O.L.M.E.S.に命じる。
〈作家ちありや様の作品を分析します……〉
僅かな間。
〈……どうやら、ちありや様の『【完結】異世界召喚されたらロボットの電池でした(外伝込み込みコンプリートエディション)』では『
「幽炉」にされてしまう? 「異世界に呼ばれたらロボットの電池にされた」って、本当にそのまま……。
「それで?」飯田さんが先を急かす。
〈『幽炉』は暴走すると『
眼鏡型端末から聞こえてくる、控えめな声。
〈作中に登場する『まどか』という人物は『幽炉』として登場するのですが、『感受性が高い』という特性から複数のロボットを操作、そのロボットに搭載されている『幽炉』を暴走させることで爆発を起こすことができる、という能力のようです。ロボットをゾンビ化して自爆テロを起こさせることが可能です〉
戦う気がない、ってそういうことか。最悪戦わなくても周囲のロボットを自爆させれば決着が……!
「ウプィーリだったか? ニコライなんとかとかいう登場人物の能力は?」
〈平易に申しますと『カリスマ性』と『強い思念による対象の恐怖支配』です。作中では『まどか』他登場人物に対し恐怖による支配を行います。怨嗟の声で周囲にいる『幽炉』を恐慌状態にすることも可能なようです。サイコパス的一面もあり、頭も切れます。彼も『幽炉』として登場するのですが、ロボットとしても戦闘術にも長けている、という設定です〉
複数の自爆ロボット。その向こうには、頭の切れる戦闘術に長けたロボット。そういう状況らしい。
「……風向きが良くないことは理解していただけたと思う」
オリジナルのちありやさんがこちらを見ることなく告げる。
「この基地を破壊しないであの『エディター』を討伐するのはそれなりに骨が折れる」
「骨が折れるって、現状そんな手段あるのか……?」
「飯田氏の疑問ももっともだと思う」
日諸さんの表情にも緊張感がある。
「……さすが『イビルスター』ナンバーツーの能力だな。やることの規模が違う」
彼の手刀を構える手も僅かに震えている気がする。
「まぁ、私のコレクションは全て手放す覚悟をしないといけないだろうな」
ちありやさん。表情が硬い。
敵はちありやさんの作中登場人物の能力を同時行使できるのだ。それに引き換えこちらは、能力の多様性こそあれ、ちありやさんは作中から一人ずつ、人物を選んで行使することしかできない。日諸さんは物体の破壊ができなくはないので小回りを利かせての戦闘は可能だろう。綺嬋さんは上手く立ち回れば敵のロボットの数機を「道具」として「自分の体と一体化」させることができるかもしれない。
だが状況はどう考えても絶望的。それに僕は……飯田さんもだけど……完全にお荷物だ。せめて何か、できることは……。僕は必死に頭を働かせる。それからあるアイディアに行きつく。
「……待って下さい。自爆って、あっちにとってもデメリットじゃないですか?」
純粋な疑問を僕は口にする。
「基地ごと吹き飛ばしたら、当然あの『模倣型エディター』も、その元締めであるあの金髪の女も吹き飛びます。そんなこと、するはずがない」
「この格納庫をピンポイントで吹き飛ばすくらいの芸当はできるのだよ。私の作品は」
ちありやさんの声は静かだった。
「最悪、あの下っ端は私たちを道連れにできる」
そうか。向こうは金髪女の作り出した下っ端に過ぎない。その下っ端と『イビルスター』ナンバーツー、そして綺嬋さんという幹部を撃破できれば向こうとしては大金星だ。
本物のちありやさんが分析を続ける。
「『まどか』の影響を受けない『幽炉』は作中にも登場する。ラスボスの『シマノビッチ』だ。だから善処すれば今乗っ取られているロボットの内一機は取り返すことができるのだが……しかしここで彼の能力を使っても数的不利はひっくり返せない」
「さすがにやばいわね……」
綺嬋さんが体を固くする。みんな、どうすればこの状況を打破できるか一生懸命考えているようだ。
でも、そう、僕には。
頭を働かせた僕にはもうひとつアイディアがあった。
さっきH.O.L.M.E.S.の説明を聞いておいてよかった。「幽炉」のことが分からなければ確かに、打つ手はなかったかもしれない。
「僕に任せてください」
僕は「ペン」と「ハサミ」を取り出す。
「その少年は」
オリジナルのちありやさんが苛立ったような顔を見せる。
「小説を書いたことがない、のだろう。つまり能力がない。どうやってこの状況を……」
と、僕の思惑を察してくれたのか、手刀を構えていた日諸さんが小さく笑った。それからつぶやく。
「いや、彼なら任せられる。何せ小説を書いたことがないからな」
それから続く、強い声。日諸さんの声だ。
「やってくれるか。物書きくん」
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