ご案内ありがとう
「耳に入れておきたいことがあるわね」
綺嬋さんがつぶやく。ちありやさんが応じた。
「何だね。手短に頼む」
「その前にあなたが本物のちありやさんである証明が欲しいわね」
するとホログラムのちありやさんが右手をまくった。
腕にバツマーク。
なるほど。敵は作家の複製を作ってくるから、こうして印をつけることで本人である証明としているんだ。
しかし納得した人間は僕一人だった。空気がぴんと張り詰めている。全員警戒の色を示している。
ちありやさんがぼそりと一言。
「これで満足かね」
「満足じゃないわね」
綺嬋さんの顔は険しいままだ。
「ホログラムなら弄れるわね。敵が映像装置にまで影響を及ぼしていたら本物らしい映像を作ることはできるわね」
「おいおい、それじゃ敵に印のことが知られているということになるだろう。印の意味がないじゃないか」
呆れたように、ちありやさん。
「仕方ない。今から私がそちらに姿を現す。一分ほど待ちたまえ」
やがて、一分。
僕たちの正面の壁の一部が開いて、軍服姿の男性が姿を現した。真っ直ぐこちらの方に寄ってくる。そして僕たちの乗っている透明な車の目の前に来ると、すっと腕まくりをして示してきた。バツ印。
「これで満足かね」
綺嬋さんが車から降りる。
「失礼を詫びるわね」
「構わん。警戒するに越したことはないからな」
ちありやさんはそっと周囲に視線を走らせると、小さく告げた。
「で、耳に入れておきたいことというのは何かね」
「二つあるわね」
綺嬋さんが指を二本示した。
「ひとつ。敵の正体についてわよ。どうも金髪姿の女性の姿をしているらしいわね。液体状の『エディター』を使って作家のコピーをとっている様子わよ。液体はスライム状、霧状での接触が確認されているわね。おそらく蒸気や液体そのものに触れてもコピーがとられるわね」
「なるほど。報告とも一致する」
ちありやさんが納得したように頷いた。
「『粘着質な何かに襲われた』という報告が上がってきている。おそらくはそういうことだろう」
で、もうひとつというのは? ちありやさんが先を促す。
「基地についてわね。こちらの作家さんたちによれば、この基地は現在落下していて、このままだと『カクヨム』フィールドに激突するかもしれないらしいわよ」
ちありやさんが目の色を変えた。
「基地が落下している……?」
やはり想定外の事態だったらしい。
「制御室がやられたか? しかしあそこには厳重なセキュリティが……」
侵入があれば警告が出るはずだ。
困惑の色を見せるちありやさん。
「速やかに対応しよう。しかしその前にそちらのお客様方を紹介してもらおうか」
「六畳のえるとかいう例の作家の救援部隊らしいわね」
綺嬋さんの言葉を合図に日諸さんが車に乗ったまま自己紹介をする。
「日諸畔。『君の姿と、この掌の刃』という作品の作者だ」
飯田さんが続く。
「飯田太朗。『ホームズ、推理しろ』を書いた。で、こっちが……」
物書きボーイ。飯田さんが続ける。
「この子はまだ小説を書いたことがない」
ちありやさんが首を傾げる。
「読み専か、この状態の『カクヨム』にやってきた野次馬か……」
「後者です。野次馬じゃ、ありませんけど」
僕が言葉を返すと、ちありやさんはごつごつした腕時計のような端末を操作するとそれをこちらにかざしてきた。
「スキャンをうけてもらう。敵がくっついてきていたら困るからな」
腕時計から光。あの光で僕たちをスキャンするようだ。
まずは僕から。光が頭からつま先まで降りていく。
「俺たちの仲間を探している。他にもこの基地に吸い込まれた作家がいる」
日諸さんが訴える。
「中にはのえるさんもいる。ビッグスリーと呼ばれる俺たち『ノラ』の最強作家も、おそらくのえるさんを含め三人ともこの基地の中に吸い込まれているはずだ。彼らと合流すれば戦力になる。基地の中を探索させてほしい」
するとちありやさんが答えた。
「前向きに検討しよう。こちらとしても戦力が増えるのはありがたい。ましてや六畳のえるくん級、しかもそれが三人も集まれば基地の奪還も難しくない」
「他にも作家が吸い込まれているはずだ」
飯田さんがポケットに手を突っ込む。
「そいつらも戦力になる。ま、一応救援部隊だしな」
するとちありやさんが難しい顔をした。
「私の認識では『ノラ』はそんなに大所帯ではないイメージなのだが、まさかギルド全員この基地に吸い込まれた、なんてことはなかろうな」
「ついこの間、『King Arthur』のギルドが『暴走型エディター』の手に落ちた」
日諸さんが真っ直ぐちありやさんを見つめる。
「俺たちの仲間がそれを救出した。今現在、『ノラ』の基地には『King Arthur』の面々もいる。ギルドが統合されたんだ」
「『King Arthur』。レジスト陣営だな」
ちありやさんがつまらなそうにつぶやく。
「腰抜けどもか」
「腰抜けなんかじゃありません」
僕はスキャンを受けながら返した。
「彼らも立派に戦った」
ちありやさんは小さく笑った。
「ならばここでも活躍してくれることを祈るよ」
僕のスキャンが終わった。続いて後部座席にいる日諸さんに光が照射される。
「俺はコピーをとられたが既に討伐している」
日諸さんが先程の戦闘について話した。ちありやさんが頷く。
「我々が認識している敵の像と一致するな。奴らはこちらの作品に登場してくる登場人物の能力を全て同時に行使できる」
「能力の切り替えがないところが厄介だ」
日諸さんが難しい顔をして続けた。
「何か対策がいる。実質上の多勢に無勢だ」
「敵について更なる情報わね」
綺嬋さんが割って入った。
「どうも『金髪の女』という点は間違いなさそうわね。服装は見る人によってことなるけれど、液体状の敵だとすれば多少の見た目の変更はできるわね」
こんな感じ……と綺嬋さんが指を動かした。透明なキーボードで文字を入力しているのだろう。
……って待てよ。それってもしかして……!
「それはやめろ!」
日諸さんが叫ぶ。しかし僕たちは透明な車の上だ。降りてからじゃ、間に合わない……!
「『公開』ボタンを押すな! それをすると敵がこちらを逆探知……!」
しかし、遅かった。綺嬋さんは公開ボタンを押してしまった。
途端に浮かび上がるホログラム。金髪の上品そうな女性。確かに僕たちが目にした女性そっくりだ。でも、しかし……!
「ご案内ありがとう」
背後。
「素敵なところね。
金髪姿。黒のパンツスーツに身を包んでいる。細渕の眼鏡をかけたすらっとした女性がそこにはいた。服装こそ違うが、さっきの女……!
「それじゃ、コピーをとらせてもらうわね」
直後、女が消えた。霧状になったのだ、と理解した頃には遅かった。
「……私はあなたたちをコピーする気はないの」
どこからか、声。
「だって無粋な作家の姿になんてなりたくないでしょう? せっかくお父様から素敵な姿をもらったのに、それを崩すのは勿体ないわ。あなたたちの姿を借りるのは私のかわいい子供たち」
当たりを見渡す。どこだ、どこにいる……。
しかし直後。ちありやさんの背後に。
「あなた、初対面ね。コピーしてみたいわ」
スーツ姿の女性がしな垂れかかるように軍服姿のちありやさんの背中をとった。耳元で囁く。
「あなたたちは作家。創作は自分自身との戦い。あなたはあなた自身と戦って頂戴」
香水のようなスプレーが噴霧された。途端にちありやさんの隣に……もう一人のちありやさん。虚ろな目をした、しかしどこか狂暴そうな……!
だが次の瞬間、その偽物のちありやさんは忽然と姿を消した。すぐさま本物のちありやさんが叫ぶ。
「いかん! 総員退却の準備を……」
「あらあらそんなこと言わないで。せっかくだから遊んでいって」
女がちありやさんの肩を抱く。
「こんなに素敵な作品なんだから」
直後、
「この人たちの始末は任せるわ。私はこの基地の深いところに行こうかしら」
女が歩き出す。日諸さんが叫んだ。
「追いかけろ! 捕まえ……」
しかしちありやさんが告げた。
「身の安全を考えろ。最悪ここは私が命懸けで止める」
ちありやさんが頭上を見上げた。
「まさか『まどか』が使われたりしないよな」
だがそんなちありやさんの「まさか」を裏切るように。
近くにいたロボットが起動した。項垂れていた頭に力。接続されていたコードが解除されていく。
「君の作品、ロボットが出てくるのか?」
飯田さんの問い。ちありやさんが頷く。
「ああ」
「ロボットで戦う話か?」
「ああ」
「あいつ一機くらいならここにいる作家で何とか……!」
日諸さんが叫ぶ。だがちありやさんの顔から絶望の色は消えなかった。
「一機じゃない」
それに呼応するかのように、周囲からコードの解除される音が。
「一機じゃない」
繰り返したちありやさん。そして
ロボットの起動する音がした。
それは絶望の音だった。
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