飯田さん死んでくれる?
「ひとまずここは済んだようだね」
のえるさんが耳を撫でつけながら頷く。
「時間がないんだ。『イビルスター』が落ちてくる前に何とか味方を集めてあの中に……」
「戻る方法は?」
飯田さんの問いにのえるさんが答える。
「俺が合図を送れば『イビルスター』からビームが照射される。そのビームの中に入れば『イビルスター』の中まで誘導してもらえる」
「UFOに拉致される感じか」
飯田さんが口をへの字に曲げる。
「酔いそうだな。『イビルスター』内部に味方がいるっていう理解でOK?」
のえるさんが強く頷く。
「いる。既に『イビルスター』の面々とコンタクトをとっている。だが変なんだ。とにかくあの基地の中は様子がおかしい。『模倣型エディター』が大量にいるんだが、俺たちの知っている『模倣型』じゃない」
「新手、ね」
すずめさんが
「こっちも新手だよ。戦ってるのは……日諸さんかな?」
何かを切り裂く音。
火薬の爆ぜる音、鉄の臭い……むせ返りそうだ。
霧の彼方。霞んでよく見えないが、巨大なロボットのような敵を切り刻んだのは、間違いなく僕が「カクヨム」にログインした際に僕を助けてくれた、あの日諸畔さんだった。あの人は確か、「カムイ」っていう不可視のエネルギーを使って戦う作家さんだったな……。
霧の彼方に複数の影。どうやら敵の数が多いらしい。佐倉海斗さんがつぶやく。
「ミサイルの飛来。避けましょう」
言われるままに絨毯の舵を左に切ると、僕たちのいたところ目掛けてミサイルが数本、飛んできた。遠い彼方で爆ぜる。兎蛍さんがつぶやいた。
「加勢に行った方がいいかな?」
しかし諏訪井さんが鼻を掻く。
「日諸さんなら何とかなるでしょ」
と、言ってすぐ、諏訪井さんが鼻掻く指を止める。視線の先。動き回る何かがいる。
「……前言撤回だな。ありゃ大変だわ」
「きゃー!」
爆発する地面。逃げ回るアカウントが一人。
小柄。ピンクの髪の毛をポニーテールにしている。この場に似つかわしくないほど真っ白なワンピースを着ていて、敵ロボットのしかけてくる攻撃を何とかかわしながら走り回っている。時折爆風に驚き耳を塞いでしゃがみ込み、飛んできたミサイルに驚きその場に座り込んでいる。敵の攻撃が及びそうになると、日諸さんが飛んできてその女性のアカウントを守る。
「朱ねこちゃん?」
すずめさんが前のめりに叫ぶ。
「いくら『ノラ』総出で戦うって言っても、あの子は補佐に回った方がよかったんじゃ……」
「ああ、朱ねこはまぁ……お色気担当?」
飯田さんがへらへら笑う。
「日諸さんってほら、ポニーテールフェチだから。ポニーテールいるだけで馬並みに働く」
「助けてー!」
朱ねこ、という女の子が悲鳴を上げる。しかし飯田さんは絨毯の上から声を飛ばす。
「いっそ爆撃されて服でも破けた方が日諸さんもテンション上がるんじゃないか?」
「はあ?」
朱ねこさんが大声で返す。
「そんなこと言うの飯田さんでしょ! 分かるんだからね!」
「裸になってもポニーテールは上手いこと守れよー。日諸さんそれ命だから」
「うるさい! セクハラ! 変態!」
と、直後にミサイルの飛来。朱ねこさんの近くが吹っ飛ばされる。
「きゃー!」
「あれは大変そうっすね」
諏訪井さんが身を乗り出す。
「助けに……」
と、言いかけたその場でだった。
きらりと何かが光ったかと思うと、霧の彼方から赤い光線が突き抜けた。細い光線は真っ直ぐに日諸さんの心臓の辺りを貫き、そのまま彼方へと飛んでいった。
日諸さんが地面に叩きつけられる。
きっと彼なら、すぐに起き上がると、僕はそう思った。そう信じていた。
だがぴくりとも動かない。まるでそう、人ではなくなってしまったかのように。
静寂。沈黙。いずれかの方法で時間を過ごしたが日諸さんが起き上がる気配は一向にない。
嘘だ……。
僕は絶句した。嘘だ。日諸さん、死んだのか? 本当に? あの強かった日諸さんが……?
さすがに非常事態だったらしい。
その場にいた作家全員の顔色が変わった。飯田さんが声を飛ばす。
「諏訪井! 最後に日諸さんに触れたのはいつだ?」
「い、いつか分かんないっす……でも多分、生きてる頃に触れたことになるので……」
聞いた話だが、諏訪井さんの「
「生前に触れてる可能性があるなら試す価値はある! 『
と、飯田さんが言い終わらない内に。
「それには及びません」
いつの間に来ていたのだろう。
朱ねこさん、というポニーテールの女の子が僕たちの前に来ていた。手には……ミサイルの、破片? 鋭く尖って、まるでナイフのようで……。
そんな朱ねこさんが、絨毯の上、飯田さんの正面にすっと立ち、それから小さく、笑って告げた。
「裸になってもポニーテールは守れ? ふざけんな殺す」
ズブリ。
そうして朱ねこさんは笑顔のまま、拳を叩きつけるようにして、ミサイルの破片を突き刺した。飯田さんの胸に。しっかりと、ハッキリと。
すずめさんが口を覆った。のえるさんが口を開けた。諏訪井さんが驚愕に目を見開き、砂漠さんが目を瞑って現実から逃げた。兎蛍さんは頭を抱え、佐倉さんがぶらりと手を垂らした。
胸を刺された飯田さんは、あのいやらしいニヤニヤ顔をそのままに、パキっと凍り付いてしまった。呆気ないほど惨めに、そしてマネキンか何かのように、後ろに、どさっと、倒れ込む。
胸からはミサイルの破片が、間抜けなオブジェのように生えていた。アカウントだから血は出ない。でもアカウントだから。その死が妙にリアルだった。日諸さんに続いた知人の死に、僕は吐きそうになった。
「飯田さん死んでくれる?」
朱ねこさんが静かに言い放った。
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