覇者の構え

 熱気……! 


 いや、陽炎? 


 彼が出てきた瞬間、世界が変わったと言っても過言ではなかった。


 脚は太い。丸太のようだ。でも発せられる覇気のせいか、まるで森の最深部に聳える大樹のような気配さえある。それに続く胴。その身を以て天を支えていると言われても信じてしまう。剛腕。まさにそれは「存在するだけで凶器」だった。一振りで鋭い刃の一太刀にも、神が下す鉄槌ともなり得る腕。指先まで含めるとまるでとてつもない大きさの蛇のようだった。そんな男が僕の隣にいた。


 思わず腰が抜ける。「ペン」を取り落としたことに気づいたのは少しの間を置いてのことだった。僕の背後で、飯田さんのM.A.P.L.E.が冷たい声を上げた。


〈アカウント『南雲麗』さま単騎でここにいる分身全てを排除できます〉

「だろうね」飯田さん。こんな時でもヘラヘラ。

「ただ、問題はなぁ……」

 飯田さんが僕の描写した壁越しに『暴走型エディター』本体を見る。

「あいつ意外と用意周到なんだよ。多分まだ、隠している駒がある」


 宙を舞い、作家たちの相手をする分身たちの中で、数体が。

 そこら中を荒らし、何かを探している。彼が探しているものはいったい何だ? 


 しかし、南雲さんの登場を肌で感じ取ったのだろう。


 無茶苦茶な探索をしている分身の内、数体がこちらを見た。濁り切った醜い目で南雲さんをじぃーっと見る。それからそれらの内の一体が宙に浮かんだ。


「それはヤバいな。そいつはヤバい」


 作家たちの戦う轟音の中でも、ハッキリと聞こえてくる声。彼は真っ直ぐに南雲さんを指差していた。


「そいつは分身だけじゃ相手に出来ねぇ。仕方がない。もう本当に最後だが……」

「やっぱりな」飯田さんがM.A.P.L.E.を構える。「何か隠していやがったか」


「……ギルド長の能力は知ってるか?」

 山羊男の問いに、道裏さんが答える。

「て、テイム系……勇者パーティを追放されたモンスター・テイマーが獣神をテイムして異世界で無双する話……」


 山羊男がにやりと笑う。

「一時期流行ったからなぁ、その手の話が。まぁ、だからこそお前らのギルド長は大量に『☆』がもらえて、ギルドのトップに立つことができたわけだが、俺たち『リベレーター』からすりゃそんな量産型の話なんざ大した価値はないんだ。同じ一手で……同じ対応で簡単に処理できるからな。テンプレートなんてもんは一度廃ってしまえば価値はなくなるんだよ。だからこそ、俺たち『リベレーター』は簡単に対処できた。このギルドで最初にギルド長を殺したのはそういう理由があったんだ」


「何が言いたい!」

 僕が叫ぶと、山羊男は不愉快そうに告げた。

「ただ殺したんじゃ価値がない。利用しないとな。ギルド長は利用するだけの価値があった。だから最大限に能力を引き出させた後に殺した」


 すっと、山羊男が手を上空に掲げる。


「例えばな、こういうのはどうだ?」


 と、直後に『円卓の間』の壁を破って出てきたもの……。

 それは大量の魔物たちだった。……形容し難い。今まで見てきたどのモンスターの特徴も備えていたし、どのモンスターにも属さない怪物たちだった。しかし様子がおかしい。『参照型エディター』が引っ張り出して来たものではないようだ。統率が取れていたからである。全員山羊男の掲げる手を見ていて、指示を待っているかのようである。


「ギルド長の能力を『暴走』させた。まず大量の魔物を召喚させる」

 山羊男が淡々と続けた。

「次にギルド長の『魔物を使役できる』という能力を『暴走』させて『魔物への命令権』を俺に移させた。後は簡単だ。ギルド長は自分の作品に登場する魔物にリンチされて死んだ。哀れだよなぁ。自分の作品で死ぬってのは。どんな気分だったんだろうなぁ」


 現れた魔物たちの特徴を一生懸命、まとめてみようと思う。


 オーガのような巨躯。熊とドラゴンの手を足して二で割ったような、ごつごつして毛に覆われた太い手。岩石のような足。首は蛇のように伸びて、その先には巨大な顎を持つ何となく「地属性」であることは見て取れるドラゴン。


 高貴な気配。上半身は女性。下半身は馬。しかし背中には白く美しい羽根。手には不思議な杖。輝く目からはビームが出てきそうだ。まるでギリシア神話にでもいそうな怪物。


 醜悪。異臭を放ち、流動する体のモンスター。形容し難い濁った色。緑とも灰色とも紫とも言える。体中から細い手が生えている。口と思しき窪みがある。スライムの上位互換にしてゾンビ系にしたような魔物。


 火炎球。体育館半面くらい余裕で埋めてしまいそうなくらいの大きさ。そんなマグマの球体に蜘蛛のような脚を生やしたモンスター。球の中央には炎に燃える目。岩石に縁どられた口の中には熱した鉄のような牙。


 まるで千手観音。黄金の体から無数に生える細い腕。手には剣、斧、刀、杖。様々な武器を持っている。アルカイック・スマイルが不気味さを増している。仏像のようなモンスター。


 棘だらけ、角だらけ。黒光りする甲冑。手にはそれ単体でも大人三人くらいが必要そうな大きく分厚い剣。同様に、ちょっとしたシェルターの壁の一部を切り取ったんじゃないかというくらい分厚い盾。それらを片手でひょいと持った、男性と思しき戦士。鎧兜で顔は見えない。だがそれが不気味な、甲冑戦士。


 他にも多様な「魔物」がいた。それらがじっと山羊男の手を見ている。戦いを続けていた幕画ふぃんさんが叫ぶ。


「あれはまずい! 最悪退却だ!」

 宙を舞う無頼チャイさんが続く。

「ギルド長の扱うモンスターじゃないですか! どうしてここに」

「『暴走型エディター』が暴走させたんだ!」

 加藤さんが叫ぶ。続けてすずめさん。

「強いの? 戦力を集中させる?」


「その必要はねぇ」


 南雲さんだった。

「お前らは続けてその無限に湧いてくる雑魚どもを片していろ。あの餌どもは俺が食う」


「ああ、そうだったね」

 剣技と少女人形のコンビネーションで敵を片していたMACKさんがつぶやいた。

「お腹、空いてるよね」


 南雲さんがにやりと笑う。

「長ぇこと閉じ込められていたからなぁ」

 そして彼はゆっくりと、振り向く。

「ひっ」

 僕の近くで道裏さんが声を上げる。僕はそっと、南雲さんと道裏さんの間に入る。

「なぁに、余計な気を使うんじゃねぇ。むしろよくやったよ。理性を失った俺を長らく無力化できたんだからな。大金星じゃねぇか」

 豪快に笑う南雲さん。姿勢も、覇気も、一向に崩れることがない。


魔王マリーナ

 メイルストロムさんがそうつぶやく。と、姿が変わり、長髪を下ろした一人の女性に変わった。僕は思い出す。


 ──炎剣・レーヴァ! 


 あの絶叫を上げ、灼熱の巨人と化した時のメイルストロムさんの気配に似ている。それはもちろん気配だけのことであったし、何か根拠のある話ではなかったのだが、しかし、似ている。


「嬢」南雲さんが一歩前に出る。

「新入りだな。見ねぇ顔だ」

「最近入りました」メイルストロムさんが返す。

「見たところ『☆』が少ねぇな」

「残り五分弱しか能力を行使できません」

「五分で十分ってか」

 笑う南雲さんにメイルストロムさんが返す。

「……ギリギリかと」


 南雲さんが豪快に笑った。


「ギルド長の能力相手に『ギリギリ』って言えりゃあ大したもんだ」

「南雲さんも苦労するんですか?」

 メイルストロムさんの問いに南雲さんが怒気を孕んだ口調で答える。

「いや大したことはねぇ。あいつなんざな。だが、コース料理ってのは久しぶりでなぁ」


 食うか。


 南雲さんが一歩前に出る。


 両手を構える。両手の五指を曲げ、右手は下に、左手は上に。まるで虎の顎のような構えだった。指がパキパキ鳴って、彼が全身に力を入れたのが分かった。途端に耳をくすぐる、何かが爆ぜるような音。見上げると、南雲さんの腕に、目視できるほどの電流が走っていた。脇を締め、身を固める。


 メイルストロムさんはどこからか両手剣を取り出していた。美しい髪の女性に握られたその剣は、まるで木に生った人頭のような重々しいバランスで、不気味かつ妖しい気配を帯びていた。しかし美しいことに変わりはなかった。剣を持ち上げ、切っ先を天に向ける。構えている。そう判断できた。


「おい、物書きボーイ」

 不意に背後から飯田さんの声がした。

「『ペン』落としてるぞ」


 ……気づかなかった。

 それくらいに二人の覇気は強かった。


 南雲さん、メイルストロムさん。


 二者が大量のモンスターたちと対峙した。


 山羊男が浮かぶ。顔には余裕の笑みが浮かんでいた。

 しかし僕にはその笑みがとても滑稽に……心底間抜けに……見えていた。

 これから何が起こるかくらい、容易に想像できた。

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