最後の切り札

「大丈夫か」

 幕画ふぃんさんがメイルストロムさんを助け起こす。首を振るメイルストロムさん。正気を取り戻したようである。


「私は……」

「立てるか? 無理はするな」

 MACKさんがメイルストロムさんの肩に手を置く。僕は慌てて駆け寄る。


 治療筆記を試みる。メイルストロムさんの顔色が良くなっていく。


「こっちの任務は完了だね!」

 すずめさんがシャキッと声を飛ばす。それに応えるように、飯田さんが左手を広げて告げる。


「収納ガールに追いつくぞ! M.A.P.L.E.! M.C.G.U.R.K.の現在地点は?」

〈上階北、『円卓の間』直前です。立ち止まっていることから何かが起きていることが推測されます〉


「目標地点が分からないから飛べない」

 栗栖さんがロッドを剣に持ち替える。

「加藤さんに飛ばしてもらった方が確実かも」

 結月さんが白狼レティリエになる。


「はーい、じゃあみんな集まってー」

 加藤さんが手招きする。まるで先程の小学生たちを相手にするかのよう。

「一気に飛ぶよー。慣れてない人はちょっと酔うかも。なるべく一瞬で済ますようにするねー」


 加藤さんに回りに「ノラ」メンバーと『円卓の騎士』を含めた「King Arthur」の面々が集まる。加藤さんが足元に向かってジッパーを開くような動作をする。


 まるで穴に、落とされたかのように。


 一瞬で僕たちは落下していった。かと思えば次の瞬間には床が見えて、僕はかっこ悪く胴体から着地した。目の前には道裏さんがいた。びっくりしたようだ。


「し、死んだかと思った……!」

 道裏さん。プチパニック。

「何があったの? この先にいるんでしょ?」

 すずめさんがスカイスーツを展開する。


「そ、それが……」

 と、目の前の鉄扉を示す。

「開ければ分かるんですけ、開けたら危ないっていうか……」


「M.A.P.L.E.」

 飯田さんが左手をかざす。

「スキャンしろ。ドアの向こうには何がある?」


〈解析中……〉


 しばしの間の後。


〈複数の影を確認。『暴走型エディター』本体が分裂しているものと思われます〉


「そうなんです、そうなんです」

 道裏さん。首を縦にぶんぶん振る。

「分身してて。囲まれたらまずいと思ってすぐに逃げてきたんですけど、追っても来なくて、だから……」

 ごくんと喉を鳴らす道裏さん。

「多分、何かを探しているんだと思います。おそらくですが……」


 宝箱。

 僕はさっきの会話を思い出す。


「宝箱って何が入っているんですか?」

「分からない」砂漠の使徒さん。

「多分ギルド長以外誰も知らないのではないでしょうか」無頼チャイさん。

「ギルド長でも知っているか怪しいです……だって、宝箱の中身らしきものを使っているところ、見たことがない」ナナシマイさん。


「謎の宝箱のことは一旦いいんじゃない?」

 加藤さんがどこからかメイスを取り出す……これにも「イス」ってつくな。

「そうですね、中に入ってみないと」

「脳筋ゴリラ」になった赤坂さんが続ける。「開けますよ!」


 男子高校生のたくましい腕が鉄扉を押し開けた。その先に、見えたもの。


 真紅のカーペット。巨大、かつ丸い大きな机。十二脚の椅子。その向こうにある玉座。煌めくシャンデリア。


『円卓の間』があった。そしてその、至るところに。


 うごめく尻尾。山羊男。


 多数の山羊男がそこらじゅうを荒らしていた。手当たり次第に目に付くものをどかし、ぶん投げ、引っかき回している。何かを探しているらしいが……しかしとにかく、その数。


 優に百は超える。いや、下手したら三百四百はいくのではないだろうか。全校集会並みの数の山羊男がそこら中に散っていた。家探し、という言葉がふさわしいくらいにとにかく荒らしに荒らしている。


 部屋の中央上手、玉座の上。


 肘掛に肘をついてこちらを見てくる影があった。それが山羊男だと気づくのに、そう時間はかからなかった。


「なぁんだ、お前、使えないなぁ」


 山羊男の声。メイルストロムさんに向けられた言葉だとすぐに分かる。Ai_neさんと國時雨さんがすぐに銃を構え、発砲する。


 玉座に固いものが当たる音。しかし山羊男の影は揺らいで消えた。どうやら分身だったようである。本体ではない。


「いきなり暴力は感心しないぞ? 坊主に小娘」


「仲間を侮辱するからだ!」

 國時雨さんの勇ましい声。

「どこにいる? 容赦はしない!」


「あのなぁ、敵に『私はここにいまーす』なんてことを教える馬鹿がどこにいる?」


 と、玉座の真上に。


 ふわふわと山羊男が姿を現した。それが分身であることはすぐに分かったが……しかし、そいつの様子をただ見ていただけの僕たちは、あまりに愚かだった。


「遊んでやる。みんなで踊れよ? 俺が探し物を探している間に……」


 山羊男が両手を広げ、頭上で合わせる。まるでヨガのポーズのようなその姿勢のまま、ぶつぶつと何かをつぶやいた。次の瞬間、山羊男が分裂した。大量の、『暴走型エディター』。


「俺はもう、お前らやお前らの作品を『暴走』させる力は残ってねぇ。〈妄信ファナティコ〉も敗れ、打つ手がねぇ。だから数で訴えてやる。俺『たち』の内どれかが目的を達成すればいいとする。『俺』とお前ら……かき集めてそれだけしかいないのか? 笑っちまうなぁ……どっちが勝つか、だな」


 家探ししていた分身たちが一斉にこちらを見てくる。鋭い目。厭らしい目。ふわりと分身たちが宙に浮かぶ。攻撃してくる。それは分かった。


 すずめさんが、剣を抜き、勇ましく構えると、つぶやく。

「誰かが駄目な時は誰かが頑張る。でも逆に、誰もが頑張れる時は……」

 加藤さんがメイスを振り上げ続いた。

「みんなで!」


 分身たちと僕たちが睨み合う。戦いの火蓋は一瞬で落とされた。


 スカイスーツで飛行し、手当たり次第に分身を切りつけて回るすずめさん。

 全て自分に跳ね返ってくる補助魔法で一気に強化し、メイスで分身を打ち砕いて回る加藤さん。

 地を駆け、殴る、獣型と人型の黒狼グレイル、結月さん。

 消えたかと思えば一瞬で別方向から姿を現し、幻惑、体術で敵を倒すメロウ+さん。

 ヒルスアッシュラルみさぎリーナ、四形態で無双する栗栖さん。

 ひたすらに肉弾戦。時に氷属性の攻撃を叩きこむ赤坂さん。

 魔法と剣術。敵を切るごとにパワーアップしていく魔力を見せつける、幕画ふぃんさん。

 少女人形と自身の剣術のコンビネーションで敵を伏せていくMACKさん。

 風の魔法と銃撃。縦横無尽の戦い方を見せるAi_neさん。

 敵を引き付け、襲い掛かられる寸前で異空間の穴を開け、一気に「収納」する道裏さん。

 華麗な体術を決めたかと思えば様々な魔法で敵を攻撃したり、味方の力を高めたりしてくれる中村天人さん。

「~ない」系で多くの分身を一気に倒し、「話術」で励ます砂漠の使徒さん。「~ない」系には限度があるようだ。

 童話の力を駆使し、火炎球や狼の召喚などで援護をする無頼チャイさん。

 流れるような美しさ。まるで音楽を奏でているかのような手捌きで自在に戦うナナシマイさん。

 狙撃と魔法攻撃とを繰り返す國時雨さん。援護射撃も忘れない。

 繰り返しの体術、異常なまでの回復能力、受けたそばから攻撃を「忘れる」兎蛍さん。

 予言、及び体術強化。状態異常さえもものともしない佐倉海斗さん。

 複数の洋風人形ビスクドールを駆使し、暴れまわるメイルストロムさん。

 僕はそんな作家さんたちを治療筆記や障害物の描写でサポートして回った。


 しかし戦局は五分も持たなかった。


「も、もう、無理かも……」

 道裏さんが音を上げる。貧血状態。僕は慌てて彼女を壁の後ろに引っ張っていき、治療する。

「私、さっき無理矢理能力を使わされましたので……」メイルストロムさん。苦しそうな顔で洋風人形ビスクドールを操っている。「後五分持つかどうか……」


「何だ諸君、もうギブアップか」

 ちゃっかり僕の作った障壁の陰に隠れていた飯田さんがからかう。

「まだまだパーティは始まったばかりだぞ」


「遊んでないで手伝ってくださいよ!」

 僕は叫ぶ。

「みんな戦ってるのに!」


「焦るな物書きボーイ。僕は戦闘向きじゃないんだ。作戦を練っていた。今からサプライズだ」

 飯田さんが左掌を広げる。M.A.P.L.E.が報告してきた。


〈形勢逆転の切り札となり得るアカウントが二名〉

 飯田さんが笑う。

「教えてやれ」


〈アカウント『メイルストロム』様。洋風人形ビスクドールの攻撃より魔王マリーナでの攻撃がよろしいかと〉


魔王マリーナですね」

 洋風人形ビスクドールをしまいながら囁くメイルストロムさん。

「やってみます。どのタイミングで切り替えればよろしいですか?」


「もう一人のゲストをお呼びした時だ」

 飯田さんが悪そうに笑う。

「ちょうどいい。収納ガール。そろそろ出してやれ。ちょうど向こうも、肩が温まってきた頃だろうしな」


「出すって……」

 道裏さんが目をパチパチさせる。

「いいんですか?」


「何も問題はないさ。さっきあの変態くんが言ってたろ? もう作家と作品を暴走させる力はないって。彼もきっと正気を取り戻している」

「じゃ、じゃあ……」


 道裏さんが背後に手を伸ばす。引っかくような動作。異空間への扉が開く。


「お、お願いしますっ」


 道裏さんの声で。


 ぬっと姿を現す、巨躯。

 脚だけで、まるで大樹のような圧迫感を放っていた。


「騒がしいなぁ……」


 堂々たる、声。


『円卓の騎士』、ひいては「King Arthur」最強の男。


 南雲麗さんが姿を現した。

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