収納できるんかい

「残すは加藤さんの担当した一面……」

 と、僕たちが加藤さんの援護に向かおうとした時だった。

 絶叫。阿修羅狼男の。


「こんなところかな」

 小さな音を立てて。

 加藤さんが椅子に座っていた。相変わらず小学校低学年が使うような小さな椅子。成人女性タイプのアカウントである加藤さんが座るとひどくアンバランスだったが、逆に休憩用の小椅子感があってしっくりきていた。


 それよりも、だ。


 三面狼男の目が全部潰れている。視力を失って混乱のあまり発狂している。加藤さんは単騎で一面の目を潰したんだ……。みんなが苦労して潰したあの二つの目を。


「椅子って脚を使えば同時に四か所攻撃できるし便利だよね」


 負傷を治してもらえた結月さん。飯田さんもパワードグローブのM.A.P.L.E.を展開して横に並ぶ。


「伊織姉様はビッグスリーだからな。期待には応えてくれる。ブラジル人の名前も分かるしな」

「ブラジル人の名前は分からんわ」

 加藤さんが笑う。


 発狂した三面狼男が巨大な腕を振るう。加藤さんは素早く椅子から立ち上がると華麗にその攻撃を回避する。美しいステップで僕たちのいるところに戻ってくる。椅子を片手に綺麗な舞い。


「こいつどう料理しよう?」

 と、戻ってきた加藤さんが訊ねた時だった。

 M.A.P.L.E.が警告を発した。

〈危険を察知しました。総員備えてください〉

「備えるって何に?」

 結月さんの質問に飯田さんが困り顔をする。

「M.A.P.L.E.ちゃんはH.O.L.M.E.S.より性能がよくないんだ……携帯型だからな」


 と、その直後に。


 三面狼男が、雄叫びを上げた。

 三つの口から発せられた声が共鳴し合うように響く。そしてその音を合図にしたかのように。


 各地で暴れていた『エディター』の攻撃が激化した。倒されていた『エディター』も起き上がり暴れ始める。崩壊し、作品に戻りかけていた『参照型エディター』も作品への帰還を止めて暴れ出す。どうやら砂漠さんのバフと同じ行動を三面狼男はとったようだ。


 そこかしこで暴れ出した『エディター』を見て加藤さんがつぶやく。

「こりゃ厄介だね」

「討伐しても作品に戻る前にこれをやられたらまた暴れ出すってことか」

 飯田さんがM.A.P.L.E.に話しかける。

「敵の戦力を分析しろ。残っている『エディター』はどれくらいだ?」

〈戦闘開始前の四十%ほどに減っています。行動もワンパターンです。無作為に周辺にいる対象を破壊しているようです〉

「敵味方区別してないってことだな?」

〈そのようです〉


「放っておけば同士討ちしてくれそうだな……」

 飯田さんの声に結月さんが続く。

「でも、作家の犠牲も出そう……」

「手早く倒すに越したことはないね」

 加藤さんが椅子を静かに置く。

「でも倒す度にあの雄叫びで復活されちゃかなわない」

 と、次の瞬間、加藤さんが消えた。

 床を蹴った音は聞こえた。加藤さんの残像も見えた。彼女は一瞬であの阿修羅狼男の前に行くと、すっとしゃがみ込み、まるでジッパーでも開けるような動作をした。


「はい。一旦引っ込みましょう」

 地面に大穴が開いた。吸い込まれるようにして三面狼男が落ちていく。

 すとんと落ちたところで、加藤さんがまたジッパーを閉めるような動作をする。床に開いた大穴が閉じた。何だ今の。


「『殴り聖女』の主人公ジョーは無詠唱の空間魔法が使える」

 事も無げに、飯田さん。

「収納ガールと同じことができるんだよな。ノーリスクで」

 収納できるんかい。最初からそうすれば三面狼男以外を倒した後に全員で三面を倒すってこともできたのに。

 すると僕の感想を察したのか結月さんが告げる。

「接近しないとだからね。さっきは近づいて目線で発狂させられたんでしょ。敵の視力を奪えたからこそ安心して接近戦を仕掛けられた」

「さてさて」

 加藤さんが帰ってくる。

「手早くやっつけるか」


「『椅子』は使えないんだろ?」

 飯田さんの問いに加藤さんはにやりと不敵な笑みを浮かべる。

「『殴り聖女』だけで十分じゃない?」

「その説はある」肩をすくめる飯田さん。

「椅子もう一脚出せるか? 僕は座っておきたい」

「ほらよ」

 何事もないかのように、加藤さん。空中から小学生用の椅子が一脚現れる。


「じゃ、行こうか」

 直後、加藤さんが呪文を唱え始める。

「ベネ・ディシティ・アッティンブート・イナ・オミーネ・ディアム・ロン・ネリ・テットゥーコ!」

 テットゥーコってやっぱ(ピー)だよな……。

「『タ・モーリ』もあるぞ」

 にやりと、飯田さん。

「それってどうなんですか……」

「小説だからな」椅子に座ったまま脚を組む飯田さん。「自由だ」


 ところで、だ。

 能力加護の魔法を味方にかけられない代わりに自分に全部ふりかかる。すずめさんは加藤さんの能力をそう説明していた。

 さっきのメンバーは十二人。故に十二倍。でも今は……。

「M.A.P.L.E.。今この場にいる作家の数は?」

 へらへら笑いながら、飯田さん。

〈七十一名です〉

「じゃ、七十一倍だな」

 七十一倍の性能を持った加藤さん? 単騎でも三面狼の一面を潰せたアカウントだぞ? ビッグスリーの一人だ。そんな人が七十一倍になったら……。


 ほとんど、嵐のようだった。


 瞬間移動と同時に椅子で屠る。各地で暴れまわっている『エディター』に椅子の制裁を加えて去っていく。その速度は尋常じゃない。素の状態で目に留まらなかったのだ。今度は目に留まらないなんてものじゃない。もしかしたら音速だ。瞬く間に各地で爆発のような音が起こり、『エディター』たちが次々に討伐されていく……三面狼男のかけたバフなど、何もなかったかのように。


 時間にして二秒も経ってない。

 本当に一瞬で僕たちの前に帰ってきた加藤さんの後には、粉々に粉砕された『エディター』たちの残骸だけがあった。どれも崩壊し、作品へと帰っている。

 加藤さんが肩を鳴らしながら帰ってくる。


「あー、肩凝った」

「伊織姉様どうぞこちらに」

 飯田さんが恭しく自分が座っていた椅子を勧める。どっかりと腰かける加藤さん。

「ん」肩を示す。「M.A.P.L.E.ちゃんでお願い」

「かしこまりました」

 飯田さんがM.A.P.L.E.を纏った左手を当てる。

 多分、電撃。

 強さを調整しているのだろう。震える程度。加藤さんの肩を解しているらしい。


「さて、残りを片付けるか」

 立ち上がる加藤さん。ぐりぐりと肩を回す。

「ちょっと出すよ。みんな下がってね」

 言われるままに僕たちは後退りする。すずめさんがスカイスーツで飛んできて、飯田さんの近くに着地する。

「今から解体?」

 爽やかに訊ねるすずめさんに飯田さんが応じる。

「僕の業界では撲殺って言う」


 加藤さんが、頭上に手を伸ばし、ジッパーを開けるような動作をした。


 途端に三面阿修羅狼男が姿を現した。何が起きたか分からないのだろう。いきなり暴れ始めた。しかしそのたくましい腕の内一本を、加藤さんがつかむ。


「大人しくしなさい!」

 叩き付ける。

 嘘みたいだった。重機のアームくらいはある腕を加藤さんの小さな腕が押さえ込む。三面狼男は顔面から床に叩き付けられた。その後頭部を加藤さんが踏みつける。めり込む阿修羅狼男。


 加藤さんが片手を掲げる。途端に空中に現れる「椅子」。振りかぶって、踏みつけたばかりの後頭部に叩き付ける。


 三面、なので実質、床についている一面を除けば他の二面は横っ面を殴られたことになる。

 床に押さえつけられた方は声が上がらない。代わりに左右の顔が声を上げた。子犬のようなか細い鳴き声。加藤さんが一瞬、嫌そうな顔をする。


「そういう声で鳴かれると躊躇っちゃうんだけどさぁ……」

「伊織姉様、そいつは『エディター』だ」

 飯田さんの声に加藤さんは微笑み返す。

「分かってるよ。手早く終わらせてあげる」


 椅子の脚を阿修羅狼男の背に乗せる。背もたれが真っ直ぐ天井に向かって伸びる。阿修羅狼男の鼓動に合わせて上下するそれを、加藤さんは思いっきり叩いた。鞭が叩き付けられるような音を立てて、椅子の脚が狼男の体に突き刺さった。


〈コアの破壊を確認〉

 M.A.P.L.E.が無機質に告げる。

〈当該『エディター』は討伐されました〉


 その声を合図にするかのように。

 ボロボロと三面狼男の体が崩れていく。バスケットコート半面くらいはある大きな背中が崩壊していくと、床には一枚のカードが残っていた。僕は近づき、それを拾い上げる。


憤怒イーラ


 カードにはそう書かれていた。

 と、僕たちの背後、入り口近くに僕が「執筆」した壁の向こうから、アカウントが姿を現す。

 道裏星花さんと、メイルストロムさんだ。

「終わりましたか……?」

 大人しくそう訊ねるメイルストロムさん。飯田さんが道裏さんに訊ねる。

「収納ガール。ミスター南雲は?」

「大人しくなりました」

 てくてくと歩いてくる赤髪の少女。血色は……悪くない。僕は彼女の顔色を見て一安心する。


「やっぱり、南雲さんはあの三面『エディター』の影響を受けていたんだね」

 結月さんが頷く。と、先程圧倒的な強さで敵を倒した加藤さんがグーパーを繰り返す。

「あ、来たかも」

 加藤さんがつぶやく。

「何か感覚が違う! 『椅子』戻ったかも!」


「お、ついに……」飯田さんが目を輝かせる。

「『椅子』が使えるようになったか」

「今更感ないですか?」

 僕が訊くと飯田さんが笑う。

「『エディター』はこの城以外にもいる。そもそもこの城にも残党がいるかもしれないしな。それを伊織姉様単騎でほぼ片付けられると思えば……」

「それもそうですね」


 と、なんとはなしに僕は〈憤怒イーラ〉のカードをしまう。本当に、自然な動作で。

 それは七回繰り返された動作だったし、僕以外にカードを収納できる人はいなかった。だからこうするしか、なかったのだ。


 しかし声が聞こえてきたのは、その時だった。

 下品な、甲高い、でも掠れた、汚い声。


「ありがとうよぉ……」

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