誰だあいつ?

「誰だあいつ」

 飯田さん。僕が解説する。

「さっきメロウ+さんが助け出した……」

「ああ、僕たちのお守りね」

「Ai_ne!」幕画ふぃんさんが叫ぶ。「でかした!」

「何か飛ばされたと思ったらいきなり目の前に電車があったんで……」

 わけもなさそうに、Ai_neさん。

「ぶっ飛ばしておきました」


「ご苦労! エンジェルボーイ」

 飯田さんがAi_neさんの肩を叩く。

「君はどこから来た?」

「どこからとは?」

 エンジェルボーイという呼び名が気に入らなかったのだろう。Ai_neさんはむすっとしている。

 しかし構わず続ける飯田さん。

「前はどんな条件で『死んだ』?」

「学校にテロリストが……」

「学校にテロリスト?」

 何だその中二の妄想みたいな展開は。呆れる飯田さん。でもまぁ、気持ちは分かる。

「どうやって抜けた?」

 飯田さんの質問にAi_neさんは答える。

「ジェネレートした銃で皆殺し……」

 想像する。ハンドガンを使ってテロリスト相手に無双しているAi_neさん。飯田さんが片眉を上げる。

「荒れてるなぁ」

 まぁ、確かに穏便ではない。しかし手っ取り早い方法ではあるのだろう。自分に危害を加えてくる対象を撃破するというのは。


 そうこうしている内に周囲が真っ暗になった。この感じは……と、思っていると。



 気づくと、アスファルトの地面に立っていた。

 コンクリートブロックの塀が両サイドを囲んでいる。目の前にはオレンジ色のカーブミラー。交差点だ。古い。いつの町並みだろう。霧が立ち込めている。道路の向こうが、全く見えない。

 僕は固唾を呑んで周囲に目を走らせる。新しい場面だ。……新しい、異世界転生の条件だ。

「すず姉、変身しておいてくれ」

 飯田さん。辺りを睨む。

「オペレーション」

 すぐさますずめさんが複合型電磁銃マルチレールガンを構える。交差点で銃を左右に向け、敵を確認する。

 目視の範囲で敵はいなかったようだ。すずめさんが合図を送ってくる。Ai_neさんも銃を構えて進む。次に幕画ふぃんさん、結月さん、道裏さんの順で続く。僕の前に飯田さん。一番後ろを栗栖さん。


 しばらく進んだところで。

 不意にすずめさんが片手を上げた。止まれ、の意味だ。彼女の視線の先。メット越しに彼女が見つめていたものは、カーブミラーだった。

 鏡の中。

 誰かがこちらに向かってやって来る。ゆっくりとした足取り。影は二体。

 沈黙。

 すずめさんとAi_neさんが銃を構える。結月さんが獣型の黒狼グレイルに変身した。

「花ちゃん、匂い分かる?」

 すずめさん。低く小さい声。

 と、黒狼グレイルが、ぽすんと白狼レティリエに変わる。


「敵じゃないです」

 ぴくぴくと鼻と耳を動かす。

「メロちゃんと……葵ちゃん?」


「……本当だ」すずめさんが銃を下げる。すぐさま声をかける。

「二人とも」

 鏡の中で。二人の影がびくっと震える。おそるおそる、といった様子でこっちに来る。

 多分、メロウ+さんの声。

「す、すずめさん……?」

 どうしてだろう。声が震えている。

 ……あのメロウ+さんが? 

 熊男相手にほぼ一方的に勝利を収めたメロウ+さんの声が怯えている? そのことがたまらなく僕を不安にさせた。そしてその不安は、すずめさんも飯田さんも、そして結月さんや栗栖さんも感じ取ったようだ。


「何かあったね」

 栗栖さんがロッドを構える。結月さんも念のためか、人型の黒狼グレイルになる。飯田さんがごくりと唾を飲む。

「どうしたの?」

 高らかにすずめさんが問う。途端に、鏡の中の二人が駆け寄ってきた。

「お、大きな声を上げないで……」

 メロウ+さん。やっぱり声が震えている。「緘、黙」

「やばいやばい。あれはやばい」

 赤坂さん。ばっちり「脳筋ゴリラ」だ。薄暗い霧の中でスカートを履いた男子はどこか滑稽だったが、笑えない緊迫感を彼は纏っていた。


 慌てた様子で二人がやってくる。

 息を潜めている。怖がっている。


「どうした?」飯田さんが問う。「分かってることを共有してくれ」


「わ、分かってることは、二つ……」

 赤坂さん。指を二本立てている。

「ひとつ。ここには殺人鬼がいる」

「ああ、なるほど」飯田さんが頷く。「その殺人鬼に殺される度にループするのか」

「しない」メロウ+さん。しかし彼女が決め台詞を口にする前に、赤坂さんが。

「二つ。殺人鬼は殺せない」

「どうして?」飯田さんが問う。すると、赤坂さん。

「殺されるから」

「は?」

 首を傾げる飯田さんに、メロウ+さんが言葉を続ける。

「私たちが始末する前に殺されるんだよ」やっぱり声が震えている。「殺、害」

「何言って……」

 と、飯田さんが口を開きかけた時だった。


 不意に霧の彼方から、奇声を上げて飛んでくる人影が見えた。一瞬のことで頭の処理が追い付かない。しかし、すずめさんが即座に反応する。

 複合型電磁銃マルチレールガンの一撃。

 人影は倒れる。手には、ナイフ。覆面姿の男性だった。


「倒せたけど?」

 すずめさん。怪訝そう。しかしメロウ+さんが口を挟む。

「違う違う!」

 がくがく震えるメロウ+さん。

「そいつ、飛び出してきたんじゃない!」

「飛び出してきたんだが?」

 飯田さんが首を傾げる。しかし今度は、赤坂さん。

「よく見て! あいつ、気配も消せる!」

「気配が消せる……?」

 反応したのは幕画ふぃんさんだった。

「そ、それはまずいかもしれん……!」


「何がまずいんですか?」

 僕が訊ねるのより先に、道裏さんとAi_neさんが反応した。

「道裏! 早く穴を……」

 Ai_neさんの言葉に慌てる道裏さん。

「で、でもこの人数はさすがに……」

「やるしかないだろ! あの方だ!」

 あの方? 首を傾げながらも、警戒は怠らない「ノラ」メンバー。しかし、メロウ+さんと赤坂さんは、Ai_neさんと道裏さん同様逃げの姿勢をとっていた。


「ああああ、また殺人鬼を殺せなかった……またループする……あいつが来る……」

 赤坂さんの声が震える。僕は説明を求めた。

「今、殺人鬼を殺したじゃないですか」

 しかし赤坂さんは否定する。

「殺してない、殺してない。あいつは飛び出してきたんじゃない」

「飛び出してきたんだが?」飯田さんの声にかぶせるように、メロウ+さん。

「飛び出したんじゃない! 投げられたんだ!」

「投げられ……」と、僕が言い切る前に。

 すずめさんが叫んだ。

「やばい! 逃げて!」


 その声が、聞こえてきた時には。


 あれ……? 


 僕は気づく。


 視線が低い……? 


 アスファルトの地面がすぐ下にあった。首の下くらい。倒れている……のかと思ったが、どうも真っ直ぐだ。つまり、頬が地面にくっついているのではなく、首から下がそのまま地面に……。


 そして、気づく。


 巨大な足。


 人のものだろうということは見て取れた。つまり、象や巨人の類の足じゃない。まぁ、想定範囲内の大きさの足だ。

 しかし巨大だった。人のものというには、あまりに巨大な。


 叫び声が聞こえる。


「正気を取り戻せ! なぐ……」

 沈黙。


 そして、僕はようやく気付く。手がない。足がない。いや、それどころか肩も腰も……あれ? 胴体は……? 


 首から下が、なくなって……?


 やっと僕は、気づいた。

 自分が死んでいることに……。

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