ブラックホールトルネード
銃撃。
Ai_neさんが五指から風の弾丸を放つ。マシンガンのように。散弾銃のように。
見えない銃撃。こちらに飛んでくる弾は全部栗栖さんが処理してくれたが、メロウ+さんの方は。
彼女は一羽の鳥に変身していた。足には小さくなった水晶玉が握られている。中型の……梟だろうか? 丸っこい影。しかし空中で何度も旋回する。風の弾丸は……見えないから分からないが、当たる気配はない。
頭に花を咲かせたAi_neさんに苛立ちの色が見えた。指から弾丸を放つのをやめる。次に彼は掌と掌を合わせ始めた。すると。
室内に風が吹いた、と思った次の瞬間には巨大な竜巻が発生して梟を巻き込んでいた。空中でバランスを崩した鳥は風に揉まれされるがままだ。そして、足元に目を落とすと。
竜巻の根元。床の部分に大きな亀裂が走っていた。暗闇が覗いている。近くには、道裏星花さん。地面に爪を立てるような恰好をしている。
竜巻の引力とブラックホールの引力があるんだ。
梟が吸い込まれていく。僕は咄嗟に「ペン」と「虫眼鏡」を取り出した。しかし栗栖さんが手を差し伸ばし、止める。
「そもそも、あの鳥がメロちゃんかも怪しい」
栗栖さんの冷静な声。
「ほら、あそこ」
栗栖さんの示す先。この部屋の隅。壁際。
よく見ると、指輪が一つ。かなり大振りな石がついている、派手な指輪だ。
梟が闇の穴に吸い込まれていく。Ai_neさんも道裏星花さんも一仕事終えたように立ち上がった、その瞬間。
指輪の置かれていた壁から何かが矢のような速度で飛び出してきた。そのままの勢いで鋭い一撃をAi_neさんにかます。跳び蹴り。鋭利な蹴り。脚を伸ばしていたのは座敷童のような少年だった。
「メロちゃんが持ってる宝石の類は全部守り石だと思った方がいい」
栗栖さんの冷静な声。
「守り石って何ですか?」
「うーん、一言で言うと、分身みたいな感じ」
あれさえあればどこからでも姿を現せる。ただし……。と、栗栖さんは続ける。
「守り石のサイズによって出現できる人型のサイズも決まる」
そう言われてみれば、さっき僕たちの前に姿を現した金髪より、今Ai_neさんを蹴飛ばした少年の方が当然だが姿は小さい。
あれは指輪の宝石のサイズが小さいからか。
しかし、戦局はあっという間にメロウ+さんに有利になった。
転倒しているAi_neさんの頭に手を伸ばす少年。色が白い。まるで幽霊のよう……とも言えるが、儚げな美しさを放つ少年だった。短い切断音の後、彼の手にはピンクの花が握られていた。
「まず、一人……!」
結月さんが拳を握る。
「後はブラックホールちゃんだ!」
「女の子だから暴力はよくない、と思いきや」
メロウ+さんの声。どこから聞こえてくるのだろう。
「……こういうことしちゃうの」
ぬっ、と。
赤髪の少女の胸から腕が伸びてきた。気づけば彼女の胸には、小さなネックレスが。いつの間にかけていたのだろう。
「腕くらいならこのサイズの石からでも出せるねぇ」
風船が割れるような音。腕が道裏星花さんを叩いたのだ。バランスを崩す赤髪の少女。その隙を腕は見逃さなかった。
切、断。メロウ+さんの声が響いた。赤髪の少女の胸元から伸びた腕の先には、ピンクの花。マツバギクだ。
「楽、勝」
突如僕たちの目の前に水晶玉が現れた、と思ったら、メロウ+さんが姿を現した。巨大な帽子。とろんとした目。手には二輪の……花。
「さぁて、これであの二体のアカウントは解放された」
残るは、熊だ。
彼女の視線の先。
熊男が寝そべって、腹を搔いていた。
「虫眼鏡」を使った検索で二人のアカウントを引っ掛けてきた。
まず、Ai_neさん。次に道裏星花さん。
二人とも床の上に寝転がっている。僕が筆記で治療を試みる。
「あの、熊男……」Ai_neさんが喘ぎながら告げる。
「動きが……」
「分かってる。分かってる」
MACKさんが心配そうに二人を見やる。
「動きが遅くなる。接近できない」
「……ちが……うんです」
道裏さんが声を上げた、その時だった。
メロウ+さんの人型が、僕たちの遥か後方の壁に吹っ飛んだ。
何が起きたか分からない。
ただ、僕たちの目の前には。
枯れ枝のような人の脚。そして丸太のような腕を持った熊の合成人間が、肩を突き出すような恰好で立っていた。
栗栖さんが咄嗟に魔法陣を展開する。
まばゆい光に包まれる。次の瞬間、僕たちはメロウ+さんがめり込んでいる壁の前にいた。
「メロちゃん! 大丈夫?」
結月さんが
彼女の手の中。水晶玉が砕けて、ほとんど粒のような形になっていた。
「動きが……異常に……速いんです……」
栗栖さんはしっかり道裏さんたちも退避させていた。赤髪の少女が息も絶え絶えに伝えてくる。
「しかも……敵意を持つと……こちらが遅くなる……」
床に倒れ込んでいるAi_neさんも告げる。
「風の弾丸も、竜巻も、接近戦も通じねぇ」
息継ぎを、ひとつ。
「……化け物だ」
「物書きくん! メロちゃんの治療を……!」
と、結月さんが口にしかけた時だった。
熊男が悲鳴を上げた。思わず敵の方を振り返る。熊男が両眼を押さえて悶絶していた。
すると背後で声が……か細い、とても小さな声が……聞こえた。
「砕け散る方が……いいこともある……」
メロウ+さんの声だ。
「欠片をあいつの体にくっつけた……欠片からは小さい体しか作れない……けど、その分認識されにくい……あいつの目、潰してやった」
と、僕が再び壁の方を見ると。
メロウ+さんの体を中心に、グレーに輝く、薔薇や唐草模様のような、不思議な紋章が浮かんでいた。
その紋章に呼応するように、水滴が集まってくる……熊男の方からも二粒ばかり飛んできた……そしてメロウ+さんの手の中で、ひとつの大きな水晶玉になった。
「危なかった」メロウ+さんだ。元に戻った……気がする。「間、一、髪」
「メロウ+さん不死身なんですか……?」
僕の質問に大きな帽子を揺らしながらメロウ+さんが答える。
「まぁ、設定上は百二十年生きるよね」
さて。と、メロウ+さんが口にした途端。
「散らかすのは男子の悪い癖だよねぇ」
今度は遠い彼方から声。
布団の方だ。
気が付くと、メロウ+さんが水晶玉に上半身を突っ込んで……文字通り、液体の塊のような水晶玉の中に頭から体を突っ込ませて……いた。
布団の方に目をやると。
「吹っ飛ばされた時に投げておいたんだ。布団の方にね」
遠、投。
にょきっと、魔女っ娘のようなメロウ+さんの上半身が布団の上に生えていた。楽しそうに、けらけら笑っている。
もしかして、また守り石から体を出している?
どういう仕掛けかは結局分からなかった。おそらく、だが、体当たりで吹き飛ばされた時に水晶玉の欠片か、指輪やネックレスの類を布団の方に投げていたのだろう。そして今、水晶玉を通じてその宝石類から上半身だけを現している。
……メロウ+さんは熊男を欺いて布団に接近することに成功したようだ。
「これ、なぁんだ?」
手の中。遠くて見えないが、おそらく。
乾いた音が聞こえた。蚊の鳴くような小さな音だったが、しかしその音が響いた瞬間、熊男が絶叫した。
本当に、断末魔、というような。
さっきまで面倒くさそうにしていた生き物が出すとは思えない大声を熊男は上げた。思わず全身に力が入る。
それから、線香の煙が消えていくように。
熊男の姿が消えた。今まで見ていたのは幻だったかのように。半紙に墨汁が染みるように薄暗い影となって熊男は消えた。
僕たちの足下には一枚のカードが落ちていた。僕はそれを、そっと拾い上げる。
〈
カードには確かに、そう記されていた。
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