目を覚まして
「面倒くさい……面倒くさい……」
メロウ+さんが水晶玉を覗き込みながらつぶやく。何をやっているのだろう。水晶玉を見ている、というよりは水晶玉を通してあの熊を見ている気がする。そして……。
水晶玉の色。鮮やかな緑……ペリドットというのか……をしていた。さっきまで彼女が手にしていた水晶と違う。
「あいつの心、『面倒くさい』で占められてるな」それから彼女はにやっと笑う。「怠、惰」
結月さんたちから距離をとった僕はメロウ+さんに訊ねる。
「何したんですか?」
「平たく言うと心を読んだ」水晶玉の色が、元の無色透明に戻っている。「読、心」
そして、とメロウ+さんが不敵な笑みを浮かべる。
「やったね。あいつ、〈
私もMVP狙えるぞぉ。けらけら笑うメロウ+さん。
「でも困ったなぁ。守護の力を使えば肉弾戦は仕掛けられるけど、あいつの周りに近づくと動きが止まるっぽいしなぁ」メロウ+さんはぶつぶつつぶやく。「面、倒」
「熊の両サイドに控えているアカウントも謎ですよ……」
立ち尽くすアカウント。オレンジ色の髪に真っ赤な髪。
メロウ+さんは水晶玉を浮かべたままにこにことしている。作戦を練っているのだろうか。
「まずは、起きてもらうだね」メロウ+さんがふわふわ浮かぶ水晶玉に両手をかざした。「覚、醒」
途端に。
爆睡している熊が苦しみだした。苦しむ、というより、うなされている、という表現が正しいかもしれない。突っ伏した状態から寝返りを打ち、仰向けになったかと思うと再び突っ伏す。声が上がる。
「やめろぉ……やめろぉ……」
メロウ+さんがつぶやく。
「……深夜、階段を上っている。薄暗い階段。コンクリートの階段」
熊男が唸る。
「……階下から聞こえてくる。水滴が滴る音……」
熊男の息が荒くなる。気のせいだろうか。両サイドを固めているアカウントの頭がぐらぐら揺れている。
「……ずっと階段を上る。階下から聞こえる水滴の音。次第に迫ってくる。必死に階段を上る」
「来るな……来るな……」
メロウ+さんは相変わらずのとろんとした目で水晶玉を眺めていた。宙に浮いた水晶玉。美しい色。
彼女は続ける。
「視界の端に白い影……少女……」
熊男が寝返りを打つ。苦しそうだ。
「足を止める。少女か。なら問題はない……」
熊男。静かになる。
「少女が腕をつかんでくる。強い力。万力のような手」
熊男の寝息が止まった……気がした。
「いつの間にか少女の顔が頬に触れる。耳元で囁かれる」
――何で殺したの。
「うわあああああ!」
熊男が絶叫して目を覚ます。両サイドを固めていたアカウントがゆらゆらと揺れる。
熊男。荒い息。それは不思議な見た目だった。
上半身は……熊。たくましい腕にたくましい胸。無骨な顔。グリズリーとかヒグマとかその手の大型獣の姿だ。
しかし下半身は……病弱そうな、今にも折れてしまいそうな、人間の脚だった。多分あれは寝たきりでしばらく動いていない。そんなことを想像させる脚だった。
「な、んだよぉ。せっかく気持ちよく寝てたのによぉ」
熊男がつぶやく。
「誰か俺の頭に入ってきやがったなぁ」
ふるふると頭を振ってから、「糸の間」の様子を見る。
戦場。MACKさんの剣術対、幕画ふぃんさんの剣術。
「面倒くせぇ……面倒くせぇ……ここで戦闘ってことは、例の外部アクセスがここまで来たってことじゃねぇかぁ……安全のために張っておいた警報装置……人形野郎も引きずり降ろされてるしよぉ……どういうことだ。仕事しろよぉ」
せっかく気持ちよく寝ていたのによぉ。
布団から起き上がる熊。
「おい、お前ら」
ぴくり、と両サイドを固めていたアカウントが反応する。
「Ai_neに道裏星花……だったなぁ。この城を占拠した時に俺に歯向かってきたアカウントたち……俺のことをどうにかしようとしてきたアカウントたち……。まぁ、名前なんてどうでもいいなぁ。どうせ俺の奴隷だし。俺の言うことは何でも聞くんだよなぁ」
ぶつぶつと熊男がつぶやく。
「邪魔者を追っ払え。……そうだなぁ。あの辺の奴ら、弱そうだなぁ」
熊男がこちらを見る。メロウ+さんが言葉を返す。
「失、礼」
水晶玉の色が一瞬変わった気がした。
「あんた叩き起こしたの私だからね。ナメてるとこわーい夢を見るよ」
「寝るのも面倒くせぇんだよぉ」
熊男。メロウ+さんの声は届いているらしい。
「面倒くせぇ。何もかもが面倒くせぇ。息をするのも面倒くせぇ」
大きなため息をついてから熊男がつぶやく。
「お前らも俺の奴隷にしてやるよぉ……抱き枕にしたり、敷布団にしたりしてやるからなぁ」
何がおかしかったのか分からないが、メロウ+さんがけらけら笑う。
「あんたごときにやられるわけないじゃん」
水晶玉がふわりと揺れる。
「楽、勝」
「じゃあ、こっちに来てみろよ」
熊男が挑発する。
「近づかないと殴れないぜ」
俺からは行かないけどな。次に続く熊男の言葉が分かった気がしたので僕はつぶやいた。
「面倒くさいから」
熊男がにやりと笑う。
「坊やも分かってきたなぁ」
「あいつは私がやっつけるからさ。花ちゃんの方、よろしく頼むよ」メロウ+さん。「援、護」
「わ、分かりました!」僕は「ペン」と「虫眼鏡」を出す。
赤坂さんがメロウ+さんに訊ねる。
「私は?」
「物書きくんが戦闘に巻き込まれそうだったら守ってあげて」
「了解」すっと僕の傍に寄る「脳筋ゴリラ」。
「じゃあ、始まり始まり」メロウ+さんは場に似つかわしくないほどけらけら笑った。「開、始」
僕たちは結月さんたちの方に向かう。
MACKさん戦は激化していた。
さすが、『円卓の騎士』の一人。
MACKさんの剣撃は激しかった。
「魔力が足らん」
幕画ふぃんさんがつぶやく。
「オーガごときを十二体倒した程度の魔力じゃできることも限られる」
「何か戦略はないかな……」
「糸を使ってくる気配はない。……けど、MACKさんの能力がどう曲解されているのかまだ全貌が分からない」
「見たところ攻撃は二パターン」幕画ふぃんさんが剣を構えたまま続ける。
「糸による対象の操作。これには距離がいるらしい。敵が接近してくると、剣術」
それぞれ……。と幕画ふぃんさんは続けた。
「『マリオネットインテグレーター』のキャラの能力を曲解されている。糸で人を操るのはおそらく魔力行使系だから作中に出てくる足の悪い魔導士の能力。大振りの剣を振るのは主人公の少年の能力。だが……」
「魔導士さんは糸で吊り下げたりしないし、主人公も居合を使ったりしない」
「目覚める条件も分からない。やっぱりあの布団の上にいる奴を倒した方が早いのかな……」
「いや、よく見ろ花ちゃん」幕画ふぃんさんが視線だけで示す。
「明らかに妙なのがある……少し、笑えるが」
「……ぷっ」
噴き出す結月さん。僕もつられて彼女たちが見ている先を見つめる。
剣を構えるMACKさん。その頭にあったものは……。鮮やかなピンク色の、一輪の花だった。
頭のてっぺんから花を生やしているMACKさん……確かに見ようによっては滑稽だ。
しかし結月さんが続ける。
「マツバギク……花言葉は、『怠惰』とか『のんびり気分』」
「さすが詳しいな」幕画ふぃんさん。結月さんは胸元のペンダントに手をやる。
「目を覚まして、MACKさん……!」
「あの花をどうにかすればよさそうだな」
剣を構える幕画ふぃんさん。
「『円卓の騎士』……参る!」
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