浄罪、及び幻惑の彼方。

今にも降ってきそうな星の中で

 幻想的な光景だった。幕画ふぃんさんが言っていた通り。

 天井から下りた無数の糸に、いくつもの光る球体が取り付けられている。

 暗闇の中、それらがぼんやりとした明かりを発している。

 ほんのりと青みがかった光。まるで宇宙に浮かぶ恒星のようだ。

 その中に、結月さんの友人は浮かんでいた。

 MACKさん。手を差し伸ばし、指を小刻みに動かす。


 途端に幕画ふぃんさんの動きが止まった。


「……君たち、すまんのだが」

 声が、震えている。

「やられた……仕掛けられた……多分持って後一分だ……逃げてくれ……」


「な、何を……」

 と僕が言いかけた瞬間、眩暈のような感覚があったかと思うと、僕は幕画ふぃんさんからかなり離れた地点に立っていた。アンニュイな感じの声が聞こえてくる。


「距離とった方がいいねぇ」メロウ+さんだった。「隔、離」

 その瞬間だった。

 幕画ふぃんさんが近くにいたアカウントに切りかかった。

 咄嗟に剣で防御するアカウント。しかし、硬質な何かが折れる音が響き渡った。


「剣ごと切った……?」

 目に飛び込んできたのは、黒剣を振り下ろした幕画ふぃんさんと、頭頂から真っ二つにされた「King Arthur」のアカウントだった。

「逃げろ! 逃げてくれ! 私から距離をとれ!」

 幕画ふぃんさんが叫ぶ。

「私は操られている! とにかく逃げろ!」


 剣を振り回す幕画ふぃんさん。先程オーガを切り捨てていた時とは違い、やったらめったらな無駄の多い動きだ。だが、剣を振り回していることに変わりはない。危険だ。


「幕画ふぃんさんに切られたら終わりだ!」

「太刀打ちできねぇ!」


「逃げろ! 逃げてくれ!」

 言葉とは裏腹に、剣を振り回し続ける幕画さん。戦場は大混乱だった。


 鋭い黒剣が振り下ろされる。その下には一人の逃げ遅れたアカウント。悲鳴。しかしその時。


「ごめんなさい。ふぃん様……」

 黒狼グレイルだった。人型。たくましい腕が幕画ふぃんさんの手首をつかみ、剣を振り下ろさせまいとしていた。

「暴力を振るうことを、許してください」

「……いや、止めてくれてありがとう」

 幕画ふぃんさんが歯を食いしばる。

「さっきの救出の恩と、この恩。一生忘れない」


「『ノラ』!」結月さんが叫ぶ。

「多分、MACKさんだ! あの人の作品はこんなんじゃないんだけど、『暴走型エディター』に曲解されているのかもしれない!」

「どんな作品なんですか?」

 僕は叫ぶ。結月さんが何とか幕画ふぃんさんを押さえ込みながら答える。

「すごく、私なりの解釈を口にすると……」

 幕画ふぃんさんを押し倒し、獣型に変身する結月さん。四肢で幕画ふぃんさんを押さえ込みながら彼女は続ける。

「精霊の言いなりになっている国で、少年が自由と解放を学ぶ物語……」

「タイトルは?」

「『マリオネットインテグレーター』」


 するとメロウ+さんが、不意に言葉に影を滲ませながら口を挟む。

「のんびり作品を読んでいる場合じゃないかもねぇ」水晶玉が、ふわりと揺れる。「遭、遇」

 彼女の示す先。

「糸の間」の奥。低い階段がいくつも連なった段の向こう。扉の近くに、それはいた。

 まず目に入ってきたのは……布団? 

「外のバリアの主だね」栗栖さん。いつの間にかヒルスの剣を構えている。

「叩き起こせばいいんですかね?」赤坂さん。こちらもいつの間にか「脳筋ゴリラ」。


 僕たちの目線の先。

 大型の熊のような生き物が枕に突っ伏すようにして眠っていた。唸り声のような特大のいびきをかいている。眠っている……ようだ。

「H.O.L.M.E.S.が見せてきた映像と違いませんか?」

 僕が訊ねると、メロウ+さんが答える。

「でもあいつっぽい。ほら」

 と、「King Arthur」の面々を示す。

 混乱する戦場。中には魔法攻撃で味方を拘束しようとする人物もいる。それらの魔法弾の内いくつかは熊のいる方に飛んでいった。流れ弾だ。が。


 飛んでいった魔法弾の動きが、熊に近づくほど遅くなり、やがてそれは宙で静止した。僕はつぶやいた。


「城の外を覆っていたバリアと同じ性能……」

「それとさぁ、見てみ」メロウ+さんがとろんとした目を尖らせて、睨む。

「上で人を操っているアカウントの他にも、いる」


 布団にくるまっている熊の、両サイド。

 よく見ると、闇に溶け込んで。

 虚ろな目をしたアカウントが二名いた。

 オレンジ色の長髪。だがしっかりした体つきの男性型アカウント。

 血のように真っ赤な髪をした小柄な……ほとんど少女だ……女性型アカウント。


「アカウント情報、持ってるね。間違いなく『カクヨム』ユーザー」

 栗栖さんがつぶやく。僕はインテリジェンスアシスタントシステムにアカウント情報を問い合わせた。


 まず、頭上にいる人物。MACKさん。

 アカウントID「@cyocorune」。紹介文「面白いと思った段階で★を付け、レビューはタイミングを見て入れております。ツイッターで絡みがあれば、絵で描くレビューと言う感じで、ファンアートも提供しています。頻繁に応援コメントでお邪魔します。他作家さん作品へのレビューへの”イイネ”は「読むきっかけになった、参考になった!」という意味で押させていただいております・・・! ●カクヨムに限定して拝読中。読まないジャンル(ラブコメ、ホラー、アダルト)好みのジャンル(異世界ファンタジー←昔ながらの)」。


 次に熊の両サイドを囲んでいる内の、オレンジ色の髪をしている方。

 アカウント名Ai_neさん。アカウントID「@Ai_ne17」。紹介文「Ai_ne(あいね)です! 現在「アーク トゥ ヘブンズ」の序章完結、新章執筆にあたっています! Twitterでも応援コメントでも気軽に話しかけてください!!! 全返信します!! Ps.いつも応援してくださって本当にありがとうございます!! これからも頑張るのでよろしくお願いします!」

 明るい紹介文だ。ムードメーカーになりそう。そんな人が虚ろな目をして項垂れている。痛々しい、というより、何だか異様な気配だ。


 次。熊の両サイドを囲んでいる内の、少女みたいな方。

 アカウント名道裏星花ーどううらせいかーさん。アカウントID「@soutomesizuku」。紹介文「道裏 星花(どううら せいか)、JKです! 真実の夢物語ってグループで歌い手をしてします! 自己紹介で飲み物の話をする人です。チャイ作りが趣味って言いながら1ヶ月くらい作ってないので詐欺です。そして飲み物のネタがもう無い……。」。

 女子高生。ということは僕と歳が近い。歌い手もやっているのなら歌も上手いのだろう。少女な見た目……から、癒し系なイメージ。そんな人が目の光を失って立ち尽くしている。


 二人はボーっとしている。こちらに襲い掛かってくる気配はない。しかし、こちらが接近すれば、あるいは反応を示すかもしれない。警戒する。立ち尽くす二人と、頭上の一人。


 天井の明かりはまるで星のようだった。糸が垂れているからだろう。こちらに迫ってくるかのようだった。

 そんな、今にも降ってきそうな星の中で。

 頭上のMACKさんが指を動かす。味方同士で斬り合いが起こり、あちこちから悲鳴が聞こえた。


「すまんがそのまま押さえていてくれ……」

 幕画ふぃんさんが結月さんに頼み込む。


「おそらく、だが仮説がある」

 幕画ふぃんさんが苦しそうにつぶやいた。

「『ノラ』の方々! 剣を使える者は?」

 栗栖さんがヒルスの剣を構える。「いるけど」


「私の仮説を検証して欲しい……攻略法だ」

 幕画ふぃんさんが上空のMACKさんを見つめる。


「彼は『円卓の騎士』の一人……取り戻せば、戦力になる!」

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