糸
城内を歩く。
『エディター』はそこかしこにいた。
おそらく『参照型』。ゴブリン、オーク、二つ頭の獣など、さまざまな化け物が城の中を占拠していた。
中でも僕の目を引いたのは……。
虚ろな目をして、両腕を突き出しながらこちらに迫ってくる、謎のアカウント。
アカウントであることはおそらく、間違いない。人型だし、同系統のモンスターのはずなのに明らかに服装が異なる。鎧を着ていたり、魔導服に身を包んでいたり、さまざまだ。もしかして、だが。
「ゾンビだな。あるいは屍人」
幕画ふぃんさんがつぶやく。
「死亡したアカウントにウィルスを入れたか」
動きは緩慢だったが、しかしまとまった数で来られると厄介そうだ。加えて、先述のモンスターたちも飛び掛かってくる。城内はさながら戦場だった。
しかしそれらとの戦闘において僕たちはほとんど出る幕がなかった。「King Arthur」の面々が撃破するのだ。
「死した者たちのためにも戦え! 罪を償わせるのだ!」
幕画ふぃんさんの号令に従うように「King Arthur」の面々が『エディター』たちを駆逐していく。魔法、剣、幻獣のテイム。各々の得意技を活かして『エディター』たちを討伐していく。完全に僕たちは出番がない。
「楽でいいかもね」栗栖さんがのんびり歩きながらつぶやく。
「腹ごなしに戦闘したいんですけど……」赤坂さん。お腹はまだ膨れているらしい。
僕はそんな彼女たちの言葉を耳に入れながら、幕画ふぃんさんが放った言葉を頭の中で反芻させていた。
死した者たち。
幕画ふぃんさんがゾンビたちを見つめる目は、悲哀に満ちていた。かつての仲間を倒す。それはきっと、胸の痛む行為だったに違いない。
しかし。
「躊躇するな! 仲間の体を乗っ取っているのは『エディター』だ! 仲間を呪縛から解放しろ!」
檄を飛ばしながら、自身も先陣を切って戦闘する。振るわれる漆黒の剣。やはり何かある。
それは、特定の敵を撃破した時のみ確認できる変化だった。
オーガ……鬼のような見た目をした巨躯のモンスター……を倒した時だけ、幕画ふぃんさんの体に明らかな変化がある。身に纏うオーラが変化するというか、最初は目視できないものだった気配が、オーガを切るたびにだんだんハッキリと目に見えるようになってくるのだ。紫……黒……何とも形容し難い色の、これまた形容し難い「気配」のようなものが色濃くなる。
そしてその「気配」が色濃くなればなるほど、幕画ふぃんさんは強くなっていた。剣を振るう速度、瞬発力、反射神経、どれをとっても格段に進歩している。今のところ剣技に特化しているが、あれ、もし「魔力」とかの類なら、魔法も……?
僕は結月さんに訊ねる。
「あの、幕画ふぃんさんって……」
「ふぃん様の基本能力は、ライフスティール系なの!」
ぴょんぴょんと跳ねる結月さん。
「魔族を倒すと魔力を回復するの」
「回復?」
「ふぃん様の小説読んでみて。魔王と勇者が入れ替わっちゃう話」
ファンタジー版『おれがあいつであいつがおれで』だろうか。
「能力発動時は魔力ゼロ。肉体も脆弱な人間のまま。でも魔族を倒すと……」
オーガの首が刎ね飛ばされる。倒れる巨体。その先に立っていたのは。
もはや禍々しいという表現が妥当だろう。幕画ふぃんさんの周りの空間が歪んでいるようにさえ見える。手には一振りの黒剣。オーガのものだろう。血が滴っている。
長い黒髪がゆらりと揺れたかと思うと、一瞬で姿を消した。次に目を開いた時には、近くにいたゾンビアカウントの胴体が切断されていた。
「……すまん。眠ってくれ」
ゾンビアカウントを切った幕画ふぃんさんが告げる。
「『エディター』に乗っ取られている間はログアウトもできまい。せめてこうしてアカウントを殺せば、あるいは、無事にVR装置から脱出することもできるやもしれん」
「幕画ふぃんさん!」
遠くから声が上がる。「King Arthur」の人の声だ。
「魔法を使うゾンビが!」
遠距離攻撃ができるゾンビ? それはなかなか厄介な……。
幕画ふぃんさんが返す。
「魔法封じのアカウントがいるだろう!」
「それが、うまく能力が使えなくて……」
戦線は大混乱。手から鳩を出すだけのアカウント、剣が発泡スチロールに変わっているアカウント。
「『暴走型エディター』に暴走させられているんです!」
結月さんが幕画ふぃんさんに叫ぶ。
「作品が拡大解釈されたり曲解されたりします!」
「どういうことだ?」
「能力が正しく使えません!」
いつの間にか結月さんが
「助太刀いたします!」
「いや、いい!」
剣を振るう幕画ふぃんさん。
「君たちは我々の救出にエネルギーを割いた! 回復に努めてくれ!」
「でも……」
「……いざという時に頼るかもしれん」
オーガを切り捨てる幕画ふぃんさん。
「その時は、頼む……!」
「King Arthur」の面々が道を切り開く。僕たちは自衛のみしてその道を突き進む。
やがて、玄関広間に辿り着いた。僕たちがこの城に入ってきた時に使った玄関扉から見て右横、大きな木製の扉を開けて広間に入った。
状況は僕たちが入った時のままだった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
壁に頭を打ち付ける女の子の魔法使い。
「死んでくれえええええ!」
絶叫する騎士。
「ぬくぬく。ぬくぬく」
ワニの剥製に頭を突っ込む男。
「ヒーラー! もしくは神官!」
幕画ふぃんさんが指示を飛ばす。
「再起動だ!」
ファンタジーの世界で再起動とか言うなよ……。なんて思ったが、アカウントの異常行動に対処する初歩はやはり再起動なのだろう。
やがて正気を取り戻すアカウントたち。
「……私……何を……」
自分の手を見て愕然とする女の子の魔法使い。
息を切らし、顔を両手で覆う騎士。
「俺のジョンソンが……」
ワニの剥製を痛まし気に見る男。どうやら彼が飼っていたドラゴンらしい。
「戦闘に参加できる場合のみついて来い。そうでなければ教会へ向かえ。回復処置をしてくれる」
すたすたと広間の階段を上る幕画ふぃんさん。既に彼の発するオーラは彼の周囲一メートル前後の空間を歪めるほどになっている。
「『ノラ』の方々!」
「はいっ!」結月さんが飛び跳ねる。
幕画ふぃんさんが階段の向こうにある巨大なドアに手を掛ける。
「この先が『糸の間』だ」
沈黙。だが、彼は黙りながらも「この先は何が起こるか分からん」ということを伝えてきている。僕は「ペン」と「虫眼鏡」を取り出す。
「気を付けてください……!」
結月さんがドアを押そうとする幕画ふぃんさんに近寄ってつぶやく。
「臭いがします。かなり濃い……!」
「行くぞ」
幕画ふぃんさんがドアを開けた。光が暗闇に僅かな筋を入れた。僕たちはおそるおそる中に入る。
室内。
暗くてよく見えない。視覚認識ソフトが暗闇になれるのを待つ。全員、警戒は怠らない。と……。
「ぎゃっ」
アカウントの悲鳴。
「うわうわうわ!」
剣が風を切る音、次に聞こえてきたのは、誰かが剣を止める音だった。
「どうした! こっちは味方だぞ!」
混乱している。声のした方を見ると。
「King Arthur」の一員が、同じく「King Arthur」の一員に切りかかっている場面だった。幕画ふぃんさんが叫ぶ。
「何があった?」
「急に襲い掛かってきて……」
「か、体が……」襲い掛かった方のアカウントが苦しそうに告げる。
「体が、勝手に……」
「え? あれってまさか……?」
混乱する「King Arthur」の面々を尻目に、結月さんが驚く。彼女の視線を追って、僕は部屋の上空を見つめる。
金髪の……女の子? いや、男か? 性別不明のアカウント。しかし、そいつが手を……厳密には指を……動かすと。
「逃げてくれぇ!」
味方が暴れ出す。あの金髪、人のアカウントを操っている……?
結月さんが獣型の
「MACKさん……」
「まっく?」僕は訊き返す。それに答えるように、
「そう、MACKさん……私の……友達」
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