カタコンベから教会へ

「ぬっ、脱ぎますっ」

 栗栖さんによる突然の脱衣宣言。僕は慌てる。

「な、何で……?」

「カードだ! 物書きくん!」

 白狼レティリエの結月さんが叫ぶ。

「まだそいつの臭いがする! 取り上げて!」


 大急ぎで僕は栗栖さんの手から〈色欲ルクスリア〉のカードを奪う。

 途端に正気に戻る栗栖さん。


「……今、私おかしかったね」

 静かに自分のことを見つめ直す栗栖さん。

 僕はカードを見る。「この状態になっても影響力があるのか」

「破くとか、燃やすとかしないと駄目なのかも」結月さん。「危険だから処分する? 何かに使える気もするけど……」

「結月さんが治ったってことは、カード状態にしておけば触れない限り影響下には置かれないってことですよね」神妙な顔をする赤坂さん。


 結月さんが考えるような顔をする。

「うーん、じゃあ、一旦とっておこう。物書きくんは感染する作品がないからカードに触れていても問題ないみたいだし」

 物書きくんが保管して。結月さんにそう言われ、僕はカードをしまう。

 栗栖さんが天井を見上げながらつぶやく。


「すごい……骨だ」

 彼女が見つめていた天井を見る。

 無数の骨。僕がすぐにそれと確認できるのは頭蓋骨だけだが、太い骨、細い骨、数多の骨が、天井に壁に、敷き詰められていた。

「カタコンベ、というやつでしょうか」赤坂さん。

「ってことは、上には教会」栗栖さんが顎に手を当てる。

「城の外で私たちに思念を送ってきた人。あの人、『教会にいる』って」

「救出しに行こう」結月さん。「『King Arthur』の一員だよね? それも唯一正気を保っている。話を聞こう」


 結月さんが風の匂い辿って出入口を見つける。ある壁の前で立ち止まる。黒狼グレイルで粉砕した。壁の向こうには……上へと続く階段。

 四人でゆっくり階段を上る。


 途中、『エディター』と思しき謎の本を撃破した。空飛ぶ本。ページに歯がついた本。炎や電撃を吐き出す本。

 これらの『エディター』は栗栖さんがあっさり倒した。空中から取り出した鋭い剣を鞘にしまい、再び空中で消してしまう彼女に僕は問う。

「……剣士系の能力なんですか?」

 しかし彼女は笑った。「内緒だね」

「人の匂い」結月さんが鼻を動かす。「この先に、誰かいる」


「敵ですか?」赤坂さんが不安そうに訊ねる。しかし結月さんが今度は耳を動かす。

「敵意は感じない。おそらく、だけど」

「King Arthur」の人……。

 ここにきてようやく接触できそうな「King Arthur」ギルドの人間に、僕の胸は不思議な鼓動を刻む。


 階段をひたすら上る。小さなドアが見えてきたのは、篝火の明かりが強くなった頃だった。

 屈まないと入れなさそうな、小型の鉄のドア。栗栖さんが手を伸ばす。

「開けるよ」結月さんに確認をとる栗栖さん。

「敵は出てきそうかな」

「ドアの近くにはおそらくいない」鼻を動かす結月さん。

「安全。何かあったらフォローする。行こう」


 そっと、ドアを開く。

 高い天井。大きなシャンデリア。玄関広間のものとは違い、こちらはすぐに折れてしまいそうな細い蝋燭を使っている。

 壁際に規則正しく並べられた燭台。比較的、明るい部屋だ。


 僕たちはそんな部屋の一角から出てきたようだ。

 目の前には木製のアンティークベンチ。部屋の中央にいくつも並んでいる。こちらもやはり、規則正しい。

 僕たちが出てきたドアの右手側に、高さ優に五メートルは越す大きな鉄のドアがあった。と、背後で大きな物音。


「ごめんなさい!」

 赤坂さんが小さな声で叫ぶ。どうやら僕たちが入ってきた鉄のドアを大きく閉めてしまったようだ。警戒の色を強める結月さんと栗栖さん。

 しかしすぐさま、僕たちに向かって飛んでくる声。


「誰かいるのですか」

 

 高らかな声。しかしどこか厳格そうな雰囲気もある。

 それは祭壇の方から聞こえてきた。僕たちはおそるおそるその声にした方に顔を向けた。アンティークベンチの背後から、そっと顔を覗かせる。

 その声の主は、祭壇の前、一際明るい場所の中央に、立ち尽くしていた。



 僕たちの目の飛び込んできた人物。

 血……と思われるものが衣装に付着している、修道女。顔面蒼白。多分、そこの祭壇の上で棺桶に突っ込まれていても違和感はない。……あるいは、さっきまで僕たちがいたカタコンベの中に埋葬されていても。


 僕たちを出迎えたのはそんな人だった。僕の近くで結月さんが黒狼グレイルに変わる。

「誰?」警戒する。「返答によっては消えてもらう」


「おお、おお、あなたたちは……」

 修道女が手を広げる。

「城の外で侵入を試みていた方たちですね」


 やっぱり思念の人か? 声が似ている気がした。赤坂さんが不信感を顔に滲ませながら訊ねる。

「『King Arthur』の人ですか……?」

「そうです、そうです」

 彼女はすっと腕を動かすとアカウント情報を提示してきた。

「……メイルストロムと申します」


 メイルストロムさん。アカウントID「@siranui999」。紹介文は「深き電子の海より参りました。1話あたり約3500~5000字前後を目安に書いている感じです。誰かのしあわせの影には誰かの我慢や犠牲が付き物っていう考えがあるのでその、絶望がないと不安というね。なので基本、みんな幸せ大団円というのは書きませんし書けません。それを踏まえた上でお読み頂けたらと思います。」。

 アカウント情報からは男性か女性か分かりにくい。修道女、の格好をしているからもしかしたら女性の可能性はあるけれど……『死霊館のシスター』みたいなホラー映画が好きな男性という可能性もあるしな。


 どうぞこちらへ、と示されたので、僕たちは祭壇の方へ近寄った。小さなテーブルが置かれている。メイルストロムさんはその近くにあった四脚の小さな椅子を示した。それから、ふと祭壇の方に消える。


「私、実は『エディター』騒動の直前にこの『カクヨム』にて小説を書き始めた者でして……」

 祭壇の陰から現れるメイルストロムさん。ことり、と僕たちの前の小さなテーブルに銀杯を置く。中には血のような色をした液体。

「あ、ワインじゃないので未成年の方でも」

 VR世界でも未成年の飲酒は禁じられている。「酒」情報の混入によるアカウントの錯乱は、装置を使用している人間の脳にも影響を与えるため、例え電子情報でも脳に入れることは禁じられているのである。


「……私、とにかく書いている作品が少ないので、此度の騒動ではほとんど自衛ができず、こうした大きなギルドに参加することで身を守っておりました」

「まぁ、確かに『King Arthur』なら身の安全は保障されそうだね」

 栗栖さんはそっと、赤黒い液体に口をつける。


「でも実際はこれじゃん」

 結月さんは銀杯の匂いをふんふんと嗅いでから口をつけた。

「異変はいつから?」

 結月さんの言葉にメイルストロムさんは答える。


「そうですね。最初の異変は今から一週間前に、当ギルドの幹部である方が気づいたのがきっかけでした」

「何に気づいたの?」

 結月さんの質問にメイルストロムさんはすぐに答えず、ゆっくりと祭壇の階段を上がると、静かに振り向いてから、口を開いた。


「ギルド長が……おそらく『エディター』騒動が始まった一か月前から……殺されていたことに」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る