城壁突破
「この跳ね橋何とかならない?」
すずめさん。城の前にて。
跳ね橋が上げられていて、城壁の周りに敷かれた幅十メートルほどの水路が僕たちを邪魔していた。
泳いでそれを渡ったとしても、向こう岸には足場さえない。
「何とかしましょうか」
囁く栗栖さん。しかしメロウ+さんが被せる。
「中の人に何とかさせよう」水晶玉がふわふわしている。僕はまだ酔っているような感覚だった。「説、得」
「あの思念からは連絡はないし……」
結月さん。ようやく正面を向けることに安堵している様子。
「そもそもこれって物理的にどうにかすればいい問題なんですか?」
首を傾げる赤坂さん。
「……椅子で橋作っちゃおうか」
半ば自棄みたいなテンションの加藤さん。
「H.O.L.M.E.S.。この距離なら内部と連絡できないか?」
眼鏡型端末に訊ねる飯田さん。
〈受信ポイントを測定……城内には存在しません〉
「そりゃ相手はファンタジーだ。アンテナでも立ててると思ったのか?」
すると栗栖さん。
「現代ファンタジーの可能性だってあるから」
と、まず変化があったのは飯田さんだった。
「H.O.L.M.E.S.、H.O.L.M.E.S.。どうした? 何があった?」
すぐさま、大きな静電気みたいな音。
「痛っ」短い悲鳴。みんなで飯田さんを見る。
「壊れた……」
眼鏡型端末を手からぶら下げる飯田さん。
「これ、ものすごく頑丈な端末だぞ。壊れるってもしかしてあれか?」
暴走型……おそらくみんながそう思っている。
軽く端末を眺める飯田さん。
「ショートしてるな。これも『暴走』か?」
「え、じゃあ飯田さん戦力外じゃないですか」
僕がつぶやくと、すずめさんがくすくすと笑った。頭上を見上げている。
「いいの見ーっけ」
オペレーション。すずめさんがそう口にすると、途端に彼女の体がメタリックなスカイスーツに包まれた。まるで、それこそ、スーパー戦隊か仮面ライダーのように鮮やかな変身。
無駄のない素早い動作で
低くて鈍い音。一発。
はらりと何かが落ちた。それがロープの切れ端であることを確認すると同時に、ものすごい音を立てて跳ね橋が落ちてきた。
衝撃で水面が震える。
意外にも、橋の向こう側の門は、開いていた。
「すずめさんさっすがー」メロウ+さん。嬉しそう。「感、激」
「さて、入りますかね」
すずめさんの声を合図に、全員で、歩いて橋を渡る。
しかし、僕だけだろうか。
こんな簡単に、入れて大丈夫か、と思っているのは……。
遠い、どこかから。
石に何かがぶつかる鈍い音が聞こえてくる。
空を切る音。鋭い何かを振り回している。
呪文のような低い声。
城の門をくぐった後は薄暗闇に包まれてよく見えなかった。
が、城内に入るとすぐに燭台の明かりが僕たちを出迎える。
大広間。特大のシャンデリアが天井から吊るされている。
何本立てられているのだろう。無数に見える明かりは一本一本が太い蝋燭だった。
そんな蠟燭の明かりが僅かに及ばない、部屋の隅、大きな壺の傍で。
延々と壁に頭を打ち付け続ける、一人の女の子。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
何かに謝っている。と、次の瞬間。
「死ねぇええ!」
絶叫が聞こえたと思ったら鈍い音を立てて何かが飛んできた。すずめさんが片手で叩き落す。
床に落ちたもの。それは銀の剣だった。
「死んでくれぇぇぇ!」鎧に身を包んだ男性。叫びながら頭を押さえ、おぼつかない足取りで体をよじっている。
その脇で。
「温かいなぁ……」
くぐもった声。水に頭だけを浮かせたワニのように間抜けな恰好をしたドラゴンの口に、深々と頭を突っ込んだ男性。よく見ると、そのドラゴンは、剥製だった。
「カオス」メロウ+さん。へらへらと笑っている。「混、沌」
故障した眼鏡型端末を折りたたんで胸ポケットにしまった飯田さんがつぶやく。
「僕たちは平気なのか」
ふらふらと結月さんの顔の前で手を振る。
「僕たちは正気か?」
「多分、正気です」平然と結月さん。「さっき正気を失った私が言うんですから」
「太朗くんってば面白い……」加藤さんが小さく笑った。
「能力に異常が出ているのは加藤さんと太朗くんだけ?」
すずめさん。
「他の人は大丈夫なのね?」
「おそらく、は」栗栖さんが自分の手を見つめて告げる。
「私も大丈夫かな……」不安そうな目線を周囲に投げる赤坂さん。
と、次の瞬間。
本当に、一瞬だった。
目の前を歩いていたすずめさんが、消えた。
「ほーら見ろ」飯田さん。あれ? 彼の声……上ずってる?
「消えちまったぁ」
「あはは、あはは」メロウ+さん。「消えちゃったねぇ」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。念仏でも唱えているかのような栗栖さん。
「えっ、えっ、えっ」呼吸困難になったかのようにえずく赤坂さん。
「お弁当、食べようかぁ」頓珍漢な加藤さん。
「警戒して」僕の背後で結月さん。どうしてだろう、さっきより声が低い気がする。「……臭う」
「警戒ってどれに……」
と、振り返りかけた僕に、突然背後から大きな塊が襲い掛かってきた。
体を捻りながら背中から着地する。
叩き付けられる。一瞬、息が止まる。
低い、唸り声。
ぽたぽたと、頬に粘度の高い水滴。
それでも何とか、顔を上げると。
な、何だ……?
特大の四足歩行の獣が、僕の上に覆いかぶさっていた。
大きな口。闇の中に溶け込んでしまいそうだが、しかしシャンデリアの明かりを受けて艶やかに輝く黒毛。どこから影か、分からないくらい黒い。
低く唸りながら牙をむいている。視界の端に僅かに見えたのは、爛々と輝く大きな目玉。
悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、しかし胸の辺りをその獣に抑えられていて動けない。鋭い爪が食い込む。肋骨がみしみしと音を立てる。
「た、助け……」
その時気づいた。
あれ、僕の周り、誰もいない?
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「死ねっつってんだろぉ!」
「ぽかぽかだなぁ」
周囲の音、そして耳の底で響く獣の唸り声。
やばい。僕おかしくなったか?
「あーあ、外しちまった」
いきなり、頭上から声。
甲高いが、男の声だ。
「後はその坊やとお前だけだったのに」
別の声。こっちはくぐもったような低い声だ。
「だ、誰……」
と、言いかけた時だった。
何かが叩き付けられるような音がして、いきなり体が軽くなった。
僕の上の獣がバランスを崩す。しかし体勢が維持できないのは僕も同じだった。
落ちているのを認識したのは、その後だ。
間抜けな悲鳴が胸から漏れた。
落ちていく。
漆黒の、闇の中へ……。
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