裏切り

「何か知らないがよくなったな」

 飯田さん。すっくと立ちあがる。

「君が?」

 飯田さんが「ペン」を握った僕に訊く。僕は頷く。

「はい!」


「……でかした」

 眼鏡型端末の奥で飯田さんの目が光る。

「その『ペン』、回復手段にもなるんだな」

 ぶつぶつと飯田さんがつぶやく。

「死んだ日諸さんとまちゃかりは諏訪井が『もう一度The Deal』できる……」


 何だその「でえじょうぶだ、ドラゴンボールで生き返る」みたいな理論は。


「っていうか、最悪君の『ペン』でも……?」

「まぁ、可能性としては」


「諏訪井の疲労度によっては頼る」

 飯田さんは眼鏡型端末をかけ直した。

「とりあえず、下だ。日諸さんとまちゃかりを助ける!」

「はい!」


 僕は諏訪井さんに合図を送った。

 すずめさんを叩き落して、無事に図書館の僅かな屋上スペースに着地していた諏訪井さんは、走ってこっちに、寄ってきた。



 階下。

 燃えた本。本棚。そしてテーブル。瓦礫。


 亜未田さんとヒサ姉が立ち尽くしていた。


「間に合わなかった……」

 ヒサ姉が絶望的な声を上げる。その足元には。

 虚ろな目をした、日諸さんと、まちゃかりさん。


 しかし亜未田さんがぴんぴんした飯田さんを見て、つぶやく。


「諏訪井が……?」

「いえ、僕が」

 ちょっぴり、胸を張る僕。諏訪井さんがにやにやする。

「意外と使える、こいつ」


「す、諏訪井の手が空いているなら……」亜未田さんが足元の二人を示す。

「『もう一度The Deal』してくれ!」


「言われなくても!」

 諏訪井さんが両手をかざす。

 次の瞬間。


 おそろしい夢でも見た後のような荒い呼吸で、日諸さんとまちゃかりさんが目を覚ました。


「う……俺は?」日諸さんが辺りを見渡す。

「諏訪井だ。何とかなった」飯田さんが申し訳なさそうに日諸さんに手を貸す。

「悪かった。僕のミスだ」


「何があったんですか?」

 僕が訊ねると、飯田さんはその辺りに転がっている本棚を示した。

 切断されている。鋭利で大きな、刃物で。

「すず姉の攻撃力がこちらの想定の八千倍くらいあった。『障害物ごと切断された』」


「……まずその一撃で、僕がやられたんだね」

 まちゃかりさんが事実確認をするようにつぶやく。分かる。自分が死んだ瞬間って、認識できない。


「次にすず姉の防御力がこちらの想定の六万倍くらいあった。日諸さんの『カムイ』でも歯が立たない」

「触れることはできたんだけどな……」日諸さんが悔しそうな顔をする。

「俺の記憶があるのはそこまでだ。その後やられたのか」


 飯田さんが頷く。


「ここまで三分もかかってない。カップラーメンくらいの手軽さで二人やられた」

「え、じゃあ後は……」

「『諏訪井が来れば何とかなる』理論で自分を励ましながら逃げ回る」

「地獄かよ……」ヒサ姉。「よく耐えたね」

「耐えてない。死にかけた」腹を擦る飯田さん。「危うくバーベキューだ」


「こういう状況でも飯田さんって冗談言えるんすね」呆れたような諏訪井さん。

「冗談でも言わないとやってられな……」と、飯田さんが言いかけた時だった。

〈警告! 攻撃!〉

 H.O.L.M.E.S.が叫んだ。次の瞬間。

 残り少ない図書館の壁が、吹っ飛んだ。


 慌てて僕たちは頭を覆う。瓦礫片がミサイルみたいに飛んでくる。

 もうもうと立ち上る煙の向こうに見えたのは。

 空中に浮かび、銃口をこちらに向ける、すずめさんだった。


「すず姉、大好き」飯田さん。

「こうやってみんな心の壁も取っ払ってくれるいい人だったんだ」

「ふざけてる場合じゃないですって!」諏訪井さん。

「固まってたら全滅する! 逃げな……」


 銃撃。マシンガン掃射。

 即座にまちゃかりさんと日諸さんが反応する。

「逆だ! 固まれ!」日諸さんが叫ぶ。


「あっぶねー。……でも打ち合わせ通り」

 まちゃかりさん。日諸さんにアイコンタクトを送っている。

「……だな。もっと早くこの手を使えばよかった」


 まちゃかりさんが、盾を構える一方で。

 日諸さんがその盾の裏側に、手を添えていた。


「『君の姿と、この掌の刃』では、『ホトミ』というキャラがいてな」

 日諸さんがつぶやく。

「『カムイ』で盾を作れるんだ。あ、ちなみに俺は1000PVユーザー」

「『カムイ』って何ですか?」

 僕が訊くと、日諸さんは笑った。

「ネタバレにつき自主規制」


「要は、まちゃかりの盾を強化できるってわけだ!」

 飯田さんが叫ぶ。

「マシンガン掃射っつっても銃口は一つだ! 一点だけ守れれば何とかなる! そして……!」


 飯田さんが盾越しに何かを放った。視覚認識ソフトで追ったそれは……薄い、パッドのようなものだった。


 ひゅっ、とフリスビーのように回転して飛んだそれが、マシンガンを撃つすずめさんの胸にくっつく。


「H.O.L.M.E.S.!」

 飯田さんが叫ぶ。

「電気ショックだ!」


 ぶっといゴム紐でゴムパッチンしたような音が響き渡った。


 銃を構えていたすずめさんがその場で痺れたように動きを止めて落下する。


「H.O.L.M.E.S.は『犯罪捜査及び防犯用人工知能』だ」

 すっと、飯田さんが胸ポケットから先程投げたと思しきパッドを取り出す。予備だろうか? 

「このパッド、H.O.L.M.E.S.の操作で電気ショックを与えられる。即席AEDみたいなもんだ」


「すずめさんを救出しよ!」ヒサ姉だった。「しばらく動けないでしょ?」

「ああ。でもすず姉、こっちの想定の六万倍くらい頑丈だから……」


 銃声。今度は、野太い。おそらくだが、ライフルだ。

 まちゃかりさんの構えていた盾が震える。


「ほらな?」首をすくめる飯田さん。「あのスーツお化けなんだよ。何とか脱がせないかなぁ?」

 いや、セクハラじゃなくて。ふざけている飯田さんを放っておいて亜未田さんがつぶやく。

「スーツのエネルギー源は? 無限じゃないだろ」

「なるほど」飯田さんがつぶやき返す。「消耗戦に持ち込むわけだな?」

「何とかなるか?」

 亜未田さんが「カムイ」で強化された盾を構えるまちゃかりさんに訊ねる。

「分かんない。けど一撃がとにかく重い……」まちゃかりさんが呻く。

「『カムイ』もそんなには持たない」日諸さん。こっちもしんどそうだ。


「何とか耐えろ。すず姉のすっぴんが見れるぞ!」

 飯田さんはH.O.L.M.E.S.と繋がっている眼鏡型端末に指を添える。

「H.O.L.M.E.S.! すず姉のエネルギー源を分析しろ!」

〈リュック型バッテリーを確認。動力源だと思われます〉

「エネルギー残量は?」

〈分析中……〉

 H.O.L.M.E.S.が沈黙する。

〈残量、六十七%〉

「そんなにあるのか」

 飯田さんが天を仰ぐ。


「……二十%台になれば攻撃も少し控えめになるはずだ」

 無理矢理なポジティブ思考。しかし飯田さんは続ける。

「H.O.L.M.E.S.、後どのくらいでそこまで行く?」

〈算出中……〉


 再びの沈黙。その間も、銃撃は続いている。

 砂を擦る、軽い音。

 おそらく、だが。

 すずめさんがこちらに近づいている。

 僕たちの動きを止めるために、銃撃の手は一切止めずに。


 多分だが、後一分もしない内に接近戦に持ち込まれる。

 そうしたら、銃弾というストックのことも考えずに、すずめさんは戦える。

 こっちの接近戦頼りは日諸さんと亜未田さん。

 しかし少なくとも日諸さんの「カムイ」は歯が立たないことが立証されている。

 諏訪井さんは消耗してるし、ヒサ姉の動きじゃ見切られる。


 と、僕が絶望している間にH.O.L.M.E.S.が報告を上げてくる。


〈算出完了。現状のまま戦闘を続けられれば後四時間ほどで十八%まで減らせます〉


「そんなに持たな……」と、日諸さんが言いかけた時だった。

 鈍い音を立てて、まず、まちゃかりさんが吹っ飛んだ。左方向へ。すぐさま声が聞こえる。

「いてて……」

 頑丈な人だ。とりあえずは生きている。


 しかし。盾となってくれていたまちゃかりさんがいなくなった、僕たちの目の前には。


 メタリックなスーツに身を包み、ロングソードを振りかぶるすずめさんが、いた。

 刃が輝く。死の輝き。刹那の灯。


 あ、死ぬんだ。そう思った時だった。


 振りかぶった剣に何かが巻き付いた。見覚えがある。が、認識より先に。


「……るかに、言われたから」


 すずめさんの背後。

 あくまでも美しい、その顔立ち。

 不遜そうだが、しかし現状に満足している感もある。


 壊された壁の近く。穴の向こう。

『寄生種放出型エディター』が触手を伸ばして、すずめさんの剣の刃を……握っていた。

 隣には、不安そうな顔をしたるかさんがいた。

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