第488話 訓練迷宮1

 アーケランドの王都には訓練迷宮と呼ばれるダンジョンがあった。

それは王都を取り巻く城塞の外、2時間も歩けば到達する近距離に存在する。

その距離は目と鼻の先と言っても過言ではなく、魔物の氾濫が起きれば王都が危険に晒されるのは明白で、まともな為政者ならば、迷宮を攻略しダンジョンコアを砕いて無力化するところだろう。


 そうならなかったのには理由があった。

この訓練迷宮、産出する物資でアーケランド経済を支えているのだ。

穀物、野菜、果物、肉、鉱物、宝石、魔物素材、あらゆる有用な物資を産出する。

しかも訓練迷宮は、訓練と呼ばれるほど出現する魔物が弱いのだ。


 まあ「訓練迷宮」と呼んでいるのは召喚勇者や、その訓練に同行する近衛騎士、そして日夜訓練に励んでいる正規軍の者たちであり、一般の冒険者からは「仕入れ先」などと揶揄されている。

それほど容易に物資が入手出来るというわけだ。


 ただし、高級食材や希少金属など、高額になる物を手に入れようと思ったら、それなりに強い魔物と戦う必要がある。

冒険者は日々の糧や一攫千金を求め、勇者や軍は訓練のため、迷宮に潜り魔物を狩っているのだ。

そのため、常に魔物が狩られていて、訓練迷宮は魔物の氾濫をしている暇がないのだと言われている。


「皇国が使われた、魔物を氾濫させる魔導具をここにも使われたらまずくないか?」


 こんなに迷宮が近いと、アーケランドは戦争当事国なんだから、交戦国からそういった攻撃を受けかねないだろ。

呑気というか、強気というか。危機意識が足りないのでは?


「あれは皇国には無い魔導具であるからな」


 サダヒサが無理だと言う。

そうだったのか。

たぶんあれは皇国軍を撤退させるためにアレックスが使ったんだろうけど、その入手先は何処なのだろうか?

錬金術大全にも載っていないし、禁忌指定なのかもしれないな。


 尤も、魔物の氾濫は無差別攻撃だ。

市民に被害が出るから、錬金術大全に載っていたとしても、俺はさすがに使う気は無い。

無差別攻撃ならば、モドキンとかゴッドクジラを使えば、国ごと破壊するのは簡単だ。

多大な人的被害と二度と人が住めない土地が出来るからやらないわけで。


 話が逸れたが、その訓練迷宮で、俺たちはレベル上げをすることにした。

委員長の支配対策であり、支配はレベルが高い相手には通用しないからだ。


 あの支配を防ぐ魔導具も1回きりなのが難点だ。

錬金術大全によると、あの魔導具を複数持っていても、1回の【支配】に全ての魔導具が反応してしまい、連続で防ぐことは出来ないらしい。

委員長が支配出来ていない事に気付き、複数回【支配】を使われたら終わりなのだ。


 支配から逃れる確実な方法は、委員長のレベルを上回って、レベル差による無効化を目指すしかない。

委員長が、アレックスが負けるのを待っている今こそ、その時間を有効に使おう。


「もしもの時のために眷属を残していく。

侯爵邸の防衛と、報告を頼む。

何かあったら念話で直ぐに知らせて欲しい」


 残していくのは見た目が人の眷属だ。

さすがにデュラさんとかキラトとか、魔物とわかる眷属は悪目立ちすぎる。

あとオトコスキーも人型だがあの強烈キャラは問題がある。

表に出ないようにしてもらう。


「お任せあれ」

「通信オペなら、キャルがやるー」


 カミラならば大丈夫だろう。

キャルは……補欠として頑張ってもらおうか。


 ◇


 俺たちは訓練迷宮にやって来た。

その外観は幾重にも壁に囲まれた要塞だった。

ただし、壁の上の兵が監視しているのは壁の内側だ。

さすがに魔物の氾濫に備えて警戒はしているようだ。


 第1の壁の入口には、迷宮に入ろうとする者のチェックで衛兵が立っている。

俺たちは、サザランド伯爵により、第7任務旅団の訓練という体で許可書を発行してもらっている。

だが、この入口を突破するには1つ問題があった。


 翼や優斗まさとたち召喚勇者はつい先日までここを利用していた。

この衛兵が、どこまで事情を知っているのかわからない。

今、王を名乗っているのが委員長アーサーだとは、ここの衛兵にも周知されているのか?

召喚勇者は、アレックスに与する敵だという認識なのか?


 リュウヤもあれで棍の勇者ジャスティン卿として顔が知られている存在なのだ。

裏切ったという情報は来ているのか?

いや、死んだと思われていないのか?


 そういった疑念と、不測の事態を避けるため、彼らには変装の魔導具を付けさせることにした。

女子たちを顔バレせずに買い物をさせるためにと用意していた魔導具だ。

こんなところで役に立つとは思わなかったよ。


 サザランド伯爵の許可書のおかげで、何事もなく迷宮の入口まで到達した。

その間、5つの壁が迷宮を囲んでいた。

壁の内側の空間には武器屋や道具屋、買取所なんかもあった。

常駐している兵たちのための福利厚生施設――飲食店、酒場、娼館など――もあり、壁の中の仕事で住んでいる住民もいるようだ。

長期攻略を目指す冒険者が泊まる宿屋まであった。

所謂迷宮都市としての様相を呈している。


 至れり尽くせりで、俺たちも正規軍向けの宿舎に泊まることにした。

サザランド伯爵の手配のおかげだ。


「それじゃ、どんなものか入ってみようか?」


「いや、俺たち良く知ってるし」


 優斗まさとたちが合流し、10人となった召喚勇者組が突っ込みを入れて来る。

リュウヤと赤T、陽菜も勝手知ったる馴染みの場所だ。


「楽しみだね、腐ーちゃん」


 この迷宮を知らないのはこのメンバーだと俺と腐ーちゃんだけのようだ。

腐ーちゃんは俺の味方だよね?


「いや、別に?」


 そんな!

どうやら、初迷宮でテンションが高いのは俺だけだったようだ。

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