第473話 王城再突入計画1

 疑似転移で大人数がグラジエフ前砦に帰還した。

そこは俺たちに宛がわれた幕舎の中だ。

帰還場所として指定してあったため、そこには帰還したメンバー以外は誰も居ない。

これは、転移事故として有名な、転移場所に人が居て重なってしまうという事故を防ぐ意味があった。


 つまり、この幕舎の中にいるのが帰還した全員となる。

俺と陽菜とキラト、エレノアにシャーロット、そして女騎士も侍女もいる。

だが、そこにセシリアの姿は無かった。


「セシリアちゃん?」

「どうしてお姉様が居ないのですか!」


 エレノアとシャーロットがいち早くその事に気付く。

どうやらセシリアが手を離したところは目にしておらず、俺の叫びを耳にして異変に気付いたと言うところらしい。


「セシリアは委員長――いやアーサー卿に捕まった。

やつに【支配】スキルを使われてしまった」


「「【支配】スキル!」」


 それが【洗脳】よりも質が悪いことを2人の王女は知っていた。

【洗脳】がその行動や人格を思い通りに歪めるのに対し、【支配】は身も心も捧げる絶対服従で、対象に心酔し自らの意志を持たない操り人形と化す。

いや、自らの意志で対象者に傅くといった感じだろうか。


「お姉様の貞操が危ない……」


 シャーロットがぼそりと呟いたのは、姉エレノアがアレックスの被害にあっていることを知っていたからだ。

そのエレノアの記憶はいま、幸せな結婚で、夫は戦争で亡くなったという記憶にすり替えてある。

そうでなければ、エレノアの心が壊れてしまいそうだったからだ。

エレノアには将来どこぞの国の王族との政略結婚を、という話はあったそうだが、実際には特定の婚約者などは居なかった。

寝取られていないだけ救いだろうか。


 だが、俺にとっては配偶者の危機。

今直ぐにでも戻って、セシリアを救出したいところだ。


「くそ、クールタイムか」


 飛竜纏いで直ぐに戻るのは不可能だ。

纏は身体への負担があるため、長時間行うことが出来ない。

ラキなんかを纏うと、纏を解除したときに身動き出来ないほどのダメージを追う。

俺のレベルが上がったこと、魔王の身体を得たことも影響しているが、飛竜ぐらいの纏がダメージも少なく丁度良いのだ。

その纏った飛竜で疑似転移したため、今はクールタイムが発生していた。


「ヒロキ、委員長の名が出たようだが?

何かあったのか?」


 リュウヤが俺たちの様子がおかしいことに気付き幕舎内に入って来て訊ねる。

どうやら、幕舎の外で俺たちの帰還を待っていたようだ。


「大丈夫?」


 結衣もラキを連れて幕舎に入って来た。


「結衣、俺は無事だ。

リュウヤ、疑似転移の最中に、委員長にセシリアを支配されて奪われてしまった。

俺は戻ってセシリアを助けたい」


「そんな、セシリアちゃんが……?」


 結衣が絶句する。


「委員長か……。

あいつの【支配】には俺も苦い思い出がある。

あれは危険だ。支配されると委員長のいいなりになる。

それが心の底から嬉しく思うという質の悪さだ」


 リュウヤが苦々しい表情で吐露する。

つまり、セシリアも委員長に求められれば、断れないどころか喜んで身を捧げるといういことか。


「俺は相手にどんな犠牲を強いてもセシリアを奪還するぞ!

飛竜纏解除! 結衣、ラキを借りるぞ。ラキま「待って!」」


 もう騎士に犠牲がなんて言ってられはしない。

セシリアの方が大切だからだ。

俺は別の眷属を纏えばクールタイムはないと、その場に居たラキを纏って疑似転移しようと考えた。

それに結衣が待ったをかけた。


「委員長がセシリアちゃんを支配したのは、権力を握るためだよ。

委員長は、いつでも人の上に立ちたがる性格だったから。

たぶん、今頃王妃様や王様を支配して、王権の譲渡を迫ってると思う。

だから、もう少し時間がかかっても大丈夫。

きちんと準備して、万全の体制で奪還しに行くべきだよ」


 さすが嫁筆頭。

俺の焦りを知り、委員長の性格も読んで、適格なアドバイスをくれた。

結衣としては、セシリアを奪還するために形振り構わない俺を見るのは辛いところだっただろう。

セシリア奪還で無理をしたら、結衣たちを不幸にする。

大切な奥さんは、1人だけではないのだ。


「結衣、止めてくれてありがとう。

そうだな。無事に帰って来れる奪還作戦を考えよう」


 こうして、セシリア奪還のアイデアを俺たち仲間全員で出そうということになった。

人語を解する眷属を含めて身内たちが幕舎に集う。

デュラさんは馬(骨)と一緒だったため、幕舎の外から参加する。

エレノアとシャーロット、その護衛で女騎士は残ったが、侍女には退席してもらった。


「疑似転移の秘密は知られていないはずだ。

だから、王城内に直接転移することと、そこから帰還するのは問題ない」


 俺の説明に皆が頷く。

ここは共通認識としてあったため、王城強行突入が決まる。


「問題は帰還までのクールタイムか。

遠隔召喚から2時間だったか?」


 リュウヤが再度疑似転移できるまでのクールタイム問題を指摘する。

これにより、今回脱出が遅れたと知ったからだ。


「ああ、2時間かかる」


 その2時間が危険だった。

だが、セシリアのためならば、相手に犠牲を強いれば2時間など持たせて見せよう。


「1つ実験していないって言ってたっしょ」


 陽菜が自分の転移が使えなかった時に、俺が口にしたことを覚えていた。


「眷属は遠隔召喚した時の元の場所には、帰還が使えてクールタイム無しで戻せるんだ。

それに便乗出来るか、まだ実験してなかったから、今回はリスク回避で使えなかった」


 あの時、騎士隊が突入する前に帰還出来れば、セシリアを残さないで済んだのだ。


「そんなら実験してみるしかねーだろ」


 赤Tの単純さが羨ましい。

以前、遠隔召喚に便乗することを実験した時は、野良のゴブリンを被験者として利用した。

しくじってもゴブリンが死ぬだけだったから実験が出来たのだ。

いま、実験に使えるような魔物は、籠城している砦の中にはいない。


ゴブリン実験の被験者ならば、呼び出せる」


 そうだった。キラトはゴブリン軍団を召喚できるのだ。

ゴブリンならば、キラトはいくらでも呼び出せるのだ。

それを被験者とすれば良い。


「それで行こう」


 キラトがゴブリンを召喚し待機させる。

キラト自身は遠隔召喚したばかりなので、クールタイム中で使えない。

ならば、この場にいる眷属の誰かを使うしかない。

次の作戦に同行しない者を指名しよう。


「デュラさん、頼めるか?」


「承知」


 王城内に連れて行くには馬(骨)が邪魔なデュラさんを指名し、ゴブリンを抱えて騎乗してもらう。


「眷属遠隔召喚デュラさん、砦内広場!」


 俺は今いる幕舎の前から、100mほど先にある広場にデュラさんを疑似転移させた。

ゴブリンが無事なのは、今まで通りで問題なし。

ここは俺が自ら実験して安全を確認している。


 デュラさんは、ゴブリンと共に馬(骨)に乗って広場に疑似転移した。

そういえば、眷属は眷属の付属物として疑似転移できないという縛りがあったな。

馬(骨)は眷属ではないから一緒に疑似転移出来たのか?

あれはデュラさんの一部ということなのだろうか?


「よし、戻すぞ。眷属召喚デュラさん、帰還!」


 眷属召喚の帰還を使うと、クールタイム無しで遠隔召喚する前の場所に戻れる。

つまり幕舎前に現れるはずだ。


 目の前にデュラさんと、その馬(骨)に乗ったゴブリンが現れる。


「どうだ?」


「全く問題ない。ゴブリンは無事だ」


 どうやら、ゴブリンも付属物として認識されたようだ。

そして、その付属物が生物であれば生きているという結果を得た。


「よし、次は人で実験だ」


 さすがに人体実験は自分でやるしかない。

次に連れて行けない眷属は砦の食料の要であるみどりさんか。

みどりさんのスキルによる野菜の促成栽培が、砦の食料事情に貢献していて、その任務から外すわけにはいかないのだ。


「みどりさん、良いか?」


「問題ありません」


「それじゃあ「ちょっ待てよ!」」


 俺がみどりさんと疑似転移しようとすると、赤Tが止めに入った。


「おまえは大切な身だろーが!

ここで失敗させるわけにはいかねーんだよ。

俺が実験の言い出しっぺだからよ。

俺にやらせろっつーんだよ!

なーに、成功するに決まってんじゃん」


「赤T! カッコよいじゃん」


 失敗する気はしないが、危険は危険だ。

赤Tの気持ちが嬉しい。

ここは赤Tの男気に託そう。


「準備は良いか?」


「おうよ」


 赤Tがみどりさんに触れ、スタンバイする。


「疑似転移した後、直ぐに帰還させるからな」


「やってくれ」


 よし、実験開始だ。


「眷属遠隔召喚みどりさん、砦内広場!」


 広場に2人が疑似転移する。


「よし、戻すぞ。眷属召喚みどりさん、帰還!」


 幕舎の前にみどりさんが赤Tとともに戻って来る。


「ぐわっ!!!」


 赤Tが苦し気に倒れ込む。


「そのお約束、良いから」


「なんだよ、つまらねーな」


 腐ーちゃんが冷静に突っ込む。

赤Tの男気は有難かったが、いまはそんな空気ではない。

だが、これで帰還の目途が立った。


「あとは、誰が奪還に行くかだが」


 俺が行かないと疑似転移が使えない。

陽菜は行っても【転移】が使えないのでパス。


「俺が行こう」


 リュウヤが名乗り出る。

対委員長となると、やはり支配されていた遺恨が残っているか。


「奴に負い目があるならば、隙となるはずだ」


 委員長が同級生を支配していたという負い目か。

ノブちんたちを殺害した委員長にそんなものはあるのだろうか?

どうやら悪事の数々で暗黒面に落ちたみたいだからな。


「ん? なんだ?」


 その時、俺の頭の中に告知音声が流れた。


『アーケランド王国の王権が、セシリア王女の配偶者であるヒロキ・ミウラ=カシマに移譲されました。

アーケランド王の称号を得ました』


「はあ?」


 どうやら委員長は王権の譲渡をしくじったようだ。

自分がセシリアの配偶者であり、その配偶者だからこそ王権が移譲できるのだと、配偶者に王権を移譲した。

その行為に契約魔法まで使ったのだろう。

だが、待て。セシリアの配偶者には、既に俺がなっていた。

委員長の主張など、離婚していなければ無効なのだ。

つまり、セシリアの配偶者に移譲された王権は俺のとことに来たということだ。


「何やってんだよ、委員長……」


 だが、この結果に気付いた委員長がセシリアを害する可能性がある。

早くセシリアを奪還しなければならないことは変わらなかった。

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