第431話 魔族勇者戦8(後編)
魔王の力を使うためにはどうすれば良いのか?
魔王のジョブが真の勇者へと変化したことで、それは思った以上に容易ではなかった。
魔王化を促進するしかないのか。
だがそれは委員長のように真の勇者のジョブを捨てることになり、魔王討伐を国是とするアトランディア皇国との関係を悪化させる懸念がある。
そこに大きな躊躇いが生まれる。
だが、目前の危機を脱するためには背に腹は代えられなかった。
「ああ、血が出過ぎてショック症状になってる!」
救護所の方から、悲痛な叫びが聞こえる。
出血性ショック。
あれだけ大きな傷口から血が流れ出てしまっては、生命を維持するのも厳しくなってしまうのだ。
俺は仲間を失うかもしれないショックと、それを齎したかもしれない自らの判断ミスに圧し潰されそうになった。
あの時、魔族勇者2をフリーにしなかったら、同士討ちなんか気にせずに魔族勇者2を止めていたら、そんな思いが浮かんで来る。
だが、それが闇落ちのトリガーとなった。
俺の心の底からどす黒い後悔と自責の念が浮上する。
ぞろり
何かが俺の心を支配する。
そして、自分の細胞が異物を拒絶する強い感覚がした。
俺の中に侵入して来ていた異物――魔族勇者2の侵食細胞が悲鳴を上げる。
たかが魔族に、魔王の細胞が負けるわけがないのだ。
「くっ! 何があったのだ!?
この力、心の底から感じる恐怖は何だ?」
魔族勇者2の声に呼応するように、怯えるように逃げる魔族勇者2の侵食細胞。
だが、俺はその侵食細胞を追って、魔族勇者2に逆侵食をかける。
「ぐわっ! このままじゃ……」
魔族勇者2が最後の悪あがきに出る。
やつの右腕が分離すると、それは自爆コボルトになった。
自爆コボルトがその脚を使い、素早く治療台に向かう。
まずいことに、治療にかかりきりの麗の魔法障壁は消えてしまっていた。
このままでは綾どころか麗までが危ない。
「だめ! させないよ!」
その自爆コボルトの前に結衣が立ち塞がる。
結衣はコボルトが自爆することを知らないからだ。
いや、結衣ならば知っていてもそう行動していただろう。
「結衣、駄目だ! そいつは!」
ドーーーン!
自爆コボルトが結衣を巻き込んで自爆した。
「結衣ー-ーーっ!!!」
カチリ
この結果が俺を完全に闇落ちさせた。
魔王の力を得た俺は、魔族勇者2を一瞬のうちに支配下に置いた。
「【時戻し】」
闇魔法【時戻し】で結衣が被害に合う前に戻す。
俺と腐ーちゃん、薔薇咲メグ先生の3人でやっと使用した【時戻し】も魔王ともなれば単独で使えるのだ。
「え? なにがあったの?」
どうやら結衣は元通りになったようだ。
自爆コボルトの自爆に巻き込まれたという意識も無いのだ。
これで一安心だ。
「分離!」
魔物勇者2は俺の支配下にあるはすだ。
それを確かめるように、魔族勇者2に同化した者たちを分離するよう命令する。
そして、
「こいつ、仲間をこんなに取り込んでいたのか!」
失敗作の魔族勇者は、魔族化をしくじり暴走した者たちだろう。
それを魔族勇者2はここに来る前から同化していたのだ。
おそらく、そのギフトスキルを手に入れるために同化したのだろう。
それが魔族勇者2にだけ複数のギフトスキルと知性があった原因だったのか。
魔族勇者2を一時的に支配下に置いたとはいえ、こいつは許せない。
俺は躊躇なく、魔族勇者2に剣を振り下ろした。
そこにはやつも被害者なのだという意識は無くなっていた。
それは魔王化により、殺人への忌避感を失ったせいだったのかもしれない。
「ああ、裁縫ちゃんが戻って来ないよ……」
処置台の上には、右半身の欠損を修復された綾がいた。
だが、その意識は戻って来ていなかった。
俺は魔族勇者2を倒して、危機が去ったのを確認すると綾の横たわる治療台に向かった。
「【時戻し】」
もう闇落ちどうこうを気にする必要は無い。
俺は躊躇いなく綾に【時戻し】をかけて、魔族勇者2に傷つけられる前へと戻した。
「え? なんでここに?」
状況が飲み込めず、戸惑う綾。
「ヒロキくん、まさか……」
それを目撃し、結衣が事実に気付く。
自分も【時戻し】で助けられたのだと。
それが、闇落ちを加速させ、魔王化を促進することを。
既に俺が魔王となってしまったことを。
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