第292話 訪問3

 応接室の中は所謂長机の長辺で両者を隔てるようになっていた。

お互いが剣を抜いて飛び掛かっても届かない距離と表現した方が良いだろうか。

その両端の席に俺と伯爵が座り、その後に護衛が2人立つという感じだ。


 対魔法用に両者の中間のテーブル上には魔法阻害の魔導具をこれ見よがしに設置してある。

これは魔法阻害の魔導具があるぞ、使っても無駄だぞというパフォーマンスとみなされ、実際は大した効果はない物が多い。

しかし、この場にあるのは魔法防壁も展開される本物だった。

バーリスモンド侯爵の件も有るので、王国相手では暗殺の危険は常に警戒しなければならないのだ。


「始めまして。がこの保養地を領有・・するあるじです。

故あって身分は隠させてもらってます」


 王国で俺のことを皇国の皇子だと誤解しているのならば、それを最大限に利用することにした。

下手に名乗ることで、調べたらどこの国の貴族でも無かったと発覚した方が問題だからだ。

実在の人物を騙るのもまずい。

騙った人物に迷惑がかかり、それはその人物から恨みを買うということに繋がる。

だからこそ、俺は謎の貴族そのままで押し通すことにしたのだ。


 「私がアーケランド王国伯爵オールドリッチだ。

王国の使者として伺った。

貴公の名乗れぬ事情は承知している」


 オールドリッチ伯爵は俺が名乗れぬ事情を例の勘違いを元に承知してくれているようだ。

だが、多少眉を顰めたのは、俺がこの地を領有していると宣言したからだろうか。


 俺がこの地の領有を協調したのは、戦争にこの地を巻き込むなと暗に要求するためだ。

この地はアーケランド王国――王国の名前を初めて知ったよ――とエール王国のどちらの土地でもないと言いたいわけだ。

租借しているのではなく自分たちが明確に領有しているのだという宣言だからこそ、伯爵は渋い顔をしたのだろう。


「先日は大そうな贈り物を頂いた。

感謝と共に返礼品を持参した。

受け取って欲しい」


 しかし伯爵は、それ以上の事は顔には出さなかった。

そして、モーリス隊長を促すと、目録と思われる蝋封された巻紙を渡すように指示した。


 モーリス隊長が巻紙を持ち、テーブルの中ほどまで来る。

それをアンドレバスケ部女子が前に出て受け取る。


「返礼の品、感謝する」


 俺は巻紙の中身も見ずに礼をする。

まあここまでは社交辞令だからだ。

瞳美ちゃんのレクチャーが効いて、貴族らしく見えていれば良いが、今のところは問題ないようだ。


「さて、状況は察するが、王国からの使者とはいかなる要件だろうか」


 侮られないようにと練習した台詞がスラスラと口から出た。

カドハチから戦争が近いという状況を聞いていて良かったよ。


「我が王国とエール王国は現在緊張状態にあります。

ここは両国の国境地帯ですのでご存知かと思いますが」


 伯爵が探りを入れて来た。

俺がどこまで知っているのかということだろう。

ここは勇者以外の知っていることは話して良いだろう。


「両国が軍を集結させていること、エール王国側の魔の森で戦闘があったことは承知している」


 あれだけ大魔法が撃たれていれば知らないとは言えないだろう。

黄金騎士ロンゲの件も何かがあった程度には知っていると話す。


「そこまでご存知でしたか。

率直に話しますが、王国の勇者がエール王国に唆されて出奔しました。

その勇者の返還を要求したのですが、拒絶され、先の戦闘で我が方の勇者が大怪我をしました」


 え? 大怪我? まさかロンゲの奴が生きていたというのか?

まずい。想定外だ。

ロンゲからどれだけの情報が漏れたのかわからないぞ。


「その勇者からの証言により、エール王国側には竜人がいたことが発覚しました。

竜人といえば魔王軍の幹部。

エール王国はこともあろうに魔王と結託したのです!」


 それ、違う! 竜人は飛竜を纏った俺だし、魔王軍なんて関係ないから。

だが、それを伯爵に言う訳にはいかなかった。

そもそも黄金騎士ロンゲを倒したのが俺だとバレたらまずいではないか。


「魔王軍ですか。

ですが、私どもからはそれを確認する術はありませんから、何とも言えませんね」


 ここは魔王軍の存在自体を信じられないという態度しかとれない。


「そうでしょうな。

そこで王国からのお願いになるのですが……」


 伯爵は言いにくそうにしながら間を置き、決意したかの如く続けた。


皇国・・はこの戦争に関与しないでいただきたい。

この保養地の安全は王国が保証いたしますので、エール王国に味方しないようにお願いしたい」


 伯爵、ぶっちゃけやがった。

俺が皇国関係者だなんて一言も言ってないじゃないか。

それなのに、俺を通じて皇国にメッセージを伝えようなんて無理に決まってんだろう。

まずい。勝手に勘違いしていれば良いと思っていたら、勘違いのままそこを利用しようとして来たか。

ここは惚けるしかないか。


「さて、何のことでしょうか?

まあ、私は・・両国のいざこざには関与するつもりはないですよ」


 嘘だけどな。

同級生が殺し合うならば、なんとか助けたいと思っている。

それがアーケランド王国による洗脳が原因ならば猶更だ。

洗脳には洗脳。洗脳し直せば元のヤンキーに戻るはずだ。

問題はロンゲのように自ら王国に与している者の存在だ。


「それだけでも確認できればありがたい。

ただ、王国の意志はお国の耳に入れておいていただきたい」


「さて、なんのことでしょう。

くれぐれもこの地を巻き込まないようにお願いする」


 俺は惚けたと同時に暗に了承したかのように装った。


「承知した」


 オールドリッチ伯爵も俺が参戦しないという言質がとれたことで、そこで納得することにしたようだ。


 こうしてオールドリッチ伯爵との会談は終わり、軍とともに引き上げて行った。

なんとか戦争には巻き込まれないように対応出来ただろうか。


 ◇


Side:オールドリッチ伯爵


「あの顔、皇国系ではありませんな」


 オールドリッチ伯爵の護衛として同席していた騎士が徐に口を開いた。

この男、王国より派遣された近衛軍所属の情報将校だった。

所謂スパイだ。


「母方が他民族であって、疎まれているからこのような場所に来ているという可能性があるのでは?」


 モーリス隊長が、王国より派遣された近衛軍の騎士にそう指摘する。


「最後まで素性を明かさなかったではないか。

どちらにしろ身分が曖昧なやつの言い分は信用ならないですな」


「そんな」


 謎の貴族を信用していたオールドリッチ伯爵とモーリス隊長が驚きの声をあげる。


「それと御覧になったか?

やつの護衛騎士は魔物を使役していたぞ」


「蜂と山猫の魔物でしたが、あの程度の魔物ならテイムしている冒険者もいるはずでは?」


 モーリス隊長は謎の貴族当主との対話で悪い人物ではないと思っていた。

そのため擁護の台詞が出て来ていた。


「テイマーといっても所詮馬や走鳥、走竜程度がやっとだ。

それが攻撃力の高い魔物の使役という珍しさ、しかも2人だと?

厩舎には馬や走鳥、走竜も複数テイムされているそうではないか。

異常な数だと思わんか?

侯爵軍との戦闘でも魔物が参戦していたという証言がある。

赤の勇者出奔ではモドキドラゴンが出たとか。

それらの情報から類推するに、奴が竜人なのではないのか?」


「そんな!」


 さらに近衛軍の騎士が論破していく。


「そして、あの要塞・・は、異常な警戒具合ではなかったか?

あれは魔王軍の拠点ではないのか?」


「要塞って……」


 否定しようとしたがモーリス隊長も、よくよく考えれば保養地にしてはものものしすぎると思ってしまった。


「まさか……」


 伯爵も疑いの目を向ける。

この後、どのような報告がアーケランド王国に上がったのか、転校生たちは知る由もなかった。

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