第289話 植物魔物は種からだろう

「まさか、こんな手があったなんて……」


 嫁から課金に制限をかけられていたが、俺は【たまごショップ】のリストを毎朝見るのを日課にしていた。

さすがにこれは欲しいと思える卵があれば、嫁に報告して許可を得ることで卵を買うことが出来るのだ。

今回現れたのは……。


『トレントの卵、実がパンになるかもしれないやつ 10万G』


 植物魔物のトレントが卵から孵るという理不尽は置いとこう。

もう卵というよりガチャのカプセルと思った方が良いのだ。

それよりも、実がパンになるというのは、草系のトレントから小麦が収穫できると見て良いだろう。

これは魚の魔物の時と同じ食べるための魔物だ。

そうに違いないと俺は確信した。

なので嫁に課金の申請を出したというわけだ。


「とうわけで、おそらく小麦が手に入る魔物だと思う」


「ノドグロの時のように召喚で食べ物が確保出来るならば、課金しても良いかな」


 麗は賛成と。


「どうせ小麦粉にするのはやってるし、手間は同じかな?」


「そこは暇してる奴隷たちにやらせても良いだろう」


 専用魔導具も作ったから、小麦を魔導具にセットして、出て来る小麦粉を袋に入れれば良いだけだ。


「でも、小麦粉で出て来なければメリットないと思うよ?」


 結衣はその小麦の収穫方法に拘った。

実際どうなるかはまだ良く判らないが、小麦で出て来るならばあまりメリットは感じないというところだろうか。


「戦争で小麦も手に入らなくなると、困るじゃないか」


 カドハチからの物資が滞った時に、この魔物がいれば助かるのは事実。

戦争が起これば、確実に物資輸送に影響が出る。

食料自給率の低い温泉拠点はそれだけで干上がってしまう。

領兵として奴隷たちを抱えたことで、食料の消費量は上がっているのだ。

とらたぬだが、ノドグロの大きさを考慮すれば、トレントが出す小麦の量は期待して良いと思う。


「うーん、でも小麦は安いから勿体ないかな。

10万G使えば何年分にもなるのよね」


 結衣が本当に引っかかっているのは、そこだったのだろう。

確かに、今10万Gで小麦を買い入れれば、アイテムボックスで劣化せずに保管も出来るから無駄にもならないだろう。

だが、1つ懸念がある。


「しかし、そんな量はカドハチでも用意出来ないぞ。

王国の小麦生産量には上限があるし、国民が消費する分に手を出すと価格高騰や飢餓を招いてしまうかもしれない」


「そっか。買えないならば、いざという時に困るね。

今投資しておけば、保険になるってことだよね。

わかった。課金を認めます」


 危機管理はお金がかかるのです。

やっと結衣からも承諾を得ることが出来た。


「よし、課金するぞ」


「「どうぞどうぞ」」


「トレントの卵に課金!」


 そう俺が宣言すると、アイテムボックスから10万G減った感覚がして、目の前に緑色の卵が出て来た。

植物ならば種にして欲しいところだが、たまご召喚のサブスキルなので、やっぱり卵だった。


 そして2時間後。トレントの卵が孵った。


シュルシュルシュル


 卵が割れて、中から緑色の触手が飛び出した。

そして大きな緑色の葉っぱが四方に広がる。

その中心から茎が伸びて口のような赤い花が咲いた。

赤い花には牙がびっしり生えていた。

いや、これってトレントというより食人植物だろ。

広い意味ではトレントなのかもしれないが……。


「というか、これって此処にそのまま生えてるのか!」


 屋敷の玄関前になる馬回しに、その食人植物は根を下ろしてしまっていた。


「とりあえず眷属化しないと玄関を通る度に誰かが食われるぞ!」


 俺は仕方なくトレントを眷属にした。


「まったく、どこが実がパンになるだよ!」


 俺がそう言ったとたん、トレントの緑色の触手の先が丸くなった。


「なんだこれ?」


 そして、その丸い先が割れると、中からパンが出て来た。

それがトレントの実だったのだ。

実がパンになる……たしかにその通りだった。

小麦粉通り越してパンが出て来ているのだ。


「【鑑定】でも食用のパンだな」


 それは白丸パンというタイプのパンだった。

オイルや塩分も添加されて焼かれているようだ。

そこは植物油や地中から吸収した塩分が使われているのだろうか?

鑑定でも食用のパンであり毒もないようなので、俺は毒見役として食べてみることにした。


「パンだ。それも美味しい」


 俺の言葉にトレントが嬉しそうにゆらゆらと揺れた。

そして触手が何本も出て来て、先を丸くした。

そこには焼きたてのパンが現れていた。

焼きたてってどんな仕組みだよと突っ込む人は誰もいなかった。

俺が心の中で叫んだだけだ。


 こうして俺たちは恒常的にパンを生み出す食人植物トレントを得た。

日当たりが良く、水が豊富ならば問題なく生育するようだ。

玄関前から動かせないけどな!

まあ、屋敷の用心棒にはなるかもしれない。


「誰か水や肥料をあげてパンを収穫する係に任命しておいてほしい」


 今後、この白丸パンが屋敷内に流通することになるだろう。


「奴隷の娘にやらせようかな。

まさかパンそのものが出て来るなんてね。

だけど、これだとパスタやピザとうどん用の小麦粉が足りなくなりそうね」


「おまえ、小麦粉で出せないのか?

まさか小麦粉を経ずにパンが出てるのか?」


 中に謎の焼き窯が存在するというのも問題だ。

俺がそう訊ねると、トレントがまた触手の先を丸く膨らませた。

それが開くと。


 目の前にはパスタとピザ生地が出て来た。

パスタソースもなし、トッピングもなしの原材料そのものだった。

やはり適度にオイルと塩分が添加されているようだ。

卵はさすがに入っていないので、そこが出て来る物の境界になるのかもしれない。

おそらくうどんも出せるだろう。


「手間が省ける!」


 たしかに、発酵などの手間がかかる行程が端折れるのは料理担当にとってうれしいだろう。

今まで作ったパスタは手製生パスタだし、ピザ生地も自分たちで丸く広げていた。

それが半完成状態で手に入るのだ。

ピザソースや何を上に載せるかは料理人次第で好きに出来るので、料理自体は結衣が味を決められるのだ。


「結構役に立ちそうだな」


 そこには植物魔物も卵から生まれるんだと受け入れている自分がいた。

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