第179話 この世界は魔物より人間の方が恐い

Side:バスケ部女子アンドレ


 ずっと街へと行ってみたいと思っていたけど、カドハチ商会の荷馬車が行商に来るようになって、その欲求はあっさり納まってしまった。

生活必需品は当然のこと、私たちが欲しがりそうな物を見繕っては持って来てくれるのだ。

まるで某老舗デパートの外商のようだった。その的確なチョイスに私たちの財布は緩んでいく。

どうやら私は街に行きたいのではなく、好きなだけ買い物がしたかっただけのようだ。


 金額のことで転校生が難色を示したけど、腐ーちゃんが趣味の本に金板1枚――金貨100枚相当――も使ったと発覚して、全員がその金額までは使っても良いことになった。

なぜかメガネちゃんが落ち込んでいたけど、何だったんだろうか?


 腐ーちゃんはキャピコの糸で織った布製の下着を売って金板40枚を手に入れていたが、そのお金は腐ーちゃんの意志で全員の共同資産に組み込まれた。

腐ーちゃんも欲しい物があるだろうからと、女子たち全員で訴えて後にお小遣いが1人金板4枚までに増えたのは自然の流れだろう。


 加えて、街で買える物であれば、注文すればだいたい3日で何でも持って来てくれた。

私たちはそれが密林さんみたいなのでカドハチ便などと呼んでいた。

中にはドレスなんてオーダーメード品もあったけど、それこそ服飾店の職人を連れて来て採寸までしたうえで、作って持って来てくれた。


 街とこの温泉拠点までの道中は馬車で1日半かかるそうだが、行商の馬車が昼に1台必ず到着するように運航スケジュールが組まれていた。

いつしか私たちは、カドハチ商会の荷馬車が来る時間を待ちわびるようになっていた。


「枠を使い切っちゃった。どうしよう?」


「私たちも下着を売れば良くね?」


 ついに金板4枚――食品レートで4千万円――を使い切った私たちは、物欲によりキャピコの糸で織った布製品を売ることを決意した。

カドハチ商会の人からその布はシャインシルクと呼ばれていると知り、ずっと売ってくれてと言われていたのだ。

枠も使い切ったことだし、私たちは自分の物を売ってお金を得るだけだと思っていたのだが、そこに転校生の邪魔が入った。


「それを大量に流通させてしまったら、俺たちの身に危険が及ぶ。

売るなら、厳しく管理しなければならない。

個人で売るのは禁止する」


 勝手に売った場合の罰則は、シャインシルクの下着や服の供給停止。

この世界の下着は肌触りが悪く、一度シャインシルクの肌触りを覚えてしまったら手放すことは不可能だった。

それが供給されないなど死活問題だった。


 なので個人の布を売ることは我慢することになったのだが、女に甘い転校生は、共同資産としての布を売ってお小遣いを増やしてくれた。

転校生の妻の三つ編みちゃんをけしかけて、お小遣い増額を迫ったのは効果的だった。

転校生本人も錬金術大全を見て魔道具を作り始めたため、その希少材料に高額資金を投入していたので、ばつが悪かったようだ。


 そんな日々が続き、シャインシルクの代金はカドハチ商会でプールされ、買い物はキャッシュレスで行えるようになった。

カドハチ商会は、最初シャインシルクを厳重な護衛付きで運んでいたが、その方が盗賊から目立つというので、いつしか護衛の数は最小限になっていった。

布1枚ならば、運んでいることを隠すのは容易だったからだ。

当然、盗賊の侵入はGKの配下が森の入り口で見張っており、荷馬車が通る道に魔物が寄って来ないように管理されていたため安全だったのだ。


 そんなある日、今日も荷馬車が来る時間だと、アンドレバレーちゃんオスカルは、南門を開けて・・・カドハチ商会の来訪を待っていた。


 暫くして、見慣れたカドハチ商会の荷馬車がやって来た。

御者は見たこともない人物だったが、新しい人が来たのだろうか。

荷馬車は、敷地をぐるっと囲んでいる塀というか壁に開いた南門から敷地内に侵入した。

以前は防犯を考えて南門の外にある応接室で取引していたこともあったが、今や利便性により荷馬車ごと敷地内に入ってもらうようになっていた。


「今日の目玉はなんだい?」


 私は今、騎士役のアンドレだ。

一応男としてふるまっているが、カドハチ商会にはドレスの採寸などで女だとバレている。

アンドレとオスカルという名前が被ると召喚勇者バレすると思われていたが、過去の召喚勇者に有名同人作家がいたらしく、その作品にその名前が使われたことで、この世界でもオスカルとアンドレという名前はポピュラーになっているのだそうだ。

そのため私は冗談で呼ばれていたアンドレという名前が正式な偽名になってしまっていた。


「貴方様のような騎士様に持ってこいの武器をご用意いたしました」


 その返答に私は違和感を覚えた。

カドハチ商会は、私たちの嗜好を読み、いつも私たちの物欲を刺激する目玉商品を持って来ていた。

しかも、私の正体が女だと知っている。

武器など求めていないことぐらい明白なはずだった。


 そう思っているうちに荷台から商人が1人降りて来た。

剣を両手で捧げるように持っている。


「ほら、これなどいかがで、しょうか!」


 商人は「しょうか!」のタイミングで剣を抜き、斬りつけて来た。

私は違和感から少し警戒していたため、それを避けたが左腕にかすり傷を負ってしまった。


「何をする!」


 腰に手をあて剣を抜こうとしたが、そこに剣は無かった。

しまった、カドハチ商会の荷馬車だと油断して、剣を持って来ていなかった。


「敵襲!」


 少し離れた所に居たオスカルバレー部女子が声をあげる。

その時には荷台から複数の武装した賊が降りて来て、オスカルも私と同じように襲われていた。

ああ、これが転校生が口をすっぱくして言っていた、「この世界は魔物より人間の方が恐い」という警告の真実だったんだ。

どんなに見知った荷馬車でも、確認もせずに門を開けてはいけないと言われていたっけ。

後悔しても遅かった。

カドハチ商会の荷馬車がもう1台やって来て、騎士鎧を装備した何人もの賊が降りて来た。

武装した賊は、私たちに対処する2人を残して、屋敷に駆け込んで行った。


 私たちの中で一番戦闘能力の高い転校生は草原に行っていて不在だ。

転校生がいたら、このような門の開放は止められていたところだな。

カドハチ商会なら安全だと高を括っていたことが恥ずかしい。

本当に油断した。


 次に強いさちぽよとサッカーちゃんは、生き物係で厩舎にいるだろう。

厩舎に武器など持ち込んでいるはずもない。

この壁と門が防いでいるうちに武装する手はずなのだから。


 屋敷にいて戦える女子は腐ーちゃんぐらいしか居ない。

一番弱いところに敵の最大戦力が雪崩れ込んだ。

三つ編みちゃん、メガネちゃん、裁縫ちゃん、マドンナの4人は賊だとはいえ人は殺せないだろう。

4人の誰かが人質にでもされたら、手出しできないかもしれない。

はやく、こいつを何とかして助けに行かないと。

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