第160話 貴族馬車
早速バスケ部女子は貴族馬車の制作に取りかかった。
材料として、元荷馬車の部品と、大量の板材と釘などの大工道具を提供しておいた。
これで時間稼ぎが出来るはずだ。
あとは、いつバスケ部女子が技術的な問題点に気が付くかだろう。
バスケ部女子には悪いが、貴族馬車を完成させることは出来ないだろう。
だいたい木工スキルだけで、どうやって貴族馬車を完成させるというのか。
例えば塗料はどうするのか? 金銀の装飾は?
貴族の見栄といった部分に直結する優雅なデザインなど、元荷馬車には荷が重いだろう。
実は俺の目的は時間稼ぎだ。いや問題の先送りとも言う。
貴族馬車を作っている間はバスケ部女子の「街へ連れて行け」アピールは止まる。
自分が馬車を完成させれば街へ行けるとなれば、行けない責任はまさに完成できないバスケ部女子にあることになるのだ。
本当に完成出来れば、街に連れて行けば良いだけのノーリスクプランといえよう。
俺が本命と見ているのは、腐ーちゃんの闇魔法による変装だ。
認識疎外魔法で人相を隠すことが可能だと知り、その応用に変装魔法があることがわかったのだ。
一見、認識疎外魔法があれば正体を隠すことが可能で、そのまま街へと入れると思うだろう。
だが、人相のわからない怪しい人物など、誰が街の中に入れるというのだ。
認識疎外魔法は、その用途が隠密潜入行動など、敵対相手から隠れるために限定されるのだ。
そこで、変装魔法で人相を別人に変えるという手段が必要になる。
腐ーちゃんの闇魔法のレベルが上がれば、変装魔法が使えるようになるはずだった。
「転校生くん、変装魔法が使えるようになったぞ」
さすが腐ーちゃん、仕事が早い。
「で、どうだった?」
俺は変装魔法の使い勝手を訊ねた。
「駄目だね。自分で自分の顔にかけて10分。
他人だと5分しか持たない」
つまり5分の間に街門のやりとりを通過しないとならないということだった。
「メガネちゃんに訊いたら、この魔法をアイテムに付与して魔石から魔力を供給すれば長時間使えるみたいだ」
「その作り方は?」
「錬金術大全に載ってるって」
「やっぱりそれかーー!!」
やはりあの時に錬金術大全を買っておけば良かったのだ。
「それと、私が付与魔法を覚えないと無理」
まさかの腐ーちゃんでも無理だとは……。
となると、俺が闇魔法を覚えた方が早いか?
俺は付与魔法スキルと錬金術スキルの2つは持っているからな。
ここに本命が消え去った瞬間だった。
「サッカーちゃん、試運転をするから、馬を借りるぞ」
「ちょっとバスケちゃん、外は馬には危険だからな?
1人で守れるのか?」
「それならば、サッカーちゃんも来ればいいだろ」
騒がしいと思ったら、バスケ部女子が貴族馬車を完成――いや、まだ未完成だが、実用に耐えるレベルまで作り上げていた。
形は二頭立ての箱馬車。色こそ塗っていないが、形は整っている。
どうやら東門から出て戦闘で広場となったそこらへんを試運転で走り回るつもりらしい。
「こら、待ちなさい!」
一応、外は魔物が徘徊する危険地帯なので飼育係として馬が心配なのだろう。
仕方ない。GKに言って配下にこっそり護衛してもらおう。
「ホーホー!!」
今度はホーホーから警告かよ!
ホーホーの念話は、「兵」「また来た」だった。
どうやら領兵隊がまた来たようだ。
拙い、あの未完成の馬車を彼らに見られてしまう。
「おーい、
駄目だ。騒音で聞こえやしない。
そうこうするうちに、また赤旗を持ったモーリス隊長が南門方向からやって来た。
「
「え?
今は
「なんでこんな時に!」
いや、
拙い、ここは俺が出て行くしかないか。
「モーリス隊長、今日はどうされたのだ」
俺は壁の上からモーリス隊長に話しかけた。
こうするよりなかったのだ。
「これは、……ご当主自らとは恐れ多い」
そう言うとモーリスは傅いた。
しばしの沈黙は、俺の名前を知らないことに気付いたからだろう。
故意に教えていないんだけどね。
「良い、家臣が野暮用でな。
保養地故、人手不足なのだ」
「それは、お困りでしょうな。
我らに助力出来ることがあれば、先の反物のお礼になんなりと承りましょう。
本日は、我が主君からの
まずのって、そこを強調するということは、今回の返礼品では足りないと考えているのか?
それならば、何か頼んでも良いのかな?
「例えばだが、食料の供給は頼めるのか?」
「なんなりと」
それぐらいは良いのか。
「例えばだが、最寄りの街へ観光に寄っても?」
「どうぞ、ご自由に。後で通行証をご用意しましょう」
それは助かるな。
出入り自由ってことだからな。
「それから……「うわー、どいてーー!!」」
「!」
そこに
どうやら、馬に嫌われて暴走されたようだ。
右の車輪が外れて、ついに箱馬車は擱座した。
終わった。こんな粗末な箱馬車を見られたら、俺たちが貴族でないことがバレてしまう。
この世界でも貴族を騙るのは重罪だという。
善意の領兵隊を殺して、俺たちが生き残るしか手段はないのか?
「その馬車はどうされたのだ?
ご自分たちで制作されたようだが?」
ん? 自作ということには引っかかりがあったようだが、俺たちが貴族ではないということには考えが至っていない?
これは乗っかるに限る。
「ああ、先のオーガとの戦いで馬車が破壊されてしまってな。
なんとか自作させたのだが、あの通りでな」
「それは、良い返礼品が見つかりました。
ぜひともその馬車、我が伯爵家でご用意させていただきたい。
あのような素晴らしい反物、お礼が追い付きませぬゆえ」
なんだか、とんとん拍子で貴族馬車が手に入ったようだぞ。
「すまないな」
「ちなみに紋章はいかがいたしましょう?」
「紋章?」
「はい、貴族の箱馬車には、その貴族家を示す紋章を描かないとなりません」
しまった。そんなもの有るわけないじゃないか。
だが、それは日本で言う家紋みたいなもんか。
しかし、うちの家紋ってクソ親父の家紋だよな?
そんなの使うわけにはいかない。
ならば……そうだ、母さんが実家から使っている女紋があるじゃないか。
たしかアゲハの蝶。
「これは女紋だけどこれしかないか」
早速俺はそのアゲハ蝶をうろ覚えで紙に描いた。
我ながら綺麗に描けたもんだ。
「これで頼む」
「承知しました」
モーリス隊長は馬車一杯の返礼品を置くと、とんぼ返りで引き返して行った。
どうやら伯爵は、あのキャピコの糸の反物がえらく気に入ったようだ。
そして、返礼品をくれるなど律儀な人であることも判明した。
このまま友好的な関係を続けて行きたいものだ。
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