第154話 排除

 いや、駄目だ。

確かにGKに処分を命じれば、隠密と暴食スキルにより証拠も残さずにユルゲンを始末出来るだろう。

だが、不明の魔物によりユルゲンが襲われた・・・・・・・・・という、動かし難い結果が残されてしまう。

それにより起こる反動は、その危険極まりない魔物を討伐するという動きとなるだろう。

GKの配下を差し出して誤魔化すことは可能だろうが、それをするのは俺のポリシーが許さない。

となるといつまでも討伐隊が森をうろつくこととなり、またユルゲンと同じ考えを持つ輩が現れかねない。


 しかし、このままユルゲンを放置すれば、温泉拠点には確実に貴族軍が攻めて来る。

どうせ戦うことになるならば、今ユルゲンを討った方が被害が少ないのではないだろうか?

貴族である俺が怒ってユルゲンを無礼討ちしたとしてもこの世界なら問題ないはずだ。


 ここで判断が分かれるのは、この場でモーリス隊長がどう動くのかが読めないことだろう。

モーリス隊長は、ユルゲンを嫌っているように見えたので、オールドリッチ伯爵にユルゲンが貴族の気分を害して無礼討ちされたと正直に報告して終わらせるかもしれない。

同時に嫌いな相手だろうが、護衛対象が討たれたならば反撃せざるを得ない生真面目さも持ち合わせているため、モーリス隊長も討たねばならない事態となるかもしれない。


 仮にモーリス隊長が動かず、主の貴族に全てそのままに報告することを選んだとしても、ユルゲンを討ったことでオールドリッチ伯爵が気分を害することになるのかが読めない。

家令として信頼し重用していれば、復讐を考えるだろう。

嫌われていれば……いや、嫌っていても利益があると思えば、俺たちの温泉拠点を攻めて来るかもしれない。


 うーん、俺たちがユルゲンに直接手を下すと、悪い結果しか見込めないじゃないか!

放置しても悪い結果だから、やはりGKにサクッと殺ってもらうのが一番なようだ。

GKの配下を除いて何か身代わりとなる物はないか?

そうだ、あれ・・があるじゃないか。

あれ・・を討伐部位として渡せば、GKの配下を差し出さずともモーリス隊長が処理できるだろう。



 ◇  ◇



Side:モーリス隊長


 ユルゲンの奴がこともあろうにあの貴族側を怒らせて交易交渉を決裂させやがった。

奴は主君にあの貴族側の行為を悪くあげつらい、戦う理由をでっち上げるつもりだろう。

自らが交渉を破談にしたくせに、全てあの貴族側に責任があると擦り付けるつもりに違いない。

その嘘の中に真実を少し含めるから質が悪いのだ。

ここでは、交渉の席を先に立ったのはあの貴族側だということが事実になる。

それを上手く利用し、自分に都合の良いように報告するのがユルゲンなのだ。


 さて困ったぞ。討伐命令が出て矢面に立たされるのは俺と部下たちだ。

我が方は総員200名の領兵隊だが、彼らはこの戦力に勝るオーガ率いる群をいとも簡単に討伐することが出来るのだ。

逆に全滅させられるのは、俺たちの方だぞ。

さて、どうやって戦闘を回避するか……。

いっそ、ここでユルゲンを亡き者にしてやろうか。


「!」


 突然、俺の乗っていた馬が棒立ちになった。

危うく振り落とされるところをなんとか耐える。

ユルゲンの乗る貴族馬車も2頭の馬の落ち着きがなくなり、その歩みを止めた。


「て、敵襲!」


 御者が慌てて御者台から箱馬車の中に入り内側から扉を閉める。

徒歩で付いて来ていた領兵隊が貴族馬車を囲み防御態勢をとる。

これで領兵を倒すことなく箱馬車の中に危害を加えることは不可能となったはずだった。

ユルゲンを守るために領兵が盾となるのだ。あんな奴のために……部下には申し訳なく思う。


 馬がおかしくなったのは、どうやら魔物が発する威圧によるもののようだ。

召喚勇者様から齎された知識によると、SAN値というステータスが削られていくことで恐怖心を克服しているらしい。

そのSAN値が0になると恐怖に耐えられなくなるのだそうだ。

いま明らかに我々はSAN値が削られている最中だった。

それほどの恐ろしい魔物が接近中ということだった。


「周辺警戒! 恐怖心が強くなる方角に敵がいるぞ!」


 嫌な奴だが、ユルゲンを守るために俺たちは全力を尽くさなければならなかった。


 暫く警戒を続けるとふっと恐怖心が消えた。

領兵も誰も倒されていない。

つまり、我々は貴族馬車を守り切ったのだ。


「魔物は去った。出発するぞ」


 箱馬車の中に声をかけたが返事がない。

箱馬車の中には避難した御者も居り、内側から御者台への扉を閉めているのだ。

その御者に俺は出立の声をかけたつもりだった。

だが、いつまで経っても御者が出て来ない。


「どうしたのだ。ユルゲン殿、開けるぞ!」


 箱馬車の扉を開けると、そこには泡を吹いて倒れている御者と魔物がいた。


「……っ!」


 俺は慌てて剣を抜いて魔物に剣を刺した。

手ごたえがない。それは抜け殻だったのだ。

魔物はジャイアントコックローチ、どうやらユルゲンを喰らい脱皮して去ったということのようだ。

御者はジャイアントコックローチを視認したためSAN値が切れて卒倒したようだ。

それで運よく助かったのかもしれない。


 これは責任問題になる。俺は頭を抱えた。

数人の部下を損失した程度では責任を取らされることはないが、たった1人の護衛対象に危害を加えられたとなると、由々しき事態だった。あってはならないことなのだ。

俺たちが守っていながら家令のユルゲン殿が魔物に喰い殺されたなど、良くて降格、悪ければ死罪もある。

いや、この抜け殻、丸々討伐部位に出来るではないか!

魔物は俺たちが倒したがユルゲン殿は無残な死を遂げた。

こうなってしまえば保身に走るしかない。

俺の主義ではないが、仕方のないことだった。


「う、うーん」


 御者が目を覚ました。


「おい、いったい何があったのだ!」


「ま、魔物がユルゲン様を食べてしま……うーん」


 御者はその光景を思い出したのか、また卒倒してしまった。

良いぞ、御者はユルゲンが喰われたところを目撃している。

馬車の中に侵入されたことを我々が気付けなかったことも証言出来るだろう。

さすがに気配を消すような魔物は我らでは対処できないからな。

そして、その魔物は俺がからくも討伐した。それで行こう。

家令として便利使い出来る御仁ではあったが、主君もユルゲンのことは好きではない様子だった。

ここで死んでも主君が怒るということはないだろう。


 しかし、インセクターに加えてジャイアントコックローチまでいるとは、やはりこの森は危険過ぎた。

そんな場所に保養地を構える貴族か。

邪魔者は消えたし、今後も友好関係が築けるように挨拶して来た方が良さそうだ。

箱馬車の中にはオーガの討伐報酬が積まれているはず。

それをさっさと渡して来てしまおう。

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