第153話 ユルゲン

 モーリス隊長が部隊を引き連れて再びやって来たのは、10日ほど経った後だった。

俺たちはその時間を利用して壁の外に応接室を作り、そこをまた壁で囲んで交渉の場として準備した。

アンドレじゃなくてバスケ部女子が木工スキルを得たので、椅子やテーブルは彼女が手作りした。

日本だと高級品だと自画自賛する良いものが出来た。


 応接室を囲む壁は丁度南口が出っ張ったような感じになっている。

その前に貴族が使うような箱馬車が横付けされた。


「なんだこの扱いは?

オールドリッチ伯爵の名代である儂を屋敷に入れないつもりか!

名代である儂への無礼は我が主君への無礼ぞ!」


 その入り口まで迎えに行ったオスカルバレー部女子グレース裁縫女子の目の前で、背が低く痩せた男が怒鳴り散らしていた。

俺はその様子を【隠密】スキルを使って隠れているホーホーと視覚共有して覗いている。


「我が主に、このような些事で手間を取らせるつもりか!?」


「当家はそちらの隊長殿から請われて魔物素材を交易することにしただけ。

別に売り渡さなくても構わない立場です。

不服ならばどうぞお帰りください」


 オスカルとグレースが畳みかける。

今回こちらの目的は、魔物素材と特産品を引き渡して、速やかにお引き取り願うことだった。

長引けば長引くほど粗が見えてしまう。

屋敷の中に入れろとゴネられたら交渉を打ち切っても良いと予め決めてあった。


「ユルゲン殿、その通りですぞ。

こちらが譲って欲しいと頼み込んだ話で、なぜ居丈高になれるのですか!」


 さすがに話を台無しにされそうになり、モーリス隊長が割って入った。

彼らにはオーガの群を討伐し街道の安全を確保したという証拠が必要なのだ。

それは隣国との国境地帯故に対外的にも示さねばならないものであり、是が非でも手に入れたいはずだ。

こちらは渡さなくても何も痛くないが、向こうはそうはいかないのだ。


「しかし、我らを屋敷に入れないなど、我がオールドリッチ伯爵家が貶められたも同然。

無礼にもほどがあるだろうが!」


「いや、ここは異国の貴族家の領地ですぞ。

その国その国でやり様が違う。それに従うのが筋でしょう。

無理を押し通すならば敵対行為と見做されますぞ。

ユルゲン殿の一存で戦争をしかけるおつもりか!」


 そのモールス隊長の苦言でやっとユルゲンという男は渋々前言を翻した。


「わかった……。我が伯爵家が折れてやるとするか」


 そしてユルゲンは不承不承、交渉の席に着くのだった。

モーリス隊長がユルゲンの後ろで拳を振り上げて殴ろうとしていたのには笑うしかなかった。

普段からよほど迷惑を被って来ているのだろう。

ユルゲンは護衛に嫌われたらどうなるかを考えないのだろうか?

森ではぐれて魔物に襲われ亡くなりましたと報告すれば、謀殺したとしてもわからないぞ。

それとも、こんな人物でも能力が高くて替えの利かない人材なのだろうか?

殺してやりたいが、殺すに殺せない理由がある、だからここまで調子に乗れるのかもしれない。


「ふん、粗末な椅子とテーブルだな。

家の格がわかるというものだ」


 ユルゲンが調度品を眺めまわし嫌味を言う。

日本では無垢の一枚板によるテーブルなんて高級品なんだが、この世界では当たり前すぎて粗末に見えるのかもしれない。

それって木工スキルを得たアンドレ……じゃなくてバスケ部女子の作品だぞ。

我が偽貴族家が貶されたことはスルー出来ても、運動部仲間の作品を貶されたらオスカルも黙っていられないだろう。


「急だったのでな。このようなもの・・・・・・・しか用意出来なかった。

何しろここは魔物が跳梁跋扈する魔境なのでな。

輸送するには時間も手間もかかるため、我が友・・・が心を込めて手作りしたものなのだ」


 オスカルが殊更アクセントを込めて謝罪した。

いや、むしろそれは謝罪というより威圧だった。

我が友が心を込めて作ったものが不服なのかという感じだ。


「いや、よく見れば味があるな」


 その威圧に耐えられなかったのかユルゲンが素直に椅子に座った。

しかし、次の瞬間また激怒する。


「なんだ! 儂の相手がメイドの小娘とはどういういことだ!」


 グレースがユルゲンの正面の席に着くと、またユルゲンが怒鳴り始めたのだ。

メイドのグレースが交渉役と知りバカにされたとキレたのだろう。


「私も我が主君の名代でございます。

お互い立場は名代同士、つり合いがとれていると思いますが?」


 グレースが嫌味を込めて言う。

裁縫女子、飛ばし過ぎ。

ユルゲンの顔が赤く染まっているぞ。


「名代である私への無礼は我が主君への無礼。

先ほど貴殿が仰ったことではないのですか?」


 権力を嵩にかかる奴は権力に弱い。

いくらメイドでも、貴族の名代ならば貴族として扱う必要があった。

そして貴族の名代が相手ならばユルゲンもプライドが守られるのだろう。


「そうであったか。

このような場合、まず名乗るのがマナーですぞ。

だから要らぬ勘違いを生むのです」


 いや、聞く前にメイドが相手だと見てキレたよね?

ほんと、なんなのこいつ。


「では、さっさと済ませましょう。

いい加減、時間が勿体ない」


「申し訳ない」


 ユルゲンの代わりにモーリスが謝罪する。

ユルゲンのせいで相当苦労しているようだ。


「オーガの素材が討伐の証拠として必要なのですね?

それはどこを渡せば良いのでしょうか?」


「まず、本物かどうか実物を見せなさい。

話はそれからだ」


「は?」


 グレースの声が1トーン落ちる。

こちらはアイテムボックス持ちをあまり表に出したくないのだ。

この条件は飲めない。


「疑うのならば、これにて交渉は決裂ということで」


 グレースが席を立つ。

無駄な交渉をするようならば、席を立っても良いという話はしたが、早い、早いよ!

裁縫女子、かなりキレてるな。


「良いのですか?

オーガを引き渡せば討伐報酬が出るのですぞ?」


「当家はお金に困っておりません。

そんなものは要りません」


「ならば、討伐報酬なしでオーガを引き取るということで決まりですな」


「は?」


 更にグレースの声が1トーン落ちる。

これは交渉などというものではない。

言葉遊びによる値切り行為だ。

なんなのこいつ。


「いや、交渉決裂でございます。

これ以上話すことはありません。

お引き取りください」


 グレースが席を立ち、オスカルを従えて内壁のドアをくぐり、固くドアを閉めた。

裁縫女子には、もう少し粘って欲しかったが、交渉決裂だった。


「見たか? あの騎士が着ていた衣装を?」


 俺たちの目が無くなったと思ったのか、ユルゲンがモーリスに問うた。


「ああ、見事な光沢と刺繍の品だった。

じゃない。なんてことをしてくれたのだ!

交渉決裂で討伐部位が手に入らなくなってしまったぞ!」


「ここの人員は最低で10名なのだろう?

しかも半分以上が女。先程のオスカルという騎士、あれも女ぞ。

オーガの討伐部位など攻め落として奪えば良い」


「まさか!」


「ふん、これで戦う理由が出来たであろう?」


 おいおい、こいつ、俺たちと交渉決裂したことを理由に攻めて来る気だぞ。

それで挑発的な言動をしていたのか。

最初からこれが狙いだったのだな。

やはり、この世界も一番面倒なのは人間か。

いっそGKにユルゲンを暗殺してもらおうか?

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