第122話 馬車3台

 馬車が3台もあったことで、盗賊たちの大体の正体が想像できた。

あの連中の装備や雰囲気からして、馬車を3台も所持しているわけがないのだ。

つまり、誰かから借りたか提供された、あるいはこの場で奪った戦利品の馬車ということだった。


 借りたというのは、文字通りこの強盗行為のために馬車をレンタルしたということだ。

つまり、表の仕事で堂々と借りたということだった。

魔物の氾濫で、逸早く現場に向かった冒険者。

さぞ英雄的行為だと思われて地元を後にしたことだろう。

だが、雰囲気的にこの強盗行為の常習者たちだ。

魔物の氾濫が起きる度に、避難民を襲っていた冒険者兼業の盗賊だ。

その利益を当て込んだからこそ、この現場に逸早く駆け付けるために、馬車を3台も借りたのだと思われる。


 提供されたというのも、何らかの依頼を受けた冒険者であることを示す。

公に馬車を提供されて魔物の氾濫の救出に向かう。

或いは、あの橋にバリケードを設置する役目を負っていたのかもしれない。

だが、いつものように避難民を襲って利益を得ようと動いた。

救援部隊が裏では盗賊として動く、そんな常習者たちだったということになる。


 この場で避難民を襲った結果、馬車を手に入れた可能性もあるが、その可能性は限りなく低い。

状況的に捕まったり殺されたりした避難民の痕跡が見受けられないからだ。

そもそもバリケードを越えて馬車がこちら側に来れるはずがないのだ。

つまり、俺たちが今回のターゲット第1号ということになる。

盗賊が前回の魔物の氾濫からずっと戦利品の馬車を維持していたとは思えない。

彼らの雰囲気や装備が、食い詰め冒険者であることを思わせるからだ。

そんな連中が維持費のかかる馬車を3台も持ち続けていたわけがない。

戦利品ならば、さっさと金に換えていたことだろう。


「これ、手を出すの本当に拙いと思う」


 俺は馬車3台という意味を考慮して、再度放棄を提案した。


「何言ってんのよ! バレなきゃいいのよ、バレなきゃ」


 欲に目が眩んだ裁縫女子が譲らない。

俺が逃げ道である馬車の改造を許可してしまったのが良くなかったようだ。

だが、バレた時のことをもっと考えて欲しいのところだ。

馬車が借り物或いは提供された物ならば、この表向き冒険者たちから俺たちが馬車奪ったことになる。

馬車を奪うために冒険者を殺害したとも取られかねない。

つまり俺たちが強盗扱いされても不思議ではない事態なのだ。


「馬車を持って帰ったとしても、売れないからね?

へたすると、こいつらが戻らないからと捜索隊が出されるかもしれない。

そんな時に俺たちが馬車を所持していると知れたら、どうなると思う?」


「ならば、この場で馬車を壊して主要部品だけを手に入れるわ」


 なるほど、考えたな。

壊れた馬車を見つけたから使える部品を拾っただけ、壊したのは俺たちじゃないし馬車を奪ったわけじゃないという作戦か。

元々改造を加えようとしていたのだ、その改造の及ぶ部分を最初から壊して置いて行こうということだった。


「瞳美ちゃん、法的には?」


「セーフですね。

壊れて放棄された馬車の部品を拝借するのは、良くあることのようです。

お貴族様の馬車で、間違いなく後で回収されるというものでなければ、拾った人が自由にして構いません。

極端な例では、事故に遭った商人の馬車の積み荷を拾っても罪に問われません」


 いろいろザルっぽい法律のようだが、この世界ではそれが命を救うことにもなるのならば、何でも罪に問おうということではないのだろうな。


「なら、その作戦でいこう」


「やった!」


 馬車で重要なのは、車輪と車軸それを受ける軸受け部分、そして馬に引かせるくびきだろうか。

俺たちは、馬車から荷台部分を剥がすと、壊してそこらへんに撒いた。

ラキの爪斬波で魔物の痕跡を残すのも忘れない。


「幌も1つぐらいは切裂いて残しておくか。

同じものならクモクモが作ってくれるだろうし」


「偽装工作にはもってこいね」


 幌は、構造体さえ残しておけば、布は自前でなんとかなる。

そして、こんなことが出来るのも、俺と結衣がアイテムボックスを持っているからだ。

俺のアイテムボックスには、ひっぽくんの獣車を入れた実績がある。

部品化した馬車など簡単に入るのだ。


「馬はどうする?

さすがに6頭は多いだろ」


 馬車は10人乗りの大型だった。

盗賊が総勢30人弱だったので、そのサイズが必要だったのだろう。

つまり、それを引く馬も1頭ではなく2頭だったのだ。


「長い間逃げた馬は捕まえた者に所有権が移るようです。

借り物の馬だった場合、その責任は逃がした借主が追います。

馬の所有権が明確な場合――これは魔法的な印付けがされていた場合ですが、その場合は正式に返還を要求されます。

ただし、その場合は馬を連れ戻してくれた礼金が出るようです」


 瞳美ちゃんがこの世界での慣習を説明してくれた。

つまり、逃げた馬は捕まえた者に所有権が移り、魔法的な印が無ければ返還を主張出来ないということだった。


「つまり、その魔法的な印を消せば良いのね」


 裁縫女子、そういう意味ではないと思うぞ。

長い間逃げた馬を所持していても、何ら問題はないということだ。


「この子たちはみんな絶対に飼うからな。

飼葉ならば、草原にいくらでもある」


 紗希って、そんなに動物好きだったのか。

彼女には言い出しっぺで馬の飼育を押し付けようと思っていたが、本人が喜んでやる気ならば任せよう。


「とりあえず、馬はひっぽくんの獣車の後ろに繋げよう」


「僕が1頭に乗って引くよ」


 俺がそう提案すると、紗希が自分で引くと言い出した。

おかしいな、彼女とチョコ丸に2人乗りした時も馬に乗れるような様子は無かったんだが。


「乗れるの?」


「当り前じゃないか。

馬は友達だよ?」


 どう見てもノープランだった。

だが、言い出したら聞きそうもない。

乗らせて駄目ならば諦めも付くだろう。


「さあ、そろそろ出発しないと日が暮れるまでに拠点に戻れないぞ」


 俺はチョコ丸に乗ってひっぽくんを先導するのだった。

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