第121話 戦利品
気が付くと、俺は結衣の胸で眠りに落ちていた。
その弾力と癒しの香りに、俺の高ぶっていた神経の興奮が静まったためだろう。
はっとなって飛び起きたが、幸いにも盗賊の二次攻撃はなかったようだ。
「大丈夫、今はホーホーが監視してラキちゃんが守ってくれてるよ。
それに1時間も寝てなかったよ」
前言撤回。どうやら眷属が守ってくれていたようだ。
「まだ居たのか?」
「うん。たぶん盗賊たちが帰って来ないから様子を見に来た連中だと思う」
ラノベでは、盗賊の襲撃はボーナスステージ扱いにされることがある。
盗賊の拠点まで行って残った盗賊を倒すことで、貯め込んだ財宝や討伐報酬を得るという流れだ。
だが、盗賊たちの装備を見る限り、現実にはそうそう財宝を貯め込んでいるわけではないと思われる。
その日暮らし、或いは食えない冒険者と兼業といったところだろう。
そんな状況で財宝など貯め込めるわかがないのだ。
討伐報酬もよっぽど有名な盗賊にしか出ないだろう。
今回のような魔物の氾濫にかこつけた襲撃ならば、その被害にさえ気付かれていない可能性の方が高い。
このような緊急時には、魔物にやられたか、盗賊にやられたかなど、目撃者が居ない限り区別のつきようがないのだ。
だからこそ、被害者には死んでもらうか、行方不明になってもらうかしかないはずだ。
返り討ちにあって盗賊の方が死体を晒したままなどあってはならない。
そのために、二次攻撃があったということだろう。
「なるほど。次が来ないということは、残りは居ないか逃げたということだな」
奴らの目的は追いはぎだろう。
金品の強奪と女性の誘拐、そのためには平気で人を殺す。
盗賊の拠点を突き止めて、他にも被害者がいないか調べるべきだったかもしれないが、俺たちにはそんな余力はない。
いや、ホーホーとGKに調べてもらえば、いけるか?
「ホーホー、盗賊の拠点は探せる?」
「ホー、ホーホー」
可能らしい。
ホーホーは盗賊の侵入を監視していたので、盗賊の来た方角もわかっているようだ。
「ホーホーお願い」
ホーホーは俺の依頼を受け、そのまま飛び立って行った。
『GK、ホーホーと連携して残敵掃討。
被害者がいたら解放してあげて』
まあ、この休憩所の様子や盗賊の動きからして、他に被害者はいないだろう。
俺たちの襲撃にかけた時間を考えれば、昨夜俺たちより前に誰かが襲われたとは思えないからだ。
今回の魔物の氾濫以前に女性が攫われていたとして、前回の被害者がまだ監禁されているなど、おそらくない。
売られているか、必要なくなったからと殺されるかしているだろう。
人を1人養うのも金がかかるからだ。
その日暮らしであろう盗賊たちの経済状況では、そうそう人を囲っておくことは出来ないだろう。
そんなことを考えていると、ホーホーから念話が来た。
それは明瞭な文章でなく「見つけた」と「馬車」という概念の放出だった。
どうやら、盗賊たちは誘拐用の馬車を準備していたらしい。
つまり、拠点を持つ盗賊というよりも、この場限りで集まった兼業冒険者の副業という感じなのだろう。
『被害者は?』
俺がそう訊ねると、「いない」という概念が伝わって来た。
これで心置きなく放置できる。
捕まっている被害者がいて、俺たちが盗賊を倒したことで捕まったまま動けず、世話をする人間も居ず、そのまま餓死なんてことになったら寝覚めが悪い。
GKからも「終わった」という概念が伝わって来た。
どうやら見張り程度は残っていたらしい。
「なに?」
俺がホッとした表情をしたからか、結衣が俺の顔を覗き込んで来た。
俺は、盗賊の拠点のことや被害者が居た場合のことを結衣に話した。
「つまり、戦利品で馬車が手に入ったということ?」
その会話を横で聞いていた裁縫女子が反応する。
盗賊の汚い装備は武器以外は捨てていた。
食い詰め冒険者のような連中の持ち物は碌なものが無かったからだ。
馬車がそれなりの値段がするのは、裁縫女子も知っているからこその戦利品扱いだろう。
「いや、要るか?」
「ひっぽくんの獣車があるから、私たちは要らない。
でも馬車といえば、この世界では自家用車に匹敵する財産よ?
売れば儲かるわよ」
「それはわかっているけど、下手に売ったことでトラブルにならないか?」
俺が危惧したのは、馬車が盗品やレンタルだった場合だ。
犯罪被害者の馬車を売りに来た=犯人と思われる可能性もある。
レンタルだったならば、借りた者を襲ったと判断されかねない。
「盗賊から手に入れた物は、その人に権利があるらしいよ」
瞳美ちゃんが口にしたのは、カドハチの店で買った歴史書や民俗学の本から手に入れたこの世界の知識だった。
買ってからそんなに時間が経っていないのに、もう全部読んで頭に入っているのか。
「となると、盗賊に襲われたという申請なり証明をしないとならないかな。
他にも被害者がいないと、俺たちだけの証言となって、俺たちが冒険者を追いはぎしたみたいに思われかねないぞ」
盗賊の本業が冒険者で、その犯罪行為が公になっていないならば、俺たちの他に証言者がいないと、俺たちの証言を信用してもらえないという危惧があった。
盗賊に襲われたのに、俺たちが追いはぎで馬車や装備を奪ったと思われかねない。
「ああ、確かにめんどくさいわね」
裁縫女子もその点を理解したようだ。
俺たちは悪目立ちするわけにもいかない。
ここは諦めるしかないだろう。
「でも、もったいないから拠点に持って行っても良くない?」
紗希、そうすると、拠点が盗賊のアジトみたいに思われるぞ。
「手を加えてしまえば、わからないわよ。
服だってリフォームしたら盗品だってわからないわよ?」
裁縫女子、盗品って言うな。俺たちが盗んだんじゃないんだからな。
しかし、それも一理あるな。
馬車なんてほとんど同じ作りだ。
地球の自動車のように車台番号で管理されているわけでもない。
見た目が違えば明確な証拠でもない限り、自分たちのものだと主張することは出来ないだろう。
まあ、馬は個体識別出来てしまうかもしれないけどね。
「わかった。馬の世話は紗希、馬車の改造は裁縫女子の役目ね」
「な!」
言い出しっぺは損をするのだよ。
散々文句を言って来たが、裁縫女子は欲に目が眩んだようで納得した。
紗希は動物が好きなようで、最初から受け入れていた。
朝を迎え、俺たちは馬車の回収に向かった。
「え?」
馬車は3台あった。
俺がホーホーに数を訊かなかったのもあるが、概念だけでは伝わらないことがあると再認識した。
視覚共有しておけば良かった。
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