第120話 盗賊の襲撃

 俺が居眠りしていると思われたのならば、それを逆に利用してやる。


「ホーホー、視覚共有」


 連中を警戒するために木の上から見張っているホーホーと視覚共有する。

ホーホーは梟の魔物なので、夜目が利く。

まさか奴らも俺がこの暗闇で見えているとは思わないだろう。

逆に俺の姿は竈の焚火で丸見えだ。

奴らにこちらが気付いたことを悟られないようにしないとならない。


 奴らは武器を手に持ち、俺たちを包囲しようとしていた。

どうやら森の中にも手勢が隠れていたようで、人数が増えている。

これは明らかに襲撃態勢だ。


「やはり、この世界でも一番怖いのは人間か」


 地球でも意図して人を一番殺しているのは野生動物ではなく人間だ。

人を一番殺しているのは病気を媒介している蚊だという説があるが、あれは意図なんてしていないはずだから除外だ。

この魔物が跋扈する危険な世界でも、人は自らの欲望で人を殺そうとする。

むしろ、法律や捜査方法が進んでいないこの世界の方が、殺人を行うハードルが低い。

バレなければ何をやっても良いと思う人間はどの世界でも一定数いるもんだ。

この世界、人が死んでも魔物にやられたで簡単に済んでしまう。

そういったことでバレる率が低いこの世界では、殺人を犯すことを忌避するたがが圧倒的に外れているのだろう。

いよいよ俺も覚悟を決める時が来てしまった。


「眷属召喚、GK。森の中で武器を持ち近付く連中を殺せ」


 眷属にやらせることになったが、俺は明確に人を殺す命令を下した。

殺らなければ殺られる。もうその段階だった。


「紗希、来たぞ。

人を殺せないなら下がって。

獣車の3人を守るだけで良い」


「いや、2人で対処した方が良いと僕は思うよ。

獣車はラキちゃんが守るでしょ?」


「すまないな」


 どうやら紗希も人を殺す覚悟を決めたようだ。


「ラキ、獣車の3人を守れ、最悪ブレスを使っても良い」


 ラキには戦う力のない彼女たちを守って欲しい。

いや、彼女たちもゴブリンを1人で倒せる程度には強くなっているんだけどね。

戦闘技術を持っている対人戦となると、戦わせるのはちょっと怖い。


 奴らは、竈の火で姿が見える位置の手前で武器を振り上げて走りだした。

どうやら、言葉で説得して略奪するよりも、手っ取り早く俺を殺して全てを奪うことにしたようだ。

ちなみに、俺一人を殺害対象だとしているのは、女子たち4人は略奪の対象にされている可能性が高く殺されないと思っているからだ。

だが、それは生きているだけで地獄の日々が待っていることを意味している。

まだ俺ですら手も出していない嫁を、奴らが好き勝手すると妄想するだけで殺意が涌く。


「おらー」


 俺たちを偵察しに来た男が先頭を切って俺に襲い掛かる。

どうやら俺に正論で論破されたことが気に食わなかったようだ。

その動きは、意外なほど遅かった。

他人のステータスを見たことがないのだが、まさか俺たちよりレベルが低いのか?


 俺は剣を振りかぶって攻撃して来た男の胴を、剣を抜きざまに切り、右へと抜けた。

剣道で言う抜き胴というやつだ。

黒鋼の剣の切れ味のおかげか、俺の剣技スキルのおかげか、男は胴で真っ二つになり臓物を撒き散らして転がった。

全員で囲んで攻撃すれば良いものを、1人で突出して来たせいで1対1で対処できた。

やはり、こいつバカだ。

そして、俺の人生初の殺人の被害者となった。

殺しに来たから返り討ちにした。正当防衛。

そんな思いが頭を過ったが、案外冷静な自分がいた。

グロさはゴブリンで耐性が出来ていたようだ。

そして、こんな奴らを人ではなくゴブリン程度にしか思えない自分に気付く。


「貴様ら! どういうつもりだ!」


 俺は襲撃に対して非難の声をあげる。

仲間が倒されたことで、撤収する可能性も――ほとんど無いだろうが――考えたからだ。


「うるせぇ、よくも仲間を殺ってくれたな。

死ねや!」


 どうやら収まる気配は無いようだ。

しかし、相変わらず1人が突出して攻撃して来る。

もしかして、連携ということも知らない?

いや、森の中から獣車を狙って近づく別働隊がいるのだ。

連携を知らないわけがない。

となるとこれは陽動で、突っ込んでくる奴は殺られても良い捨て駒か?

俺はホーホーの視覚情報で敵の位置を把握しつつ敵を切り伏せて行った。


「なんだこいつ、暗闇でも見えるのか!?」


 見えているのはホーホーだけど、俯瞰の視界と目の前の視界とで、その情報を組み合わせるのは頭を使うものだ。

ゲームのレーダー画面に馴れていなかったら頭が混乱したいたところだろう。


「ぐわー」

「なんだこいつは!」

「ひーーーーー!!」


 森の中から盗賊――もう盗賊で良いよね――の悲鳴が上がった。

どうやらGKが別働隊に対して攻撃を開始したようだ。

GKは遭遇しただけでSAN値が削られるのだ。

盗賊たちは恐怖で我先に逃げまどい始めた。


「うわー! 腕がーーー!」

「俺の足がーーーーーーー!!!」


 獣車に近寄った盗賊が、ラキの爪斬波で切裂かれる。


「ぐげーーーーー!!」


 不用意にチョコ丸の横を通った盗賊がチョコ丸に蹴り飛ばされる。

あの速度で走れるチョコ丸の蹴りは、ダチョウの蹴りよりも威力があるだろう。

俺たちを5人と侮ったのが間違いだ。

俺たちには戦える眷属がいるのだ。


「くっ!」


 混戦となりつつあった状況で紗希がくぐもった声を上げた。

どうやら紗希のレベルでは対処出来ない敵が現れたようだ。

いや、やはり殺人に躊躇したのかもしれない。

俺は目の前の盗賊を袈裟懸けに切り捨てて紗希を援護しに向かう。


「お前の相手は俺だ!

紗希は獣車の守りを」


「わ、わかった」


 紗希には悪いが、殺せなければいつまで経っても危機は去らない。

俺には紗希を庇いながら戦うことは難しい。

ならば紗希には獣車まで後退してもらって、ラキに守ってもらうしかない。

既に、休憩地の盗賊は4人にまで減っている。


「くそ、よくも仲間をこんなに殺ってくれたな!」


 どうやらこの盗賊団のボスらしい。


「俺たちを殺しに来たくせに何を言う!」


「はあ? 殺すのはお前だけだ。

女は後で可愛がってやるつもりだからな!」


 なぜかボスは俺が「俺たち」と言ったことに拘った。

そこはそんな事に拘る必要もなく意味が通じるだろうよ。

どうやらボスは、一つ事に拘ると他が見えなくなる質のようだ。

たしかこれは何かの精神病の症状の一つだったはず。

物事の本質は無視して自らが拘った事にだけに執着する。

どうやら会話が成立しない相手のようだ。


「死んで女を寄越せよコラ」


 魔物の氾濫という危機に、避難して来た者たちを襲う。

明らかに計画性のある行動だと思っていたのだが、もしかしてこれは成功体験による条件反射か?

「魔物の氾濫が起きる=獲物が多く儲かる」とか?


 俺はボスの動きを冷静に見ながら剣戟を防いでいく。

さすがにボスだけあって強いのだが、俺の敵ではなかった。

レベルを上げておいて正解だった。


 ボスが袈裟懸けに切り込んで来る。

俺はそれを避けると、そのまま身体を回転させて後ろの盗賊を切り倒す。

ホーホーの視界で見えていたから良かったが、ボスの攻撃は仲間と連携したフェイントだったのだ。


 俺が負傷するか最低でも隙が出来ると当て込んでいたボスは次の攻撃に移っていた。

しかし、それも見えている。

俺はボスの剣戟を背中を向けたまま避けると振り返る動きでそのまま切り捨てた。

その間に残った2人の盗賊もラキと紗希に倒されていた。

紗希も3人を助けるためと、とうとう人を殺めたようだ。


 森の中は粗方GKが掃除をしてくれたようだ。

休憩地の盗賊も死んだか、重症で手当てをしなければそのまま死ぬかのどちらかだった。

盗賊を助けてやる義理は無い。このまま放置するつもりだ。

だが、この血の臭いで魔物を呼び込んでは困る。

俺は穴を掘ると死体を捨て、火トカゲの炎で焼いてもらった。

そして休憩地に【クリーン】をかけた。

さすがに重症者を生きたまま焼くことは躊躇われた。


 そんな作業を淡々と熟し、俺たちの危険な一夜は終わりを告げた。

精神を削られた俺を結衣が胸に抱きしめて癒してくれた。

嫁の存在が俺の救いとなっていることを実感する。

この流れなら、激情に駆られてこのまま愛を確かめ合うところなのだが、獣車の中には邪魔者が3人興味津々な目でみつめていた。

こんな状況で出来るか!

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