第114話 2人部屋

 俺たちの部屋は、この世界の宿屋標準の2人部屋だった。

冒険者が泊まることを想定して、剣や鎧などの装備を仕舞える大きめのクローゼットと、シングルベッドが2つ置いてある。

大きなベッド1つに2人で寝るというラブホ的な感じではない。

ベッドの間は人1人分離れていて、別々に寝ることを想定した部屋だ。


 俺は前日と同様に向かって右のベッドに座る。

結衣も左のベッドに行くかと思ったが、なぜか俺の隣に腰を下ろした。

そこはかとなく、腕が触れるような距離感だ。

これはいったい、どういったサインなんだろうか?

このまま押し倒せって意味ですか?

人目に付かないようにと買い物を早く切り上げたため、まだ寝るような時間ではない。

どうすればいいの?

そんなことを考えていると、結衣が徐に口を開いた。


「さちぽよ、助けてあげたいね」


 なるほど、結衣は話をしたいだけのようだ。

焦って本能に従っていたら、とんだ勘違い野郎になるところっだった。

お節介2人組が居なくて助かった。

彼女たちが居たら、変に煽られてその気になっていたかもしれない。


「ああ、そうだな。

だが、そのためには、俺たちも力をつけないと。

せめてあのお目付け役たちを排除出来て、その後で国に攻められても守れる実力が無いと手を出すわけにはいかない」


「逆に私たちが捕まったら本末転倒だものね」


「そういうこと」


 俺たちのメンバーの中に、正義感だけで突っ走るようなやつがいなくて助かった。

正義感で突っ走るといえば、委員長がそのタイプだったな。

亡くなった彼には悪いが、一緒じゃなくて良かった。

拠点に残る脳筋運動部2人組は多少怪しいが、案外バレー部女子は冷静だし、バスケ部女子は前回の暴走で懲りているはずだから大丈夫だろう。


「街には来にくくなっちゃうね」


「残ったメンバーも最低1回は私物を買いに連れて来ないとならないだろうね。

あとは、顔も忘れられている俺が買い出しに出るぐらいしか無理かもね」


「あー、さちぽよも気付いていなかったもんね」


 そう言うと、結衣はクスクス笑った。

俺が一緒に居たのに気付かれないという現場を思い出し笑いしているのだ。

確かに転校初日に異世界召喚されて、ヤンキーチームとは顔も覚えられないうちにその後すぐに分かれて行動している。

だから、さちぽよも俺の顔が記憶にないんだろうな。

俺に対してはブレザー制服という印象だけが残っていて、着替えたことで識別不能になったのかもしれない。


「この世界の勇者召喚が使役系の危険なものだと判ったからには、ノブちんたちからの接触も避けないとね」


「あー、そうかー。

ノブちんたちは別の国に行っちゃった可能性が高いんだよね?」


「そう。あの国境方向に行ったのは水トカゲで判ってたんだけど、眷属の繋がりが切れちゃったから、その後の行動は不明なんだよね。

でも、召喚者に対しての扱いは、そんなに違わないと思う」


 つまり、拠点の位置を知っているノブちんたちが、さちぽよたちのように洗脳されていた場合、その国が俺たちを捕獲しに来る可能性がある。

さちぽよはなんとか洗脳に抗って俺たちを助けてくれたけど、ノブちんたち6人の中には情報を吐いてしまうメンバーが居てもおかしくない。


「拠点に戻ったら、本格的に温泉に移住する必要があるかもね。

残ったメンバーを街に連れて行くどころではないかもしれない」


「でも別の国なら、国境を越えて軍隊を動かすことは出来ないよね?」


「そこは隠密みたいな影の部隊が居ると思うんだ。

他の国の中で動くスパイや特殊部隊みたいな者は居るはずだよ」


「むしろ、そっちの方が恐いね」


 帰ったら拠点からの移動を提案しないとならないな。

今はクモクモやカブトン、陰からGKが守っているから大丈夫だとは思うけど、留守中に襲撃される危険も想定しないとならない。

やはり、早急に拠点は放棄した方が良いかもしれない。


 なんとはなしに、話題の途切れる瞬間が発生した。

俺を見つめる結衣と目が合ってしまった。

2人の間に流れるなんとも言えない空気。

こ、これは! チャンスということだろうか?

俺が一歩踏み出すだけで、大人の階段を上ってしまうかもしれない。


カンカンカンカンカン


 突然半鐘の音が鳴り響いた。

街の仕来りには疎い俺たちだが、異常事態だということはなんとなく解った。


「魔物の氾濫だーー!」


 外からこの事態を知らせるために走る伝令の声が聞こえて来た。

俺と結衣は急いで廊下へと出た。隣の3人部屋からも紗希たちが出て来た。


「なにが起きてるの?」


「魔物の氾濫らしい」


「それじゃ、拠点の皆は?」


 たしかにあの森から魔物が氾濫したとすると、彼女たちが危ない。


「南門に向かえ! 防衛線を張るぞ!」


「南ってことは迷宮の氾濫か!」


 外から聞こえてくる声によると、どうやら街の南にある迷宮が氾濫したらしい。

俺はホッと胸を撫で下ろした。

俺たちの拠点があるのは北の森の中だ。南じゃない。


「カブトン! 視覚共有」


 俺は拠点の守りを任せているカブトンと視覚共有をした。

カブトンは拠点の外の森の木にとまって拠点を守ってくれていた。

カブトンの視点では、森の中に魔物が溢れているという印象はない。


「カブトン、拠点の皆は無事か?」


 俺がそう念話を伝えると、カブトンは木を降りて拠点の中が見えるところまで歩いて行った。

カブトンが入口から中を覗く。


「あー、暇だー」


「ちょっとバレーちゃん、はしたないよ?」


 バレー部女子とマドンナの声が聞こえる。


「男がいないんだから、かまわないだろ」


「もうバスケちゃんも、そんな恰好でうろつかないで!」


 そんな声とともに視界に映ったのは、半裸でうろつく運動部2人組だった。

バスケ部女子なんかパン一に上半身はタオルだけだった。

首にかけたタオルが丁度彼女の双丘を隠すスタイルだ。


「視覚共有解除」


 こんな状態ならば、拠点は安全なのだろう。

となると、俺たちの危機は魔物の氾濫に巻き込まれるか否かだろう。


「ちょっと、視覚共有って何?」


 結衣が声のトーンを1つ下げて問う。

しまった、結衣の目の前で眷属との視覚共有を使ってしまった。

しっかり声に出しちゃってたわ。

これが出来ることがバレると、あの場面で使っていたのではと気付かれる可能性がある。

バレたら終わる。

どう言い訳しようか……。

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