第92話 買い物1

「あれー?」


 俺はカドハチの衣料品売り場で、服の値段を見て首を傾げることとなった。

古着で銀貨数枚――数万円。新品となると金貨――十万円――が必要になる。

値札はこの世界の言語と数字で書かれていたが、召喚特典のお約束か、普通に読むことが出来た。

先の肉串の感覚で1G=100円と思っていたが、そうではないらしい。

というか、食品は安く衣料品は高いという価値基準だと思われる。

カドハチの店がぼったくりなわけではない。

これもラノベあるあるだが、実際の経済状態など体験しないとわからないものだ。


 大型アパレル店で3000円ぐらいだろう服が、ここでは金貨3枚ぐらいする。

当初の金銭感覚では金貨3枚3000G=30万円のつもりだった。

むしろ3000Gが3000円で、そのまんまな気もする。

となると、76万Gなんて、9人分の物資を買ったらあっという間に消費してしまうことだろう。


「このお金は魔物を狩った報酬だから、当然女子たちにも権利がある。

しかたない。高いが買うか」


 当初の予定では全員に数着の現地衣装を揃えるつもりだった。

この先、女子が街まで同行するようになったとして、セーラー服のままは有り得ない。

勇者召喚が頻繁に行われているならば、それだけで正体がバレる。

街に溶け込める衣服デザインの確保は必須だろう。

だが、この値段ではバリエーションを持たせて8着ぐらい買えば良い方だろう。

それをクモクモに模倣してもらって増やすしかない。


 次に雑貨コーナーに行く。


「日常使いの木の皿なんかは安いな。

しかし、高級そうな陶器はかなり高いぞ」


 スプーンなども木のスプーンと金属のスプーンでかなりの差がある。


「庶民向けと金持ち向けで極端に差があるのかな?」


 これは何かの商売をしようと思った時には参考になりそうだ。


 ここでは木の皿やスプーンを人数分買う。

今は素焼きの皿とスプーンにコップなので水が染み出るんだよね。

コップも木のコップがあるけど、こっちは陶器製を買った。

鉄の鍋とフライパンは高級品らしく金貨数枚した。

同時に複数の料理をするため、数がいるので大きさを変えて複数買う。


 当初から必要としていた大工道具や釘なんかもここで手に入った。

この世界で鉄製品はやはり高い。

日本にあれだけの鉄製品が安く溢れていたのは奇跡だったようだ。


「あとは食料品だな。

主食をなんとかしないと」


 俺は厩舎でチョコ丸を引き取ると市場に向かった。

荷物はそこでアイテムボックスに仕舞った。


 ◇


 市場はチョコ丸を引いて入っても十分なほどの道幅があった。

元々荷物を運ぶためであるらしく、そこには荷馬車や獣車も行き来していた。

俺はチョコ丸を引きながら露天を見てまわっていた。


 市場入口を端から歩くとパンを売っている屋台があった。

どうやらパン窯のある店から焼きたてを運んで売っているようだ。

見ると所謂黒パンと言われる全粒粉の丸いパンだ。


「安いよ! 安いよ! 4個で1Gだよー!」


 本当に安い。肉串が2G――銅貨2枚――だったので、そんな感じなのだろう。

1個100gはありそうな大きさのパンが4個で1Gだ。

つまり400gの小麦粉に薪代や手間賃が乗って1Gなのだ。

しかし、この黒パンの存在に俺は嫌な予感がしていた。


「そうか! だよねー」


 小麦を売っている露天を発見したが、小麦は粉になる前のやつだった。

これを各家庭で石臼などで粉にするのだろう。

だから黒パンになるのだ。


「石臼も何処かで売っているということか」


 水車で粉にするのって、地球だといつごろからだったか。

この後の作業を思い浮かべて憂鬱になる。

うどんが全粒粉製になる予感がする。


「おっちゃん、1袋でいくら?」


 庶民向けなのか、露天売りのせいなのか値段が書いていない。

俺は積んである30kg(推定)袋の値段を訊ねた。

おっちゃんは俺を上から下まで値踏みするとボソリと答えた。


「1袋で銀貨5枚だ」


 つまり500Gだ。食品の日本円換算だと5万円だろうか?

黒パン4個――400g――が1Gで小麦30kgが500G?

物価的に原材料が加工品の値段を上回るはずがない。

薪代や手間賃を考慮しないでも30kgならば75G以下が相場のはずだ。

こいつ、ぼったくろうって魂胆だな。

おそらく10倍にふっかけやがった。


「高いねーここ。1袋銀貨5枚の小麦なんて、どこの御貴族様向けだよ?」


 周囲に聞こえるように言うと、他の露天の人達がまたかという顔をする。

どうやら常習ぼったくり店のようだ。


「嫌なら買うな!」


「そうするよ」


 市場の露天はぼったくり店あり。

良い教訓になった。


 市場の奥に歩いて行くと、しっかり値段の表示された穀物店があった。

先ほどと同じ袋の小麦もある。1袋50Gだ。

どうやら、さっきのおっさんは、ここで仕入れて市場の端で売っていたようだ。

たぶん、あそこが入口に近いため、急ぎの客は割増料金でもあの露天で買うのだろう。

俺が見かけない人物、しかも騙しやすそうに見えたからか、通常よりもぼったくろうと思ったのだろう。

さっきから思っていたのだが、クモクモの服が他の一般市民の着ている服よりも高級に見える。

あれだけ汚したのに……迷彩柄みたいにおしゃれに見えてるのかな?


「その小麦を4袋と……!」


 俺は見つけてしまった。米だ。


「それ米か?」


「よくわかりましたね。ここらでは珍しいのですが、勇者様がお望みだというので仕入れているのですよ」


 まずい。勇者案件だったか。

今は勇者関係者と思われたくない。

もう少し情報を得られて安全が確認されれば名乗り出ても良いのだが。

さて、どう誤魔化そうか。


「やっぱり、あの勇者様で有名な米なんですね。

それも1袋ください」


「はい、小麦4袋と米1袋ですね。

銀貨5枚になります。

お米を買ってくれたので、袋は無料貸出しにしますね。

次の時に持って来てください。

持ってこないと、わかりますよね?」


 うわ、値段を見ずに注文しちゃったけど、米は1袋300Gか。

小麦の6倍かよ。

そりゃ勇者しか需要がないわ。

でも、おかげで袋を無料で貸し出してくれるようだ。

この世界、こんな雑な袋でも価値が高いのだ。

本来ならば、袋代を請求されるか、保証金を取られるところだ。

それが高価なお米を買ったおかげで貸し出しになった。

おそらく、次に持って来なかったならば、二度と売ってもらえないということだろう。

主食が買えなくなるというのは大きいので、皆持ってくるんだろうな。

米を買ったから優遇されたけど、持って来なかったら、それまでの客ということなんだろうな。


「いやー、あの勇者様で有名な米が手に入るなんて」


 俺は勇者ファンを装いながら、チョコ丸の背中に小麦袋と米袋を乗せた。

あとで人目のない所でアイテムボックスに入れよう。

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