第86話 禊

 俺の温泉乱入は、懐疑派の策略のせいだということと、マドンナの一途な想いのためということで有耶無耶になった。

見世物にされた女子たちも、懐疑派に対しての怒りはあったようだが、洗い場に居ないタイミングを見計らうなど、多少は見えないように考慮した形跡があったため、矛を収めた感じに見えた。

乳白色のお湯のおかげで何も見えなかったことと、想定外に見せてしまったサッカー部女子は、自分から見せたのであり、本人にとって何の問題もないということが、許してもらえたポイントだろうか。

俺は、一旦温泉の敷地から出て、また待機することになった。

その間に女子たちには温泉から出てもらうのだ。


「はあ。ひどい目にあった……」


 どうしてマドンナが俺と既成事実を作ろうとしているのかがわからない。

俺は断ったよね?

それがマドンナに火をつけてしまったのだろうか?

元々誰からも愛され崇められる立場だからこそのマドンナというあだ名であり、その好意を受け入れない俺はマドンナに強い印象を与えたレアな存在だったということだろうか?

プライドの裏返しで、俺の気を引きたいのだろうか?

その行動原理がわからないと対処のしようがない。


 まさか、俺が振り向いたら捨てられるとか?

怖い、怖い。地雷の気がしてならない。


「今度こそ大丈夫だよー」


 女子から壁の中に来ても良いという合図が来た。

だが、信用できるか。

またここで引っかかっては、学習能力が無さすぎる。


「ホーちゃん、偵察」


 俺はホーちゃんに確認してもらうことにした。

また罠を張られていたら、困るからだ。


 ホーちゃんが温泉まで飛んで行くと、上空を旋回し更衣室の屋根に止まった。


「ホーホー?」


『え? なんだって?』


 眷属からの念話は言葉でなく感情というか意志がなんとなく解る感じだ。

しかし、この時のホーちゃんは、YES/NOといった簡単なものではなく、何かを伝えようとしていた。

まだ雛だから、そこらへん慣れないのだろうか?


「大丈夫だってば、誰も責任なんて取らせないから!」


 腐ーちゃんが含みのある言い方で俺を呼ぶ。

責任なんて取らせないっておかしいよな?

何か企んでいやがるな。

そういや、さっき騙してくれた懐疑派の声がしないな。


『ホーちゃん、もう少し詳しく』


 俺はホーちゃんに念話で訊ねた。


「!」


 突然俺の視界がホーちゃんの視界に乗っ取られた。

ご存知だろうか、フクロウの視界を。

フクロウは視野こそ110度と狭いが、首を回すことで360度見回せるのだ。

俺は視界がぐるぐる回ってしまい、その場に倒れ込んだ。

まるで眩暈を起こしたかのようだった。


『ホーちゃん、視覚共有はやめて……。

せめて首を回さないで……』


 そう念話すると視界が固定された。

更衣室の屋根から湯舟を見下ろす視界だ。

フクロウは目が良いのでその距離でもクッキリハッキリ見える。

そこには温泉に入らされた懐疑派の面々がいた。

どうやら、女子たちは懐疑派を同じ目に合わせなければ気が済まなかったようだ。


『ホーちゃん、わかったから視覚共有は切って』


 そうお願いするとやっと視覚共有が切れた。

ホーちゃんは、任務に忠実になるあまり、視覚共有してでも状況を伝えたかったのだろう。

この場合、簡単にNOでも良かったんだけど、俺がもう少し詳しくと願ったのがいけなかった。

ホーちゃんは真面目な性格なため、どうしようか悩んだ末に事に至ったに違いない。

叱るわけにはいかなかった。


「魂胆はわかってるぞ。また騙す気だな?」


 俺は眩暈から脱すると、立ち上がり声をかけた。


「あー、ホーちゃんが教えたのか」


 腐ーちゃんがバレた原因に気付いた。


「僕は気にしないんだけど、皆がお仕置きが必要だって事になってさ」


「そうです、二度とさせないために、ペナルティを科しました」


「温泉の湯の中で見えないとはいえ、恥ずかしい目にはあってもらいます」


 サッカー部女子、メガネ女子、三つ編み女子がその理由を告げる。


「これは禊なんで協力して欲しい。

自分たちだけ被害に合わないようにしてたってのがちょっとね……」


 腐ーちゃんもお怒りのようだ。


「私も入って謝りましょうか?」


「「「「マドンナちゃんはダメ」」」」


 どうやら共犯のマドンナはペナルティがご褒美のようです。

全員から否定されてます。


「どうだろう、責めないし、責任とれなんて言わないから、禊に協力してくれないか?」


 これは協力しないと、女子が分裂する危機だな。

どうせ乳白色のお湯で見えないんだし、協力するのもやぶさかではない。


「わかった。協力する」


 これは仕方ないんだ。

女子が分裂して面倒にならないために必要なんだ。

そう思って、温泉の壁を越えた。


 そこには顔を真っ赤にしたバレー部女子、裁縫女子、バスケ部女子が湯舟に浸かっていた。

他の皆と同じ気持ちになってもらうことが、どうやら禊だったのだろう。

乳白色のお湯に肩まで浸かっている。

何も見えないとはいえ、それでも恥ずかしいんだということは彼女たちも理解できたことだろう。


「これでいいかな?」


 禊終了の判断は俺ではなく、女子たちがするべきだろう。

そうでなければ、気持ちが治まらないだろうからだ。


どっぱーーーーーーーん!


 その時、温泉の噴き出し口から大量のお湯が噴出した。

まるで間欠泉のような勢いだった。

間欠泉は、沸騰したお湯が爆発的に膨張するために起きる現象だ。

100度のお湯を被ったら、彼女たちが危ない。


 慌てて駆け寄る俺だが、どうすることも出来ない。

全裸の彼女たちを抱き上げるのか?

早く出ろと急かすのか?

いや、大やけどするより丸見えになる方がマシだろう!

そう思案する俺にも温泉の飛沫がかかった。


「あつ……くない?」


 反射的に熱いと言いそうになったが、お湯は熱くなかった。

つまり、間欠泉と同じ現象ではなかったのだ。

どうやら、温泉の噴き出し口が詰まり気味で、それが何かの拍子に解消されたためにお湯が噴出したらしい。


「「「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」


 呆然と立ち尽くした俺の耳に悲鳴が響いた。

当然俺は、その声に気が行ってそちらに向く。

俺は熱くなかったが、向こうは熱かったのかと思ったからでもある。

だが、それは悪手だった。

そこには透明な湯・・・・に浸かっている懐疑派の3人がいたからだ。


「え? なんで?」


 そういや、乳白色の温泉って最初は透明だけど空気と反応するかなにかで色が出るんだった。

つまり、大量に噴出したお湯は透明。

それが乳白色に変化するには時間がかかるのだ。

俺は3人の裸をもろに見てしまったのだった。

いや、見なかったことにしよう。

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