第69話 虫卵孵る

 夕方、虫卵が孵る兆候が現れた。

おかしい。虫卵が孵る予定時間がちょっと前にズレている気がする。

もしかして……。


 俺はアイテムボックスの時間経過庫を調べた。

よくよく思い起こせば、時間停止庫以外は時間経過があるのだ。

なぜ別枠で時間経過庫があるのだろうと、俺はこの時やっと疑問に思ったのだ。

調べた結果、時間経過庫は時間を早く進めることが出来るという特殊倉庫だった。

つまりこれは、発酵など時間経過を必要とするものの保存に適している――いや、促進する用途のものだったのだ。

現在、時間経過は1.1倍となっていた。

これが卵が孵る時間にズレが生じていた秘密だった。


「卵が腐る方向で促進しなくてよかった」


 今後は生き物を入れるのは気を付けよう。

今回はたまたま大丈夫だったと思うことにする。

時間経過のスピードが速すぎたら、中で急速に老化して終了も有り得る。


 それにしても、発酵を促進できるならば、チーズや味噌醤油といった発酵食品の製造に役立つぞ。

まあ、今は材料が無いから何も出来ないんだけどね。


 ◇


 さて、孵りそうな卵は虫卵Lv.3が3個だった。


「虫卵が孵りそうだから、ちょっと出て来る」


 俺のその一言に女子たちが震え上がる。


「「「Gだけは連れて来ないでね!」」」


「私は見て来る♪」


 腐ーちゃんが興味津々でついて来る。

腐ーちゃんはGでも大丈夫なの?


「私も行く。

クモクモだって良い子だし、外見で差別しちゃいけないから。

それに、眷属と仲良くしないとその主とも……」


 三つ編み女子は積極的に眷属と仲良くしてくれるようだ。

クモクモやラキと触れ合って助けられているからだろうか。

最後の方は小声で何を言っているかわからなかったけど、眷属の味方が増えるのはありがたい。



 俺たち3人は拠点の外に出ると、卵の孵化に立ち会った。

まず動きがあったのは、虫卵の一つだった。


ぺきぺきぺき


 サッカーボール大の真球の卵が内側から捲れて来る。

その中から出て来たのは……。


「やったカブトムシだ!」


 虫系で戦闘力が高いと言えばカブトムシかクワガタだ。

大きさは25cmぐらいだけど、眷属の戦力増強に期待が出来る。


「カブトムシって幼虫で孵って蛹を経て成虫じゃないの?」


「確かに、そこらへんの現実は無視されているようだね」


「虫だけに。くっくっく」


 腐ーちゃんがダジャレをかます。

それ、全然笑えないよ……。

しかし、この事実はたまご召喚の謎として頭の隅に入れておこう。


「名前はカブトンだ」


「転校生のネーミングセンスは酷いな」


「ほっとけ!」


 腐ーちゃんのダジャレよりは……今日は引き分けにしてやろう。


「カブトムシならば気持ち悪くないね」


 三つ編み女子はそう言うが、虫嫌いの人は何でも無理らしいから、カブトンも外飼いだろう。


「カブトンはキャピコを守ってやってくれ」


カクカク


 カブトンは角を上下させて了解の意志を示した。



ぺきぺきぺき


 続けてまた虫卵が孵る。


「Gじゃないよね?」


「あ、それだめ! フラグになる!」


 三つ編み女子が口にしたのは、お約束とされる台詞だった。

このお約束には神がかった拘束力があり、現実が捻じ曲げられることがあるのだ。

しかも拠点での会話からフラグが積み重なってしまっている。


カサカサカサカサ


「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


「Gーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 見事フラグが回収され、30cmぐらいのGが出て来てしまった。

この世界の神様もお約束はご存知のようだ。


「どうする? これは皆に見せられないぞ」


「そもそもGが真球の卵から孵るなんて無いんだからね!」


「うーん、でもこいつ強そうだぞ?」


「「え?」」


 腐ーちゃんの一言で俺と三つ編み女子が現実に帰って来る。


「ほら、カブトンが怯えてる」


 確かにGは最強生物だと言われているが……。


「眷属なんだから、私たちが嫌がることはないと思うぞ?」


 たしかに腐ーちゃんの言う通りだ。外観で差別しちゃいけないのだ。


「わかった。Gのことは秘密で頼む。

どうやらこいつは隠密のスキルを持っているようだから、隠れるのは得意だと思う」


「GK、隠れて拠点を守ってくれ」


 俺が名付けて任務を与えると、GKは嬉しそうに触覚を振ると闇へと消えて行った。

まるで忍者のようだ。

それに案外可愛いところもある。


「GKって……。たしかにGより精神に与えるダメージが少ないけど」


 三つ編み女子は、俺のネーミングセンスに文句があるようだ。

サッカー部女子には好評だと思うんだが……。



ぺきぺきぺき


 次の虫卵も孵りそうだ。

そして出て来たのは……。


ブーン


 それは30cmぐらいの蜂だった。


「スキルにハチミツ製造ってのがあるぞ!」


「「え? 甘いもの? きゃーーーーーーーー」」


 女子2人が歓声を上げた。

この異世界生活で確実に不足していたもの、それは甘味だった。

それが手に入ることがわかった瞬間だったのだ。

2人は歓喜して手を取り合って燥いでいた。


「ハッチ、ハチミツを集めてくれるか?」


ブンブンブン


 ハッチと名付けた蜂は、俺たちの周りを飛び回ってから森の中に消えた。

どうやら蜜のとれる花を探しに行ったようだ。


「夕方だからほどほどにな」


 それでもハッチは、与えられた任務が嬉しいのか飛んで行ってしまった。


「あ!」


 その時、俺はステータスの変化に気付いてしまった。


「拙い、水トカゲ1が眷属から消えている!」


 どうやら眷属として契約出来る最大数を越えてしまったようだ。

今現在の眷属数は水トカゲ1を除いて10。

つまりレベルと同数ということになる。

今まではたまたまレベル以下の数しか眷属が居なかったせいで気付かなかったが、レベルの数値が上限だったのかもしれない。


「水トカゲ1が外れた原因はなんだ?」


 単純に考えれば召喚順だろうけど、もしかすると俺との関係性の薄さのせいかもしれない。

水トカゲ1は、ずっと借りパクされていて、今では男子チームとの絆の方が強くなっているのかもしれない。

だが、これこそが想定外の事態を呼んでしまっていた。

これによって男子チームとの繋がりが切れてしまったのだ。

眷属との念話により男子チームの様子を伺えていたのだが、それが完全に途絶えてしまったのだ。

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