第50話 ちょっと、何頼んでるのよ!
「裁縫女子、そう落ち込むな。
どう考えてもデザイン能力は裁縫女子の方が上だろう?」
クモクモが裁縫を出来ると言っても、デザイン能力はその経験にのみ由来する。
裁縫女子が目にした日本のデザインの数々と、生まれたばかりのクモクモが目にしたデザインの数では、圧倒的に裁縫女子が勝る。
いや、クモクモに日本でデザインされたものが縫えるわけがなかった。
「そうよね。知らない服を蜘蛛が縫えるわけないわよね」
裁縫女子が復活した。
いろいろ面倒だが、クモクモと敵対して俺まで追い出されたのではかなわないからな。
結局裁縫女子は針を研ぎ出すのは諦めて、クモクモの体毛製の針を使用することになった。
「なにこれ! 金属針より使いやすい!」
その針は柔軟性があるのに硬く折れず、使いやすかったらしい。
その素材の良さと技術力の高さに俺も裁縫女子も驚愕するのだった。
そういや、クモクモは生まれたばかりでなんでこんな技術を持っているんだ?
親が教えたわけでもなく、自然に糸を紡いで織って布にして、それを縫製することが出来る。
「あれ? なんでだ?」
クモクモの方を見ると、「何つくればいいの?」みたいに布と針を持ちながら待機している。
まさか縫うもののデザインまで本能で知っている?
「クモクモ、Tシャツって作れる?」
俺がそう訊くと、クモクモはシュタッと右前足を挙げて徐に布を裁断し縫い始めた。
「え? えっ!」
クモクモはTシャツを知らないはずだ。
俺はブレザーの制服なので、ブレザーの下はワイシャツであり、その下に着ているTシャツは見えてもいない。
クモクモが生まれたのは、ヤンキーたちと別れた後なので、赤Tや青Tも見ていないはずだ。
なのに、目の前ではTシャツが縫い上げられていく。
クモクモがまたシュタッと右前足を挙げた。
どうやら縫い終わったらしい。
その布を受け取って広げてみる。
そこには俺の体格に合わせたTシャツが完成していた。
「これはもしかして……」
俺は間違いなくクモクモには見えていないはずのものを頼もうと思った。
しかも、俺の記憶にもない裁縫女子のやつだ。
「クモクモ、裁縫女子の下着を縫ってくれ」
クモクモは眷属とマスターという俺との繋がりから知識を得ている可能性がある。
これならば、クモクモが俺の知識を利用しているのか、そうでないかを判断できるはずだ。
なぜなら、俺は裁縫女子の下着のデザインなど知るわけがないからだ。
「ちょっと、何頼んでるのよ!」
「いや、クモクモが見たこともないものを作るのかを確認したくて。
Tシャツは俺の知識にあるが、裁縫女子の下着は俺の知識にはない。
これはただの実験で他意はないんだ」
裁縫女子に睨まれてしまったが、クモクモが知らないものを作れる秘密を探るためだ。
俺の知識にあるもの以外は作れないと確定するために、これは必要な実験なのだ。
クモクモが右前足を挙げては止め降ろしては止めしている。
どうやら上のブラか下のショーツか訊いているようだ。
「下で」
そう俺が答えるとクモクモは何か悩んでいるようで、身体を左右にゆらゆらと揺らし出した。
そして、何か思いついたのか、徐に布を裁断すると縫い始めた。
クモクモがシュタッと右前足を挙げると、左前足に女子の下着が引っかかっていた。
どうやら、俺の知識にないものまで作れてしまったらしい。
「それ、私のと違うわよ?」
「あ、そうなの?」
ということは、俺の中の下着のイメージでクモクモは作ったということか。
俺は無意識にその下着を引っ繰り返したりしてしげしげと見まわした。
あまり女子の前でやる行為ではない。
「ん? この模様は?」
俺は刺繍があることに気付いた。
それは丁度お尻に当たる部分にあった。
「クマさん?」
「ちょっと! それ!」
それはこの世界ならではの理由でそうなってしまった裁縫女子の下着だった。
その特徴は見間違えようもないものだったのだ。
裁縫女子の下着にはクマさんのバックプリントがあったのだ。
それをクモクモはどう表現しようか悩み、キャピコの金色の糸で刺繍していたのだ。
さらに、ゴムの部分をどう再現するか悩み、実用性を優先し紐を通してリボンにしていたのだ。
それが大幅にデザインが違って見えた理由だった。
いま手元にはゴムが無いため、そのままでは下着が落ちてしまう。
それをクモクモは紐を通して結ぶことで再現していたのだ。
その紐を新たにデザインとして取り入れたために、裁縫女子は最初私のと違うと言ったのだ。
「まさか知らないはずのものまで再現し、さらに発展させるとは……」
いったいクモクモのこの能力は何なのだろうか?
「いつ見たの?」
「はい?」
「私の下着をいつ見たのよ!」
どうやら裁縫女子は俺が彼女の下着を見たことがあるから再現できるのだと思ったらしい。
「いや、見たこともないものを作らせるから実験になるって言ったよね?」
それは裁縫女子も覚えていたらしい。
「確かに言ってたわね」
その俺の台詞は三つ編み女子も覚えていて追認してくれた。
もし俺が見て知っていたならば、それを指定するわけがないのだ。
「そうだったわね……」
半分納得していないようだが、裁縫女子は矛を収めた。
危なかった。もう少しで俺は覗き犯になるところだった。
「転校生くん、クモクモを貸してもらうわよ」
三つ編み女子がクモクモを連れて行ってしまった。
どうやら女子全員の下着を作らせるつもりのようだ。
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