第16話 怪我を治そう
問題が発生した。
街や街道捜索をしつつの移動中に、委員長グループの数少ない武闘系、バレー部女子――以下皆が呼んでる仇名呼称――がゴブリンに襲われて脚に怪我をした。
ゴブリンが持っていた錆びた汚い短剣による裂傷だ。
「誰か、回復魔法を持ってないか!?」
委員長が叫ぶも誰もそんなものは所持していなかった。
この世界に転移するにあたり、誰もが身に付けていたり、手にしていたり、ポケットに入っていた物しか持ち込んでいない。
薬なんてものはそれこそ誰も持っていない。
スキルとして回復魔法を持っていないのかという問いにも、誰も手を挙げるものはいなかった。
この異世界に来て最大のピンチだ。
MPが身体を休めるだけでは復活しないことが発覚した時、誰もが自分のスキルを公表することを躊躇った。
他人にとって有用なスキルは搾取されると気付いたからだ。
ほとんどの男子はアホみたいに自分のスキルを公表してしまったが、ヤンキーの一部と女子たちは、あえて自らのスキルを隠していた。
ヤンキー2=固有名赤Tが俺のスキルを訊ねて来た時、俺はスキルを誤魔化したのだが、それでも玉子を搾取されることになった。
それがあったせいで、俺は追加で手に入れたスキルを公表せず、MPも回復していないとヤンキーどもへの玉子の提供を拒否して来た。
しかし、医療体制の整っていない現状で、刃物による裂傷は、そのまま致命傷になりかねなかった。
スキルを隠している場合ではなかった。
「どうしよう」
委員長も女子たちもおろおろするだけだった。
唯一行動に出ていたのは、バスケ部女子だった。
彼女は止血のため、バレー部女子の太ももを両手で圧迫していた。
スポーツで怪我に遭遇する機会が多いのだろう。
「やれるだけのことはやっておこう」
相変わらずヤンキーたちは別行動だ。
バレー部女子が怪我をしても我関せずという態度をとっている。
あてに出来ない以上、委員長グループ内でなんとかするしかない。
俺が出来ることは、生活魔法のクリーンをかけることだ。
丸くんもクリーンは使えるが、飲み水の確保でMPがいっぱいいっぱいだった。
彼がレベルアップして清浄のスキルが進化すれば、何か違うことも出来るのだろうけど、魔物を倒せていない丸くんは、クリーンの使用だけではレベルが上がっていなかった。
「丸くんの清浄スキルより弱いかもしれないけど、【クリーン】」
俺は生活魔法のクリーンで傷口を綺麗にした。
錆びた刃物による傷は破傷風菌や腐敗菌で重篤な感染症を引き起こす可能性があった。
「これ、川の水で洗ったから」
メガネ女子がハンカチを提供する。
使用感があり、しかも川の水では清潔とはいえない。
とりあえずクリーンでなんとかするしかない。
生活魔法だから気休めに過ぎないが……。
「ありがとう。【クリーン】」
俺は、そのハンカチをバレー部女子の傷を塞ぐように当てて、加圧止血を試みる。
「くっ!」
バレー部女子が痛みで声をあげる。
「血をとめないといけない。我慢してくれ」
「ああ、わかってる」
バレー部女子が気丈に答えるが、痛みで表情が歪む。
俺はハンカチを傷口に当てて圧迫し止血を試みるが、みるみるうちにハンカチが赤く染まっていく。
重要な動脈が傷ついているわけではないが、それなりの血管が傷ついているようだ。
「このままじゃだめだ。
何か有用なスキルがあるかもしれない。
皆、協力して欲しい」
最悪、火魔法で傷口を焼いて塞ぐしかないのだ。
女の子に一生残る傷を残すのは躊躇いがある。
それならば、誰かのスキルをレベルアップで育てて使えるようにした方が良い。
有用なスキルがあれば良いのだが……。
俺の呼びかけに皆集まってくる。
そして口々にスキルを公表してくれた。
「僕のスキルは【脂肪の盾】なんだな」
ノブちんは、最初の最初にヤンキーによって公表されてしまったので、有名だった。
ヤンキーにはバカにされたが、そのスキルは防御に特化しており、魔物の襲撃では頼もしい存在だった。
「僕は【清浄】。ごめんMPがいっぱいいっぱいで」
丸くんは飲み水担当で頑張ってくれている。
なのでいつもMPがいっぱいいっぱいだ。
この清浄こそ、回復魔法を使える可能性を持ったギフトスキルだ。
育てば何に化けるかわからなかった。
「僕は【植物鑑定】。薬草をみつけられれば良かったんだけど、食べ物優先で調べてたから……」
栄ちゃんの植物鑑定は、食べられる食材探しに活用され、彼もいつもMPがギリギリだった。
「私は【知識の泉】。転校生君のしていることは正解だって」
メガネ女子の知識の泉は、とんでもないスキルのようなのだが、その知識を引き出す手段がわからないのだそうだ。
誰かが始めたことの正解が浮かんでくることがあるらしく、まさに俺がしようとしている行動は正解だったらしい。
「僕は【シュート(足)】。サッカー部だからかな?」
サッカー部女子は、僕っ子だった!
彼女は見た目男子っぽいショートカットだが、カワイイ見た目が女子だと気付かせてくれる。
運動部三人娘の一人で、シュートは蹴り技の攻撃スキルのようだ。
明らかに現状では役に立たないスキルだが、あえて公表してくれたようだ。
「僕は【毒耐性】。役に立たないよね」
雅やんは、まさかの毒耐性で、毒見の意味が無かったことが判明した。
ヤンキーども、大丈夫なのか?
「私は【女神の祈り】。祈っても何にもおきないの」
「!」
マドンナさん、それって聖魔法っぽくね?
たしかに回復魔法という呼び名じゃないけどさ。
彼女はラノベとか読まないしゲームもしないタイプなのだろうか。
それとも天然系?
「彼女のために祈ってあげてください」
俺の一言は、マドンナには冗談に聞こえたようだ。
「ごめんなさいね。こんなことしか出来なくて」
マドンナがバレー部女子に祈りを捧げる。
するとバレー部女子の患部に光が発生し、みるみる傷が塞がって行った。
「これが回復魔法です」
「え?」
「ん?」
まだマドンナは理解出来ていないようだ。
だが、バレー部女子の傷が塞がったことは喜んでいるようだ。
「これが出来ることは秘密にした方が良い」
「はい。???」
一応納得したようだが、頭に???を出しながらマドンナは去って行った。
マジでこれが知られたら、ヤンキーグループが彼女を強奪しに来る。
自分達が生き残るため、元々欲しかったマドンナにこれだけの利用価値があるとわかったら大変なことになるのは火を見るより明らか。
委員長グループは新たな火種を抱えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます